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ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第三章
39/51

幕間 4

上司の机の上に投げ捨てられるように置かれた封筒を見て、紫炎と柘榴は眉を顰めた。

中身も一緒に開かれているそれは、数日後に迫った皇太子の誕生祝のパーティの招待状である。

宛名はファリス家の三人の連名。


「…あの、馬鹿」

出席はキースのみ。他の二人は公務のため欠席となっている。


「エルリックの元に行く前に俺のところに確認が来た。第三隊だから、王宮行事に左右されないのはわかるが、代われる者がいるなら、なんとかならないか、とな」

キースが自分達に無断で送られた招待状の返事をしていることは気がついていた。元々キース自身がそういった付き合いが悪いことと、自分達も貴族社会に関わりたくないので、放っておいたのだが、流石にこれはまずい。


「ファリス家への招待状であれば、家長であるキースが出席すれば問題はない。しかし、こうして連名とはいえ個人への名指しできた招待状に欠席の意志を伝えれば、よほどの理由がない限り王家を蔑ろにしていると取られることになる」

「だろうな…しかし、何故これがそちらの手にあるんだ?」

もっともな紫炎の疑問に、エンデルクは小さな笑いを浮かべた。

「欠席理由が『公務』とあるだろう?エルリックの侍従が本人の手に渡る前に俺のところへ持ってきた。」

侍従が真面目な奴で助かったと呟くエンデルクに、紫炎と柘榴は笑いを浮かべる。この男は、自分の甥が『王弟派』を名乗る面々から護り、対処するために自分の息が掛かった者たちを潜ませていたのだろう。



「キースは世間に疎い。ある意味お前達以上に、だ。この世界のことを誰よりも知ってはいるが、一般の常識や貴族間の暗黙の事情などは理解していないだろう」

元々ファリス家の先代が社交性があるほうだとは言えなかった。キース同様妻も娶らず、生涯を魔法の研究に捧げた男だったらしい。そして、その伯父以上にキースは社交界から離れている。


「今までファリス家が自分ひとりだったというのも理由の一つではあるな。王家からの招待でも、自分ひとりが行けば良い、お前達に余計な柵を持たせたくは無い…それが本音だろう。貴族の中では少数派だな」


しかし、今回のようにそれが仇となることもある。


「あれ自身には、いずれ言い聞かせるとして…出るならば、俺の共としてついてくるか?」

一瞬呆れたような顔をした二人だったが、すぐに表情を消して優雅に腰を折る。

「お気遣い感謝いたします」

鷹揚に頷きながら、これはこれで社交界を騒がせる一端となることに苦笑を禁じえないエンデルクであった。

「二藍はどうする?…まぁ、今回は招待客に入っていなかったようだが」

「多分、今だ未成年と思われているからだろうな。公式文書を読めば、こちらでは成人なんだろうが…結構抜けているなこちらの役所も」

「今回のような大掛かりなものならば、そこまで手が回らぬか…いや…」

ふと気がついたように彼はエドガーを呼んで耳打ちすると、侍従は頭を下げで部屋を出て行った。


「エンデルク?」

「まさかとは思うが…キースが年齢を偽って届けた可能性がある」

絶句するも、それを否定できない二人だった。二藍への誕生祝に膝丈のスカートを持ってきた相手である。


「心配ない。エドガーは元々『専門家』だ。上手く処理をしておいてくれるだろう」

おや?と二人の青年は顔を見合わせた。以前キースはエドガーは若い頃王宮の書庫に勤めていたと言っていたはずだ。だが、あえて彼らも深くは突っ込まない。部署が移動になった事もあるだろうし、第一『それだけ』の相手をエンデルクが傍近くに置くとも思えなかったからだ。

「二藍のデビューは追々考えよう。…それでは、お前達の衣装を用意しなくてはな」

「それなら、以前謁見に使ったものがある。それに将軍閣下のお供なら、隊の式典用の礼服でいいんじゃないのか?」

「仮にも皇太子殿下のご招待だ、そうはいくまい。…だれかある!」

廊下にエンデルクの低い声が響き渡った。慌てたような足音がこちらに向かってくるのを聞いて、溜息をついた式神たちであった。













二人が入ってきたとき、それまでざわめいていた広間が静まり返った。

男の方は、その場に居る誰もが知った顔…この国の国王の異母弟であり、騎士団を束ねる将軍でもある人物。しかし、彼がエスコートしている女性は彼らも初めてみる顔であった。


着ているドレスは、胸元は白く、裾にいくにしたがって濃い藍へとグランデーションとなっており、結い上げられた黒髪には小さな真珠がいくつもちりばめられていた。胸元には青い魔石のついたペンダント一つ、腕には小さな真珠と白金のブレスレットと至ってシンプルな装いであったが、見るものが見れば相応の品物と分かる一品である。


この辺りの民族には見られない、きめの細かな象牙色の肌に黒い瞳は、彼らにある噂を思い出させる。


「…ファリス家の末の姫君」

小さく誰かが呟く声がする。静まり返った広間にそれは思いのほか大きく響き渡った。

それを皮切りにざわめきが広がる。

「あれが?話に聞くような容姿とは違うではないか」

「エンデルクさまがエスコートなさるとは…一体どういう関係だ?」

「子供だと聞いていたが…成人女性なのか?」


中には、聞こえないと思ってか、中傷めいたものもある。人の何倍もの聴力を持つ、紫炎や柘榴の耳のには届く。微かに眉を顰めはしたが、すぐに表情を戻すと噂の二人が王女とそのエスコートを勤める皇太子、そして主賓の親善大使夫妻の前に進み出ると礼を取る。

「これは、叔父上にフタアイ。良くおいでくださった」

「ごきげんよう、叔父上、フタアイ」

二人に声を掛け、顔を上げるように言う。静かに顔を上げたエンデルクは、穏やかに甥姪に笑顔を見せた。


「お目にかかれて光栄です。王弟殿下」

「大使殿もお役目ご苦労に存じ上げる」

鷹揚に応じるエンデルクを目の端に捕らえ、流石王族と二藍は思う。


「では」と、軽く頭を下げ、二藍の背を押し後ろで控えている挨拶待ちの貴族に場所を譲る為に静かにマントを捌く。

ふと、その瞬間見えたサッシュにマリーシアの瞳が軽く見開かれ、物言いたげに伯父の顔を見、視線を傍らの少女へ移す。

不思議そうな表情を返して来た彼女に微笑んで首を振ると、次の貴族へと視線を向けた。

「目聡いな」

小さく呟くエンデルクに少女の視線が向けられる。それに笑顔を向けると少し恥ずかしそうな笑顔を見せた。


その穏やかで親密な様子を貴族達が見逃すはずもなく。

その翌日にはファリス家の末の姫の王弟との関係が噂になって貴族間を流れ、欠席したキースが慌てて弟妹の屋敷に飛び込んでいく事となった。




「上手くやりましたわね。叔父上も」

パーティが終わって護衛二人と退出してきた第二王女は、小さな声で言葉を発した。

「国王夫妻が出席しない非公式の、しかし王族である私の主催する晩餐会に出ることでお互いの確執がないことを表し、しかも私を護衛している貴方達の妹を連れてくることでより一層関係をアピールする」

「結構策士さまだからな。将軍閣下は」

呆れたような柘榴の言葉に、王女は笑みを深くする。


「それに気がつきまして?叔父上の腰のサッシュ」

「共布だな。二藍のドレスと。…あれは、何か意味があるのか?」

おもむろに振り返った第二王女の瞳が悪戯っぽく輝いている。

「まぁ、今時アレを知っているものが貴族の間にどれだけ居るか知りませんけれど。…古い、とても古い『しきたり』ですわ。結婚を約束した男女間で行なわれる、暗黙の了解ごと。男がドレスを贈り、その共布を自分の腰のサッシュとして使う」

「何気に防波堤を築いたのか…呆れた男だ」

王女が知っているのだ、古い家柄…言い換えれば、それなりの地位に居る貴族達の一部は気がついた可能性がある。

「似たようなのが向こうにもあるな。多少意味合いが違いはするが」

その話をせがんだ王女にしてやると「まぁ」と、顔を赤くするが、面白がっていることはその顔を見れば分かる。



王女殿下の「面白がり」が、どこで発揮されたかは、また別の話。





ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、風習というより裏的意味合いで男性が女性にドレスを贈って、一緒に下着も贈る時、下着の共布をチーフとして使う。という話を聞いたことがあったので、その話からヒントを得ました。

因みにドレスの共布、という話もあったりしますが、何にせよ相手の服の好みとスリーサイズを知っていなければ出来ない話だと言う事ですね。

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