2話
18の誕生日にエンデルクが持ってきたのは数枚の服。
作りはしっかりしたものだが、素材やデザインは一般的に流通しているものであった。…ただし、踝までの長さがあるスカート丈であったが。
「家の中なら兎も角、いい加減年齢詐称はどうかと思うが?」
「別に偽っていたわけではないです」
唇を尖らせた少女に笑って見せると、男はもうひとつ包みを渡した。
「こちらが祝いの品だ。気に入るかどうかわからぬが」
中から出てきたのは青い石の付いたペンダントだった。良く見ると、鎖になっているのは細い金糸と銀糸で、それに黒い糸とで複雑な組みひも状態になっている。
「エドガーが作った魔法具だ。石は俺が元々持っていた魔法石を加工してもらった」
男の言葉に少女は目を見開く。この世界でいう魔法石はレアメタルよりも希少性が高いということを最近知った。
石によって様々ではあるが、一般の装飾品として使う程度の大きさでも、紫炎か柘榴の年間所得にあたる価格がする。
「…エンデルク様、高価なものは」
「金額の問題ではない」
男は静かな声で言う。もともと低音の声が、さらに低く響いた。
「俺がお前にコレを持っていて欲しいと願った。それだけだ」
口を閉ざし、少女はペンダントを手に暫く考え込んだが、やがてゆっくりと笑顔を見せる。
「ありがとうございます。大切にします」
二藍の偽りの無い笑顔に、ほっとしたようにエンデルクは息を吐いた。
暫くペンダントを弄んでいた少女だったが、ふと気が付いたように顔を上げる。
「エドガーさんがお作りになったんですか?」
「ああ、エドガーはこの国で数少ない魔法具の作り手だ」
「じゃあ、紫炎たちの首輪も」
「ああ、あれもエドガーの手によるものだ」
エドガーが彼らの正体を知っていることは解ってはいたが、そこまで深く関わっているとは思わなかったので、彼女は少し驚いた表情を見せた。
「数が少ないとおっしゃっていましたが、魔法具というのは作るのが難しいんですか?」
「いや、そういうわけではない。魔法具自体は難しいものではない。魔法学院に入れば一応習いはする」
では、何故『数少ない』といわれるのか。少女の疑問が顔に出たのだろう。エンデルクは小さく唇を上げた。
「ちゃんとした『効果』を付随させ、持続させる道具を作り出せるものが少ないのだ。この国でそれができるのは俺が知る限りでは、エドガーとキース以外に数人といったところだ」
力を分け与え、持続させるほどの魔法使いは少ない、さらにその力を物質に込められるほどの力の持ち主はもっと少なく、加えて加工の技術を持つものは…となると、どうしても限られてくるのだ。
「呪符は言ってしまえば『陣』を書き込んだ時点で魔法の力を付加させる事が自動的に行なわれる。簡単な護符程度なら、陣を描き魔力を有しているものなら誰でも描ける。…紙はあるか?」
少女が紙とペンを持ってくると、男はその上に魔方陣を描く。それを持ち、促すと庭に出た。
「ブラン」
紙を弾き、呪を唱えると手を離れた紙はその場で燃え上がり、一瞬で消えた。
「炎の呪符ですね」
「ああ、俺ですらこの程度なら描くことが出来る。キース辺りならば、これにいくつかの付加をつけるだろう。例えば手を離す事無く、魔力のみを離れた場所で発動させる、とかだな」
成る程、と少女は思う。あの魔法使いなら、それこそ「朝飯前」で、それ位やりそうだ。
「魔法使いというものは、通常自分に最も適している魔法に力を入れる。俺の結界魔法もそうだ。エドガーも道具を作る腕は一級だが、自分が魔道を行なうとなると、言っては何だが三流の街の魔法使いとそう変わらぬ」
辛辣な男の言葉に少女は苦笑する。男は事実しか口にしない。しかし、場と相手を弁えている事が彼を必要以上に寡黙にしているのだろう。
少なくとも二藍の知るエンデルクという男は寡黙なタイプではない。…饒舌、というには程遠いが。
「キースのように万能に近い魔法使いは稀だ。近隣諸国何処を探してもあれほどの魔法使いは居ない。あれが、大国ではなくこの国に根を下ろしていてくれるのは有難い…それ故…いや…」
少女の顔を見て男は口ごもる。これが演技だとしたらたいしたものだと心の中で苦笑して、二藍はそれに乗る。
「餌、ですか?紫炎たちの騎士団への入隊は。私達がここに留まるための楔、といった方が正確でしょうか?」
「敵わないな、お前には」
ゆっくりと上げる口角は確信犯のそれ。どいつもこいつもと、少女は悪態をつく。勿論心の中で、だが。
「いいですよ、お付き合いいたしましょう。少なくとも私達がここに居る間は…ね」
くすりと笑う少女の後ろには、いつの間にか二人の青年。
将軍の地位は飾りではない。それでも、エンデルクは彼らに気付くことが出来なかった。
しかし、彼らの「正体」を思い出し、無理からぬ事と小さく笑う。
「どこかの馬鹿が、私達を邪魔に思って『飛ばさぬ』よう、しっかり釘を刺しておいてくださいね」
「その点は義姉上が抜かりなくやっていらっしゃる」
「できれば、平穏を乱さぬようにな。我らは日常をこよなく愛する」
「…迷惑な争いに巻き込むなよ」
「善処しよう」
善処ですか、と突っ込みたかったのは二藍ばかりではない。約束はしてもらえないんですね、などと少女が考えていることに男が気付いたかどうかはうかがい知れなかった。
ちなみに、この日キースから二藍に贈られたのは、山のような護身用の魔方陣が書かれた紙と膝丈のドレスであった。