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ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第一章
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2話

紫炎も柘榴も無能ではない。むしろその逆だ。それは主である二藍が一番良く知っていることだった。

その二人に気配すらも感じさせずに現れた相手に、彼女は軽く眉を寄せる。

「貴方が私達をここに呼び寄せた方ですか?」

『この場合、答えは否、です。貴方達を呼び寄せたのは私ではない』


不思議な感覚だった、話している言葉は全く知らない言語なのに意味は通じる。二ヶ国語放送を同時に聞くとこんな感じになるのかもしれない。


「我らを呼んだ理由を聞かせてはもらえぬか?」

不機嫌さを隠そうともせず紫炎が相手へと視線を向ける。フードを外した人物は…やっぱりお約束のような美青年だった。


『誠に申し訳ないが、一緒に来てもらう以外、説明できない状態です』

ある意味一種の脅迫だ、と二藍は溜息を一つ零した。傍らの二人を見上げると軽く肩を竦める動作が返って来る。

いわく、好きにしろ、だ。

二人が気づかないうちに現れることが出来るというのは、相当の実力者なのであろう。ならば、ここで逃げても同じこと。

「伺わせていただきます」

満足そうに青年は頷くと二藍たちに近づいてきた。庇うように二人が彼女を自分たちの影に隠したが、それに気を悪くした様子も見せず、不思議な韻律の言葉を紡ぎ、宙に複雑な文様を描く。


次の瞬間、彼らは大きな部屋に移動していた。




『よく、参られた』

声のしたほうに顔を向けると、壮年を少し過ぎた男が椅子に座り、その後ろを10人ほどの男女が立っていた。

『ご苦労だった、キース』

声を掛けられた青年は、軽く頭を下げると男の横に立つ。

『まずは、お詫びする。我が学院の生徒が、迷惑をかけた』

男の言葉の後に続くように、後ろの男女が泣きそうな顔で頭を下げる。

首を傾げる二藍に男は、後ろの男女を指す。

『貴方たちが、ここ…セラフィークに来たのは、彼らの魔法が原因、だ』








偶然に偶然が重なった事故。そう彼らは説明した。

端的に言ってしまえばそれまでだが、巻き込まれた身としてはそれだけで済まされることではない。


発端は魔法学院に通う学生達の議論だった。それがいつの間にか論点をそれ、どちらがより強い魔力を有しているかという争いになってしまったのは若さゆえ、なのだろう。

そして、本来なら綿密に場所を特定し、周囲に知らしめてから行う移動の魔術を発動させてしまったのだ。

こういった事態を防ぐために、通常なら結界をほどこしてある学院であったが、結界の修復と補強の為に通常より弱い状態になっていたのだ。だが、異常な波動に気が付いた教師がすぐにその発動を止めた。

長い詠唱を必要とする上級魔法は、それなりの波動も発生する。


しかし、通常であれば同一次元のみ働く魔法が、どこをどう間違えたのか違う次元と対応して、発動されてから止められる一瞬…その僅かな時間に二藍がその魔法に引っかかってしまったのだ。

…魔法が閉じた後、何か異常を察知したキースが探って彼女達が次元を移動したことが発覚したのだ。

術自体が未熟であった為、同じ魔法の発動は敵わず、前例が無いため帰す方法も、位置関係すらもわからないのではどうしようもない。


そう話を締めくくると男は後ろに居た男女に退出を促し、横に居た青年に一言二言囁くと『失礼する』と彼らに声を掛け部屋から出て行った。





『申し訳ない、どうぞ我が家にご案内いたします』

青年に視線を移すと、彼は小さく苦笑を見せる。

『この世界での生活が落ち着かれるまで、皆様には私の屋敷でお過ごしいただくことになりました』







「俺達も『人』のうちに数えられているとはな」


「我が家」と指すにはいささか――かなり大きな青年の屋敷で、彼らはそれぞれ隣り合った部屋に案内された後、二藍の部屋に集まった。

呆れ半分、苦渋半分の紫炎の言葉に、他の二人もそれぞれ複雑な表情をする。


「式神という存在や概念がなければ無理からぬ事だと…お二方とも、実体もおありになりますし」

少女の言葉に、それもそうだと同意すると、何を思ったのか紫炎は自分の掌を見つめる。

「しかも、ここの場は俺達を安定させる作用があるようだ。力を使うにもほとんど負荷を感じることもない」

普段であれば、その負荷は自分たちと使役者である二藍に掛かってくる。

「その方がいいだろう。何かあってから呼び出されたのでは遅い」

「とはいえ、常に身近にいられないというのも考え物だな」


柘榴の言葉に、紫炎は考えるように黙り込んだ。現状が把握できない以上、迂闊に二藍に術を使わせることは避けたい。


「しかし、気付いたか?あの男名乗りもしなかったぞ。我々の名も聞きもしなかったが」

謝罪も最初の一言だけ。本来なら自分たちで詫びなければいけない張本人たちは後ろで居心地の悪そうな顔をして立っていただけだ。

「注意するに越したことはない、と言うことだな…誰か来る」

軽いノックの音に二藍が返事をすると、キースが侍女を伴ってやってきた。侍女が引いてきたワゴンの上には食事が乗せられている。

『急なことで、お持て成しもできませんが、食べてください』

言われて、二藍は急に空腹を覚える。…とはいえ、素直に礼を言って食べ物に飛びつくような躾も受けていない。

『毒は入っていませんよ』

くすり、と笑ってキースが言う。毒見をしようかという相手に、流石にそれは失礼だと頭を振って、侍女が取り分けてくれた小皿を受け取り口に運ぶ。


「あ、おいしい」

素朴で正直な賛辞に侍女が嬉しそうに微笑む。本来なら食事をする必要が無い紫炎と柘榴だが、実体化しているためエネルギーの補給のためにと食事を口に運んだ。


「ごちそうさま。美味しかったです。残しちゃってごめんなさい」

『ゴチソウサマ、とは?』

結局一緒になって食事をしたキースが不思議そうに首を傾げる。意味が通じないことは、そのまま「音」としてしか伝わらないことがこれで判明した。

「私の住んでいた国の挨拶っていうか、風習です。ご馳走になりました、ありがとうございます。

って」

ほう、とキースは感心したように呟くと同じように『ゴチソウサマ』と口にする。


先ほどの広間での印象とは違い、明るい表情をしていた。表情の変わらない冷たい印象から一変して、好奇心の強い好青年、といった感じだ。



「いくつか、お聞きしてもいいですか?」

お茶を淹れると侍女はワゴンを引いて去っていった。ハーブティのようなそのお茶は、少しクセはあるが飲み辛い、と言うほどでもない。

『答えれる範囲でよければ』

最初からしっかり線引きをするあたり、この青年の普段置かれているであろう立場がなんとなく読めてくる。

「まず、言葉です。音としては私達が使っている言葉と全く違うのに、何故意味が通じるのか、ですね」

『場を作ってあるからです』

「場、ですか?」

そうです、と頷くとキースは口元に手をやり、暫く考えていたがおもむろに口を開く。

『魔法、という方法、または概念はあなた方の国にありますか?』

「魔法、ですか。先ほどの方もおっしゃっていましたが、言葉として意味は通じます。しかし、私が住んでいた国では御伽噺の世界での話です。実際に使える人に出会ったことはありません」


あくまで、「魔法」としての話ではあるな、と紫炎は思い、柘榴は複雑な顔をした。しかし、視線を二藍に合わせているキースは、そんな二人に気が付かなかった。


『それでも構いません。意味として通じるということは、共通の思想に近い意味がある、ということです。解りにくい言い方をして申し訳ありません。…つまり、この屋敷全体に言葉が通じる魔法を施してある、そう思ってもらえれば十分です』

魔法使いに異次元…ほんと、ファンタジーの世界だわ、と二藍は心の中で呟く。


『ああ、いけない』

はっとしたようにキースは言うと、立ち上がり優雅な動作で頭を下げる。これがここの礼の取り方なのだろう。

『正直、どこまで音をとっていただけるか解りませんが。改めて挨拶いたします。私の名はキーリアル・ロイド・ファリスと申します。セラフィークの宮廷魔道師を勤めさせていただいております。どうぞ、キースとお呼びください』

「あ、二藍です。フタアイ・クヨウ。彼らは私の兄も同然の人たちです」

「紫炎、と申す」

「柘榴だ」

フタアイ、シエン、ザクロ…数回口の中で呟いてキースは笑顔を見せた。

「皆様色のお名前なのですね。そんな響きがございます」

おや?と二藍は首を傾げた。言葉が先ほどとは違いそのまま響いてくる。まるで自分の耳に入る前に日本語に訳されているかのようだった。

彼女の表情に気が付いて、キースは笑顔を深くする。

「名乗りあったからですよ。名前は固体を意味し、確定する。お互いに名乗ったことで私の魔法がよりあなた方に繋がったということです」

ほんの一瞬紫炎の瞳に影が差す。ほんの一瞬のことでキースが気付いた様子はなかったが、付き合いの長い二藍と柘榴が気付くには十分だった。


「我々の今後はどうなるのだ?」

先ほどの影を全く感じさせず、紫炎が問うと、キースは困ったように首を振る。

「一応陛下には、私と先ほどお会いになった、モナド総長…魔法学院の院長で私の魔法の師でもある方ですが、二人からお伝えしてあります。何分前例の無いことですので、すぐにはご返答できかねますが、私の名誉にかけて悪いようにはいたしません。今しばらく、この屋敷でお待ちいただくようお願いいたします」

苦渋に満ちた表情で言うキースに、気にしないでくださいと少女は笑顔を見せた。ほっとした顔をした彼の元に王宮から至急の呼び出しとの連絡が入り、彼は何度も詫びながら、部屋を後にする。




「さて…」

ゆっくりと部屋の中を見回して、紫炎は気配を広げる。

「そこまで悪党ではなさそうだな。なんの波動も感じられん」

「質が違うのに大丈夫か?」

柘榴の言葉に、男は笑う。キースの魔法の波動なら、先ほどの自動翻訳で十分分析した、と。

「とはいえ、相手は宮廷魔道師…海千山千のしたたか者と考えて問題はないだろう」

「名で固定する、か。怖い話だ」

ふ、と柘榴が笑いを浮かべる。

「暫くは静観だな…どうでるか。迂闊に術を使わぬようにな」


頷き返す二藍に笑顔を見せて、式神たちはそれぞれ自分の部屋に帰っていった。

ちゃんと扉を開け、自らの足で歩く。


自宅では決して見ることの無いその姿に、二藍は小さく笑った。














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