7話
二藍の一日はこんなカンジです。
二藍の一日は、夜明けと共に始まる。
元々、朝には強い彼女であるから、前日よほど遅くならない限り起きることは苦にならない。
加えて、年間を通して四季があるとはいえ温暖な気候なので、冬である今でも、寒さで布団から出れない、などと言うことは無かった。
魔法が発展している為、水道に似たシステムや釜戸もコンロと同じように使えるため、勝手さえ解ってしまえば不自由なことは無い。
まずは、朝食の支度。
ここの主食は麦に似た雑穀で作るパンに似た…名前を「ナン」と呼ばれる(初めて聞いた時は流石に笑ってしまった)物である。
日本人なので、ご飯と味噌汁が無性に食べたいと思うが、一度試しに穀物を炊いてみて…あまりと言えば、余りの代物に二度とやるまいと心に誓った。
予め仕込んでおいたナンを石窯で焼く間に、副食を用意する。
異世界とはいえ、環境は自分達がいた世界と似ているためか、生態系に大きな違いは無い。
肉も食べれば、魚も食べる。外見の違いはあれど野菜も穀類もある。
そのうち、記憶を頼りに似た豆類で醤油と味噌を作ろうという野望を密かに抱いてはいるが、今はそこまで手が回らない。
食事が出来た頃か、もう少し早くに式神たちがやってくる。
「符」に戻らないことが影響しているのか、わざとそうしているのか、はたまたコレが「素」なのか、最近の彼らは人間と変わらない生活をしている。時々本体に戻ることはあるが、ほとんど人型で生活してる。それが彼らにとって良いことかどうかは解らないが、とりあえず本人達の意思でしている事と、負担が無いことで良しとしておこうと、彼女は考えていた。
食事が終わると、青年たちは出勤する。
一応ラグは下賜されてはいるが、めったに乗らないのでキースの屋敷の獣舎で一緒に面倒をみてもらっている。
基本主婦業はどこでも変わりは無い。
この後、洗濯と掃除を済ませれば時間はほぼ昼に近くなる。
彼女の方向音痴ぶりは学校の行き帰りに道を一本外れて寄り道をしてしまうと迷う、という筋金入りで、今まではいざとなったら紫炎や柘榴に助けてもらっていたが、ここではそうは行かないので、できるだけ一人では出歩かないようにしている。と、いうかその紫炎と柘榴に懇々と説教をされて言い聞かせれている、と言った方が正しい。
実際、案内付きで出かけて逸れて迷子になった前歴があるので、逆らえる立場ではない二藍であった。
定期的にマーシャがやってきて、買い物に同行してもらうか、紫炎か柘榴の休日に出かける以外、彼女は午後の時間を家庭菜園と勉強の時間に当てることが多かった。
元々植物関係が好きな彼女は、エドガーに聞きながら、いくつか庭程度で育てられる野菜を植えて育てていた。
その中に、ひっそりと解らぬように薬草や毒草を植えてあるのはご愛嬌、というには聊か物騒な話かもしれない。
普段の生活が人と違うのは、毎日の「帰るコール」なるものだろう。
彼らが交わした複雑な「契約」の中に簡易的な意思の疎通があった。
もちろん、これはある程度意識的にしなくては出来ないようになっていたが、むこうの世界でメールでのやり取りに代わるものだとおもえば、便利な機能と言っていい。実際に、呪符で似たようなものが市販されているらしいが、日常で使うほど安価なものではないという話だ。キースに言えば、無料で何十枚と作ってくれそうな気はするが、別の使用方法をされそうなのであえて言わずに居る。
彼らからの「知らせ」を受け、夕食の準備を始める。
手順は朝食と大差はない。たまに、2,3人分増えることもあるが、基本的に予め解っていることなので、慌てることはないし、食事時に急に人口が変わることは、「向こうの家」では日常茶飯事だったので、全く気にならない。
外側が木で出来ており、内側に金属が貼り付けられ、冷却の呪符が張られた「冷蔵庫」もどきには笑ったが、確かに食品の保存には無くてはならないものだろう。
呪符には使用期間があって、定期的に変えなければいけないが、これもキースから有無をいわせず何枚も与えられている。
電気、というものが無いこの世界では、灯は当然ランプであるが、その台座の部分に呪陣が描かれていて、自分達がいた世界のランプの数倍は明るい。難点は光度の調節が出来ないことと、光が届く範囲が蛍光灯などに比べると狭い、という所であったが、日常生活に問題は無いので、良しとしておく。
暮らしてみると、機械文明にどっぷりとつかった自分達でも、なんとか生活できるレベルの発展をしている世界だとしみじみ思う。…科学ではなく、魔法での発展ではあるが。
風呂は昭和前半まで主流であった、薪で沸かす形式だったが、祖父母の家がこのタイプの風呂であったため、さほど苦労せずに沸かすことが出来た。流石に、火と水の相性は悪く、何らかの媒介を隔てないとこの二つを使っての魔法は難しい、とはキースの弁である。
しかし、紫炎は兎も角、柘榴が風呂好きというのは二藍にとって意外な発見でもあった。なんといっても本体が猫の柘榴である。基本、猫は水が苦手、という印象は否めない。勿論、例外は数多く知ってはいるけれど。
夕食から就寝まで、彼らはそれぞれ自由に過ごす。あるときは居間でその日あった事を話せば、あるときはそれぞれの個室で好きに過ごす。
こうして、彼らの一日は終わるのであった。
お正月明けに仕事が忙しい事は解っていましたが、プライベートでも慌しくて、その上、久しぶりに酷い風邪を引いてしまいました。
寒い日が続きますが、皆様お体にはご自愛くださいませ。