幕間 3
「ほぼ、初対面の相手にあれだけ心を許すなんて、御崎の姫さん以来じゃねぇ?」
彼らが軟禁状態に置かれて暫くたったころ、「退屈だろう?」と数冊の本と茶葉を土産にやってきた男を見て柘榴が口を開いた。
彼が以前二藍に与えた魔法学の本を繰っていた紫炎は、テラスで静かにお茶を飲む二人に目を向ける。
何を話すわけでもない、時折どちらかが話しかけ、どちらかが答える。しかし、それ以外は穏やかな沈黙が流れていた。
「御崎の姫…葎殿は『特別』だろう。彼女は本家の三の君のご紹介で知り合ったお方だ。色々な意味で耐性も理解もあるお方だからな」
彼女の家の事情を知る幼馴染たちは、それが当たり前として親の代からの付き合いだ。彼ら以外で彼女の家の事を知る者は友人関係では葎以外、いなかった。
「ここでは、魔法が当たり前として生きている世界だ。受け入れる側もキャパが広いのはわかるけどな。でも、キースにだって気を許すまで、それなりに日数がかかったぜ?しかも、複雑な立場でさ?普段なら避けて通るタイプだろ?」
本に目を向けたまま、紫炎はふ、と口元を緩める。
「だからこそ、だろう?」
「ん?」
エンデルクの持ってきたお茶を口に運び柘榴が顔を向ける。
「ど真ん中、ストライク」
ぶぶっ。
予測できたのか、紫炎は防御壁を張る。魔法の発動に気付いた二人が顔を向けると、壁に弾かれて飛び散ったお茶が柘榴とその周囲を濡らしていた。
その惨状に二藍は頭を抱え、エンデルクは可笑しそうに笑う。
やれやれと立ち上がり、少女は手際よく辺りを片付け、自分で乾かしている柘榴に着替えてくるように指示をすると、お代わりの為のお茶を淹れる。
「慣れているのだな」
ふと漏らしたエンデルクに、紫炎と二藍の視線が向けられる。
「…ああ、いや。労働を知らぬ手のようだが、そうやって片付ける姿が慣れているようなのでな」
「こいつは家事は一通りこなす。小さい頃から祖母さまに教えられてきたからな」
「『手』ですか。生活環境と、それに付随する品々の発展の違いだと思いますよ?こっちにはハンドクリームがないですからね」
「『ハンドクリーム』?」
こくり、と少女は首を縦に振る。手荒れを防ぐ軟膏だと説明した後、ふと考え込んだ。
「…二藍。顔が商人になっているぞ」
呆れたように言う紫炎に、少女は笑顔を向ける。
「だって、儲かりそうじゃないですか?薬効成分はわかっていますから、後は応用だと思いますよ?」
「エタノールやグリセリン。どうするんだ?」
ぐ、と言葉に詰まって少女は口を閉ざす。
「手荒れを防ぐ薬ならあるな。ただ、あまりにも高価で一般の庶民には手が出せぬだけだ」
そんな時代が日本にもあったなぁ、などと遠い目をしながら力なく笑うと、エンデルクが少女の前に立つ。
「入用なら持ってくるが?この手が家事で荒れるのは忍びない」
そっと少女の手を持った男に、青年は呆れたような表情を向けた。しかし、今回の少女の反応は少しばかり異なる。
「ご遠慮させていただきます。王弟殿下」
失礼にならない程度に手を離し、優雅に腰を折った。
「頂いた茶葉も本も『こちら』では高価なもの。我らには過ぎたるもの。これ以上のご配慮はご無用に願います」
ほう、と目を見開く男に少女はにこり、と笑顔を見せ、男もそれに応える。
ここか、と青年は思う。相手の言葉の真意を汲み取り、理解する。身分の高さゆえではなく、本質と育ち。それに少女は惹かれたのだと。
「アロエに似た成分の植物ならあったぜ?」
いつの間にか戻ってきた柘榴が口を挟む。その言葉から、彼が今さっき来たわけではないことが窺い知れた。
「柘榴、悪趣味。っていうか、いつの間に見つけたんです?」
「こんなところに一日中いるわけないだろう?隙を見て、な」
「屋敷の者に見つかるなよ。つまみだされるぞ」
紫炎の言葉に柘榴が不敵に笑う。曰く「そんなへまはしない」。
こんな日常会話を拾い上げて、エンデルクが二藍を囮にさせることを思いついたのは、また別の話。