4話
宿舎の窓から二藍を抱き上げて、翼竜に乗せたカイルの姿にエンデルクは軽く眉を寄せた。
騎竜の使用許可も出ているし、カイル自身、騎士団のなかでもトップクラスの翼竜使いだ。
紫炎や柘榴の竜に乗せるよりも、安全だということは解ってる。
しかし。
「面白くないな」
ふと漏らした自分の言葉に驚き、軽く首を振ると、少し先で自分を待っている副官に気付き窓際を離れた。
耳に残る翼竜たちの羽ばたきの音が、いつになく神経を逆立てた。
「手馴れているのね」
赤ん坊を抱いている紫炎を見て、アナスタシアは目を見張る。
お茶の支度をしに台所に立った彼女が、手伝いを申し出た二藍とともに戻ってきた時、最初カイルに渡されていた子供は、いつの間にか紫炎の腕の中にいた。
「こいつと弟達の面倒を見ていたからな」
「あら、弟さんもいらっしゃるの?」
一瞬、少女の瞳が微かに翳るが、すぐに笑顔になって持ってきたポットをテーブルに置くと二藍は首を縦に動かした。
「はい、双子なんです。国許で両親と一緒にいます」
「あらあら、男兄弟ばかりなのね。アタシといっしょだわ」
少女の言葉に笑顔を見せ、アナスタシアは手際よくカップをテーブルへと置いた。
二藍の一瞬の翳りに気がついたのは二人の式神のみ。それほど鮮やかに彼女は自分の感情を綺麗に誤魔化した。
「アナスタシアさんも、ご兄弟がいらっしゃるんですか?」
いつの間にか紫炎の腕の中で眠ってしまった赤ん坊をベットに移すと、彼女はお茶とは別に冷却庫からグラスの水差しを取り出す。「やった」と、小さくガッツポーズをとる従弟を開いた手で軽く小突くと彼女は紫炎たちにもソファを勧めた。
「アナって呼んで頂戴。そう、下に三人。少し離れた村が実家でね、そこにいるの」
にぎやか、と言うより煩いわよ、と笑う彼女に少女も頷いて、5つ離れた弟達を思い出す。
生まれたときは、未熟児で小さかった頃は体が弱く入退院を繰り返していた弟達だったが、成長するにつれ、丈夫になって今にも自分の身長を追い越す勢いである。
『どうしているかなぁ』
小さく日本語で呟いた言葉に、紫炎たちが反応し、少女の傍に歩み寄る。大丈夫と笑った二藍の頭を軽く撫で、アナスタシアが用意した果汁を口にする。
「ほう」
「あ、美味しい」
「旨い」
思わず零れ落ちた言葉にアナスタシアが笑顔を見せた。
「ありがとう、ウチでとれたリザヤの果汁なのよ、それ」
リザヤというのは、洋梨に似た味と食感の果物である。外見はパイナップルの葉の部分がない形で、木に実っていて、最初見たときは生態系の違いに苦笑した。
何度かキースの屋敷で出されたことはあるが、それよりも数倍良質で上品な味わいがあった。
「農場を営んでいらっしゃるんですか?」
「ええ、そんなに大きくはないけれどね。果物と穀物を作っているわ」
「こいつの旦那の作る作物は王都でも有名なんだ。質がいいってな」
カイルの言葉にアナスタシアの笑顔が大きくなる。
ふと、外が騒がしくなり何事かと見に行く従姉の背を見送って、カイルが唇を歪ませる。
「思ったより早かったな。執務さぼらせちまったか?」
「隊長?」
くつくつと笑うカイルに柘榴が怪訝そうに視線を向ける。
「姫さん、外見てみ?」
私ですか?と自身を指差す二藍に頷きが帰ってくる。不思議そうな顔をして外に出ていく主を追おうとした柘榴を紫炎が止めた。
「煽ったな?」
ふ、と男の笑いが深くなる。その視線は閉まった扉の向こう――外に向けられていた。
「急に二藍を騎竜の訓練に連れて行く、と言い出したから可笑しいと思ってはいたが」
「煽るつもりはなかったが……」
男は青年に視線を戻した。先程までの楽しそうな笑いは影を潜め、真摯な光をその瞳に宿す。
「すり抜けてからじゃ遅いんだよ」
男の言葉の真意を尚も問いただそうとした時。
「ちょっと!カイルっ!」
顔色をなくしたアナスタシアが、大きな声を上げて家へと入ってきた。母親の声に驚いたのか、赤ん坊が目を覚まして泣き始める。
「あーあ。ったく」
立ち上がり、ベットから子供を抱き上げ手際よくあやす。流石二児の父、と柘榴は妙なところで感心した。
「って…アンタ…外…」
アナスタシアの震える声に、紫炎と柘榴も外へ出る。
彼らが外に出たとき、少しはなれた場所に一頭の翼竜が地面に降り立つところであった。近くに居た自分達が乗ってきた竜より一回り大きな「ソレ」が、着地するや否や、その背から飛び降りる影があった。
「って、ありゃエンデルク…っと、将軍閣下じゃないか」
一直線に自分のほうに向ってくる長身に、呆気にとられていた二藍は目の前に差し出された手に、はっとして顔を上げる。
「迎えに来た」
「…え?」
ふわり、と抱き上げられ視界が高くなる。
少女を抱き上げたまま、男は部下のほうに視線を移した。
「先に戻っている」
一言言い残して、再び竜の背に載ると、翼竜はその体に似合わぬ身軽さで飛び立った。
後に残された二人の青年は溜息をつきながら顔を見合わせ、今回のことを仕組んだ犯人に視線を向ける。
「とりあえず、我らも戻る。どうなさいますか?」
慇懃な物言いに、怒りと微かな呆れを感じ取って男は口の端を上げた。
「俺は、状況説明をして戻るわ。先に行っていてくれ」
騎士隊長に頭を下げると、二人も竜の背にまたがり飛び立った。
ひとり残った男の口には楽しげな笑みが浮かんでいた。