9話
人間が人間である限り、薬の作用に大差は無い。
エドガーから貰った薬草における書物と、キースの家にあった医学書を読んで二藍が出した結論がそれである。
医学書は、この世界の人間が自分達と寸分代わらぬ「ホモサピエンス」であることを示し、発祥する病例も、自分たちと大差ないことを教えてくれた。
魔法が科学の代わりに発展してきた世界である故に、人の体を治す「治癒魔法」も当然存在はするが、基本体を治すのは、薬師に処方する薬草と、本人の治癒能力が基本であった。魔力による治療は長年の研究で人間の自己修復能力を著しく損なうという結果が出ていたのだ。
故に、治癒魔法は緊急の場合を除いて、基本的に禁じられていると書物に記されていた。
薬が人に作用する働きが同じならば、毒もまた同じ。
そして、幼い頃から、そういったものに触れる機会が多かった彼女は、普通よりも「かなり」毒に対する耐性を持っていたのである。
故に、エンデルクと食事を共にした時、自分はさほど酷い状態にはならなかったのかもしれないと、今更ながらに思う二藍であった。
それはさておき。
「門外不出の箱入り娘?」
なんです、それ?と驚いた表情をする少女に、周囲から苦笑が漏れる。
「お前のことだ」
「はい?」
この日、マーシャと共に街に出た二藍は、出先で出会ったファミアを家に誘って帰ってきた。
揃って非番だった紫炎と柘榴と一緒にお茶を飲みながら、取り留めない話をしている時に出てきた事が『ソレ』である。
「それなら、私も聞いた事があります。『ファリス家の末の姫君は、至宝の姫君。目にすることの敵わぬ至高の存在』」
ファミアの言葉に少女は心底疲れた表情をする。
実際、囁かれている噂はそれだけではない。しかも、その大半は悪意に満ちたものである。
真実は、ソレを知る者が理解していればいい。
彼女の生家は、そう教えてきた。
「みなさん、お暇なんですね」
マーシャから手渡されたお茶を口にしながら、二藍は苦笑を見せる。
「ま、噂の発信源は、ある意味義兄上だけどな」
柘榴の台詞に「さもありなん」的な空気がそこに流れた。かの弟妹大事のファリス家の主は、彼らに来るパーティの招待状を家長権限で悉く断っている。
二藍ばかりでなく、紫炎や柘榴のものまでも、だ。
伯爵位という家柄もさることながら、キースという存在が繋がりを持ちたがる貴族達にとって彼らの存在は大きな魅力でもあった。
「兄さまたちの分は兎も角、私はありがたいです。あまり好んで出向きたい場所ではありませんから」
同情するようにファミアが笑顔を見せる。彼女も子爵令嬢故に、王宮内のどろどろは身にしみているのだ。
しかし、自分達のような考え方をするほうが少数だということも彼らには解っていた。
「ところが、だ」
ひらり、と紫炎は一枚の封筒を見せた。
「あの馬鹿、皇太子殿下の誕生祝まで断ろうとした」
え?とその場に居た者たちが顔色を変えた。特にマーシャの動揺は大きく、給仕をしていたポットを危うく落しそうになる寸前で柘榴が支えた。
「そんな…王族の招待を受けるのは貴族にとって『義務』ですのに…」
それを断るなどと、王家への叛意とみなされても言い訳できない事である。
「でも、シエン様もザクロ様も、いらっしゃいましたわよね?私、ご挨拶させていただきましたもの」
ファミアが首を傾げると、彼らは苦笑を向ける。
「寸前で気がついた将軍閣下が機転を利かせて出席の返事を代わってしてくださったんだ。エドガー殿に頼んで衣装を用意していただき、王弟宮から閣下のお供として出させていただいた」
あの時、表には出さなかったが相当驚いたキースに彼らは苦笑を零したのだ。弟妹大事の彼の気持ちはありがたいが流石にこれはやりすぎだ。
「そこで、これだ」
紫炎は手にした封筒をテーブルの上に置く。裏の封蝋を見て、ファミアが「ああ」と頷いた。
「ファミア殿も、これに?」
「はい、ご招待いただいております。当日は非番なので家からの出席となります」
不思議そうな表情の二藍に彼女は笑顔を向けた。
「王女殿下主催の晩餐会ですわ。先日お越しになった親善大使を歓迎してのセレモニーです」
親善大使の話は二藍も紫炎たちから聞いていた。お笑いネタのおまけ付きで。
「先日殿下から手ずから頂いた。表向きは、護衛の日と発送日が同じだったからついで、という事だが…キースを警戒しているな、あれは」
封筒の表の文字は二藍あてになっている。
「俺と柘榴は、その場で返事をしているから問題ない。キースから俺達の欠席の返事が来ても無視してくれるように手配は済んでいる。…いいな、二藍」
「はい」
こくりと頷く少女にファミアが驚いた表情を見せた。
「フタアイはまだ未成年ではないのですか?」
「俺達の生まれた国では未成年だが、この国では立派な成人なんだよ」
笑って答える柘榴にファミアの驚いた表情がそのまま二藍に向けられる。それに笑って肩を竦めると、成る程、といった頷きが返ってきた。
「年の割りにしっかりしていると思っていましたが、相応の年齢だったというわけですね」
ごめんなさいと謝る少女に、ファミアは軽く首を振る。勝手に思い込んでいたのは自分達だから、と。
「それで、悪いがファミア殿、二藍の装飾品を見繕ってくれないか?支払いは此方に回してもらってくれ。ドレスは…ここに」
自分の部屋から紫炎が持ってきたドレスに、女二人は目を丸くした。
「これは、素晴らしいものですね」
「…ひょっとして、ワードルースのドレスですか?」
ファミアの言葉に、紫炎が口角を上げるとマーシャがほう、と感嘆の溜息をついた。ワードルースとは王室御用達の仕立て屋の名前である。
「マリーシア殿下が一度も手を通さずにいらっしゃったドレスだ。今回無理を言うからとお前に下賜してくださった。サイズは自分で直せるな?」
「それならば、わたしが」
マーシャの言葉に紫炎は首を振る。
「ファリス本家で見つかれば、勘のいいキースの事だ、すぐにこの計画に気がついて、結界を張りに来る。それよりマーシャには、当日上手く理由をつけてここに来て仕度を手伝ってくれ。流石に俺達ではそれは無理があるからな」
頷いた二人は、それぞれ屋敷に戻っていった。
手渡されたドレスを見て、少女は大きく息を吐く。
「それで?」
ドレスから、式神へと視線を移し、二藍は口を開いた。
「ファミアさんやマーシャまで巻き込んで、エンデルクさまは何をお考えなのです?」
主の言葉に青年達は顔を見合わせると小さく笑う。彼女の勘のよさと理解力を改めて認識したのだ。
「簡単なことだ、王女殿下の晩餐会にエンデルクのエスコートで行けばいい」
「…『お兄様達』は?」
「俺達は当日殿下の護衛だ」
もう一度深く息を吐くと彼女は手にしたドレスを広げた。
「手直しの必要はありませんね。…このドレスの出所は、あえて伺いませんが…。いくら侯爵家の傍流とはいえ、伯爵家ごときが王弟殿下にエスコートをお願いできるような身分ではないと思いますけど?」
「いや、ファリス家なら問題ない。当主のキースは宮廷魔道師であり、皇太子殿下の右腕でもある。加えて義弟の俺達は第三隊とはいえ、王女殿下の護衛も勤めているからな」
「そして、末っ子は王弟殿下にエスコートを受ける…ですか?」
「ああ、伯爵令嬢が王家のエスコートを受ける、という意味合いも含めてだな。良い虫除けになる」
自分の上司で王族を虫除け呼ばわりなど、普通考えはしないだろう、と頭を押さえながら、仕方無しに首を縦に振る。
「義兄さまの防波堤は誰がなってくださるんです?」
「そりゃあ、将軍閣下だろう?今回の首謀者だしな」
柘榴の一言にがっくりと項垂れた二藍であった。
ここで、第三部は終了いたします。晩餐会の模様は幕間に書かせていただきます。
多くの方が孤立していると報道されています。
一刻も早い救助と皆様のご無事をお祈りいたします。
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