3話
眠れない。
目を閉じてベットに横になっても一向に睡魔は自分の下に降りては来なかった。
短時間の間に色々あって、体は疲れているはずなのに、少しでも休んでおかなくてはいけないのに、眠ることができずに居る。
イケナイ。
頭の中で警鐘が鳴る。
カンガエテハイケナイ。
しかし、一度動き始めた思考の波は留まることを知らない。
…どうしているだろうか。
祖父は父は母は弟たちは。
突然気配を消したのだ、心配していないはずはない。だが、何の前触れもなく突然消えた自分たちに家族がどう判断し、対応するか…。
もう二度と会えないかもしれない。
家業ゆえ、どこかで覚悟していた「ソレ」が現実となるなんて考えてもいなかった自分に半ば驚く。いや、考えてはいても現実として認識していなかったのだ。
とたんに自分に襲い来る寂寥感。そして罪悪感。
紫炎、柘榴。
解っているのだ。自分さえいなければ、自分が開放さえすれば彼らは元の世界に戻ることが出来るかもしれない…少なくとも自分が居る限り彼等は動くに動けない。
自分が彼らを繋ぎとめて…いや、縛っているのだ。
うつ伏せになって声を殺す。泣く権利など、泣いていい理由など自分には…。
「莫迦…が」
そっと頭に置かれた二つの手は、ゆっくりと二藍の髪をすべるように流れていく…何度も、何度も。
「我らがお前の元に下ったのは我らの意思。道節に頼まれたわけではないと、何度言えば理解する?」
笑いを含ませた声に、少し怒りを含んだ声がかぶさる。
「何を考えているか凡そ想像はできるけどな。お前忘れていないか?俺達の契約。それに何より、俺は…俺達は、お前の傍がいいんだからさ…何処よりも何よりもお前の傍が一番なんだからよ」
そっと顔を上げると、呆れを含んだ笑い顔と、半分照れたような、怒ったような顔があった。
片方の手が、二藍の頬をそっとなで涙を拭いていく。
「…ありがとう、ございます」
小さく震える声で言うと、片方の手は再び頬をなで、もう片方は頭を軽く叩く。
彼らがいなかったら、一人飛ばされたこの世界で、心が壊れていたかもしれない。
「ありがとうございます」
もう一度、今度は先程よりしっかりした声で言うと、二人の気配が柔らかくなる。
「もう寝ろ」
少し照れたような口調で柘榴が乱暴に頭をなでる。
「眠りに付くまで傍にいるから、安心するがいい」
軽く敷布を叩いて紫炎も言う。
ベットの両脇に浅く腰を降ろし、青年達は笑顔を見せる。二人を見比べて「おやすみなさい」と呟き、目を閉じた。
少女が規則的な呼吸を始めると、式神たちは、そっとその場を離れる。
「それで、『渡り』はできそうか?」
ベットから離れたといっても、二藍の部屋から出る事無く、彼らは少し離れた場所で壁に背を預けながら話す。
柘榴の問いかけに、紫炎は軽く首を振った。
「渡りはできよう…しかし、『ここ』の位置が把握できない以上迂闊に動けん。下手をすれば、どちらにも戻れなくなる可能性があるからな。渡りの得意な颯我辺りならできようが…」
颯我とは、二藍の祖父である道節の式神である。風を属性とする彼の式神は異空間を自由に移動する能力がどの式神たちよりも優れていた。
「せめて二藍の無事だけでも伝えてやりたいが…こいつの傍を離れるという選択であるなら、俺はせぬ」
「当たり前だ。二藍の傍を離れるなんて問題外だ」
「それに…」
言いよどむ紫炎に柘榴が不審そうな視線を向ける。それに軽く首を振って式神の青年は、眠っている二藍の方へ視線を移した。
「いや、まだ確信が持てないからな。ちゃんと解ったらお前に言う。勿論、必要とあれば二藍にも話す」
彼らが、部屋から出てその気配が完全に消えると、眠っていたと思われる少女が目を開ける。
暗闇の中、暫くじっと何も無い空間を見つめ、やがてゆっくりと息を吐いて小さく呟く。
その呟きは誰に聞かれること無く、闇に中に解けていった。