15話
「フタアイ!」
ふわりとした柔らかな感触と視界に映る金の髪。
抱きついてきた相手を認識して少女は小さく微笑んだ。
「ファミアさん。ご無事でよかったです」
「あなたこそ、どこも怪我は無い?」
首を縦に振った少女は入ってきた気配に視線を向けて、笑顔を深くする。
「紫炎たちはどうした?」
「首領らしい男を追っていきました」
立ち上がろうとした彼女の腰に手が回り、男は軽々と片手で少女を抱き上げた。
「あれは?」
数人の騎士に囲まれ、倒れている男に視線を移すと、少女が小さく溜息を零す。
「セドリック、と呼ばれていた人です。ファミアさんを気絶させ、私をさらった人ですけど…」
「自身に毒でも仕込んでいたか」
エンデルクの言葉に、騎士の一人が頷く。その間も少女は男に抱き上げられたままだ。
「あの、エンデルクさま?私は大丈夫ですから降ろしていただけませんか?」
彼らを見た騎士たちは一瞬ぎょっとしたような表情をするが、すぐに何事も無かったかのように、事後処理に動く。ファミアはといえば、エンデルクの突然の行動に固まって動けなくなっていた。
「足を痛めているのだろう?」
え?と目を見開く少女に男は薄く笑う。
「あいにく俺は治癒魔法は不得意だからな。後で治療班の所へ連れて行くから、暫く辛抱していてくれ」
確かに足は痛めている。敵を欺くために、言葉が解らない振りをしている時に軽く捻ったのだが、紫炎たちですら気付かなかった程度のものである、わざわざ抱き上げて運んでもらうほどではない。
それを伝えると男は、目を細める。
「俺がこうしていたいのだ。不満か?」
真っ赤になった少女に、男が笑いを深くする。その瞬間、周囲に流れた気配は感嘆と驚きと、別のなにか。
「ほんっとうにお前って王子様」
振り返ると、窓の外で呆れたような柘榴と目が合った。少女を抱いたままエンデルクが近づくと、軽い身のこなしで窓から中に入ってくる。
「悪い、逃げられた」
「外には騎士隊がいたはずだが?」
あ~と、柘榴は頭をかきながら、彼らの近くまでやってくる。
「お前にゃ悪いが、駄目だありゃ。もう少し魔法に対する耐性を付けさせたほうがいい」
問うような眼差しに、柘榴が苦笑する。
「邪魔されたんだよ、あいつの魔法に。正直言うと見失った一因は騎士隊だ」
「そういうことか、済まない」
「どういうこと、ですか?」
ようやく立ち直ったのか、ファミアが彼らの元に近づいてきて柘榴に質問した。
「ああ、簡単に言ってしまえば、魔法で目くらましを掛けられたんだ。俺じゃなくて騎士達だけど。おかげで俺と紫炎は敵と間違えられて、もう少しで切られる所だったってわけだ」
「馬鹿な!騎士隊は魔法に対してもそれなりの訓練はしているのに!」
「向こうの方が一枚上手だったって事だ」
なおも言い募ろうとするファミアをエンデルクが視線で止めた。凍るような眼差しは、誰もが口を閉ざしたくなるものだった。
「ドアレグ、という名前に聞き覚えはありますか?」
掛けられた声に視線を向けると、腕の仲の少女と目が合った。
「私達を捕まえていた人たちの首領のような存在でした。状況から考えると、この組織のトップかそれに近い存在だと思います」
「ドアレグ?…うむ」
「髪は薄茶色。瞳も同色です。年のころは30前後…もう少し若いかもしれません。少し吊り上がり気味の瞳で、あ、手首の裏側に、アレは刺青でしょうか?魔方陣らしき模様が描かれていました」
「…まさか?」
呟くように言ったエンデルクに二藍が首を傾げる。
「ドアレグ…アーノルド・ドアレグ・デミスターか。奴が絡んでいたのか」
男が呟いた名前に周囲の騎士たちが反応する。
「お知り合いですか?」
「奴は俺が着任する前まで第一騎士隊の隊長だった男だ」
目の前の男の複雑そうな表情に、少女は首を傾げそっとその腕から下に降りた。
「俺には陛下との間に姉上がいた。その嫁ぎ先がデミスター伯爵家だ」
少女の腕を掴んだまま、男はソファに腰を降ろす。
「嫁がれて、長くお子がいらっしゃらなかったが、数年後身ごもられ…お腹の子と共に亡くなられた」
そして、と男は気の重い様子で言葉を続ける。
「姉上の喪が明け切らぬうちに、義兄上が不慮の事故で亡くなられた」
エンデルクの話によると、元々3人兄弟の末っ子だったアーノルドは幼い頃から神童の誉れも高く、将来を嘱望されていたという、自身も騎士隊に入り、めきめきと頭角を現してきた、そんな矢先の兄の訃報だったらしい。
二番目の兄は、幼い頃に大病を患い、殆どベッドから離れることができない生活をしている。
「騎士隊を辞した彼は、当然家を継ぐために領地に向ったと、誰もがそう思っていた…しかし」
アーノルドはそのまま消息を絶った。そして、彼が居なくなった途端次々と第一騎士隊の不祥事が表ざたになったのだ。
小さなものでは、歓楽街での暴行から始まり、最終的に発見されたのは公金横領。
発見されて、全て隊長であるアーノルドに報告されている。犯人はいつの間にか騎士隊からいなくなり、代わりの者が勤めているので、皆は隊長が処分して騎士隊を辞めさせてのだろうと、そう思っていた。
あまり名誉なことではないから、とアーノルドが苦笑すれば、誰もが口を噤む。それ故、この話が表に出る事がなかったのだ。
「それが、どうして?」
「……」
「噂が、流れたんです」
エンデルクが言いにくそうに口を噤んでいると、事後処理をしていた騎士の一人が口を開いた。
「騎士隊を辞めさせられた者は、誰一人実家に戻らず行方不明になっていると」
「噂ではない。事実だ」
疲れたようにエンデルクは大きく息を吐く。
「そして、あの男の恐ろしいところは何一つ証拠を残していない、という事だ」
申し訳ありません、少し修正いたしました。