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ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第三章
34/51

5話

腕の中で小さくくしゃみをする音が聞こえ、エンデルクは小さな声で呪文を唱える。

すると彼らの周囲の風が収まり、暖かな空気に変わった。

少し驚いた様子で礼の言葉を述べる少女に笑顔で応え、男は前方を見据える。


翼竜は、魔法属性を持つ生き物なので、自分の周りで魔法を使われることを酷く嫌うが、彼の騎竜はささいな――自分達の回りに結界魔法を張り空気を入れ替える程度の――魔法は気にはしない。

元々、竜に乗っている時に攻撃されることを想定して訓練していたことだが、思わぬところで役に立ったと一人笑いをかみ締める。




それにしても、とエンデルクは己の取った行動に苦笑せざるを得なかった。


一旦は執務室に入ったものの、何をしても落ち着かず、気付いたら竜笛を鳴らしていた。

決してカイルを信用していないわけではないのだが、この少女に触れていいのは自分だけだという独占欲に気付いた時点で認めざるを得なかった。



自分は二藍に惹かれている。



それは彼女の持つ一筋縄ではいかない部分…負、とも裏の顔ともいえる部分さえも愛しいと思えるのだから、我ながら末期症状だとも思う。


ひょっとしたら、いつかは自分の世界に戻ってしまうかもしれない娘。


その事が、ある意味自分のストッパーとなっていた。




確かに自分は恵まれているのだと、エンデルクは思う。

育児を人任せにすることを良しとしない王夫妻は、エンデルクにも同様に接した。実の親の代わりに、異母兄たちに十分愛情を注いでもらった。それが生まれの卑しさだと口さがない者も居はしたが、彼は二人に感謝しているし敬愛もしている。甥や姪達も実の弟妹といっても良い。


しかし、自分達の思いとは裏腹に、表向きの大義名分を掲げ築き上げてきた絆を断ち切ろうと躍起になって居る者たち。


いっその事、彼らを処分して自らも命を絶とうと何度思ったか知れない。そうすれば、異母兄夫妻や甥姪たちに禍が少しは減るだろう、と。



微かに身じろぐ気配がして、男は腕の中の少女に気付く。自分の思考に入り込み、腕に力が入ってしまったようだった。詫びを入れると、首を振り笑顔が返ってくる。


何もかも一度は諦めた身の上だ。そういった意味なら、これ以上失うものは無い、そう思って生きてきた。

そんな自分に『執着』を抱かせた存在。



その頭にそっと唇をよせると慌てた気配が帰ってくる。思わず笑いを浮かべると、どこか拗ねた様子で男を見上げる。そんな表情も愛しくて、笑顔を浮かべると、途端に真っ赤になり俯く姿がそこにあった。



「……ければいい」

「はい?」

不思議そうに首を傾げる二藍にエンデルクは微笑んで首を振る。

「何でもない。そろそろ王都だ」

「早いですね」

「この騎竜は特別だ。カイルは騎士団でも1,2を争う腕の持ち主だからな」

気恥ずかしさを隠すため、部下を褒める言葉を口にすると、凄いですね、と素直な賞賛が返って来て面白くない。そんな自分自身に呆れてしまう。



「でも」


少女が言葉を続ける。

「この翼竜は野生だって伺いました。それをこんな風に慣らすなんて、エンデルクさまも凄いです」

少女の一言で気分が浮上する。我ながらどうしようもないな、と思いながら男は騎竜を着地させた。




降りて、鞍と手綱を取ると、労わるようにその頭を撫でる。すると甘えるように擦り寄ってきた翼竜に少女は近づき笑顔を見せた。

「乗せていただいてありがとうございます。竜さんもありがとうございます」

すると翼竜が顔を二藍へと近づけた。驚いた表情を見せた彼女だったが、ふ、と笑うと先程エンデルクがやっていたように頭を撫でる。くるるる、と喉を鳴らし、竜は静かに羽ばたいた。

突然起こる突風に、よろめく二藍をエンデルクが抱き込む。一声高らかに鳴いて、翼竜は山の方向へ去っていった。



「…驚いたな」

肩を抱いた少女に微笑んで見せて、エンデルクは竜の去った方向へ視線を戻す。

「アレが初めて出会った相手に甘えるなど…今までになかったことだ」

「そうなんですか?」

「ああ…今度は一人で乗ってみるか?」

男の言葉に少女はとんでもない、と首を振った。その姿に、男の瞳が細まり、甘い笑みを浮かべる。

エンデルクのその表情に、一瞬惚けた二藍だったが、すぐに顔を真っ赤にして俯く。


「冷えただろう?エドガーに温かい飲み物を淹れて貰おう」

そっと背を押しエスコートする相手に、少女は顔を赤くしたまま、それでも笑顔を見せて頷く。

傍らの男が、この時理性を総動員していたことを知らぬまま。




紫炎と柘榴が戻ってきた時、騎士団団長の執務室で大量の書類に囲まれているエンデルクと、優雅にお茶を飲んでいる二藍の姿があった。







「エドガー」

夜も更けた頃、静かに酒盃を傾ける主に、侍従が顔を向ける。

「本気になった…なんとしてでも手に入れる」

エンデルクの言葉が何を指すか瞬時に理解して、男は唇の端を上げる。

「手出しは無用だ。…だが、騒音の遮断には手を借りるやもしれん。頼んだぞ」

「承りました」

深々と頭を下げ、エドガーは主の部屋を辞する。



「戻らねばいい…戻らぬ理由になればいい」

翼竜の背で呟いた言葉をエンデルクは繰り返した。

「この手で絡め取り、他に目がいかぬようにすればいい」

呟きは誓いとなり夜の闇に解けていった。




漸くアップできました。年内に何とか、と思っていたので一安心です。

想像以上の方々にお気に入り登録していただいて、感謝の言葉もありません。

来年が皆様にとって良い年になりますよう、心より祈っております。


本年は、ありがとうございました!

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