10話
「ファミアさんって騎士さまなんですか」
うわぁ、と少女の感嘆の声に、ファミアと呼ばれた女性は微笑んだ。
金色の髪に淡い緑の瞳。並んで歩くには相当の覚悟が要る彼女は、そっと自分の唇に手を当てる。
「あ、ごめんなさい」
頭を下げる二藍に首を振ると、ファミアは笑顔を深くした。
「ザリックの話の通りですね」
え?と顔を上げる二藍は聞き覚えにある名前を記憶から掘り起こす。
「え、と。確かでん…エルリックさまのお傍に仕えていらっしゃる騎士さまですよね」
内容が内容だけに声を潜めるが、美女と異国の顔立ちをした少女は目立ちはしても、話の内容は街の喧騒にかき消され、聞かれることまでは及ばない。
腕を組んで、露店を冷やかしながら歩く二人は、仲のいい姉妹のようだった。勿論、外見を除いてではあるが。
「同期なんです。騎士団の。もっとも部署が違うからめったに会いませんけれどね。その彼が以前話してくれたんです。とても綺麗な話し方をする女の子だよ、と」
うわぁ、と二藍が顔を赤くするのを見て、ファミアは瞳を和ませる。
最初この話が持ち上がったとき彼女は反対したのだ、囮になるなら自分だけでいい、年端の行かない一般の少女を巻き込むのは善くない、と。しかし、彼女の上司は静かに首を振ると言ったのだ「心配無い」と。
紹介された二藍とその兄たちは、確かに魔力を有していたが、さほど強いものに感じられなかった。
青年達は武道もやっているらしく、鍛え上げられた体をしてはいたが、騎士団に所属する彼女から見れば、普通の青年と変わりは無かった。
あのエンデルクが何故そこまで彼らを信用するのかわからなかったが、命令と押し切られてしまえば、彼女に拒否権は無い。
膝下のスカートに、ゆるく三つ編みにした髪の毛を後ろで一つに結んだ少女は、多少赴きは違うがキチンとした躾を受けた良家の子女、という以外特筆したところは見当たらなかった。
(でも、異国風ではあるけど可愛い子よね)
自分がこの外見で人目を引くことは自覚しているが、この少女が人目を引くのは、この辺りであまり目にしない外見ばかりではないと彼女は気づく。
柔らかな笑顔、物腰。謙虚な対応。だからといって決して卑屈ではない生まれ持った「何か」。
ザリックではないが、好感を持つのに時間は掛からなかった。
そういった意味では、今回の囮に相応しいといえよう。好事家がこぞって手に入れたいタイプなのだ。
「他にも女性の方っていらっしゃるんですか?」
二藍の言葉にはっと我に返る。思った以上に自分の考えに没頭していたようだ。これでは、素人と変わらない、と苦笑して、意識を少女に向ける。
「ええ、いますよ。女性の方をお守りするには、男性ではどうしても限界がありますからね」
成る程。と頷く少女に、ファミアは悪戯っぽい笑みを見せる。
「同僚が嬉しそうに話してくれました。夜会でとても素敵な殿方がいらしたって。それきり会えないので残念がっていましたよ」
あはは、と乾いた笑いを浮かべた少女だったが、すぐにその笑顔が消えた。
「ファミアさん?」
二藍の問いかけに「なんでもない」と首を振るファミアだったが、組んでいる腕から緊張が伝わってくる。
心の中で苦笑して、少女は顔を向けた。
「釣れました?」
少女が見せた表情に怯えの様子が無い事に気がついて、ファミアも笑顔を見せる。
「どうしますか?」
「取り合えず、指示ではどこかの小道に誘い込む、なんですが」
ふぅん、と首を傾げ少女は辺りを見回す。周囲から見れば、あちこちの店に目移りしている彼女に、困ったように笑いを浮かべる女性という構図が出来上がっていた。
「お嬢さん方、何かをお探しかな?」
いかにも人のよさそうな男性が声を掛ける。商人風のその男はにこやかな笑みを彼女達に向けた。
「アクセサリーを探しているんです。特別な時に使う物を」
少女らしいニュアンスを響かせ、二藍は笑顔で男に言う。女の子の「特別」は、国やたとえ異次元でも差異は無い。
訳知り顔で頷いた男は、近くの路地を示した。
「私の扱い物でないことが残念だが、ここを入った所に小さいが良い店があるよ、行って見なさい」
顔を見合わせた二人は、頷き合うと男に礼を言って頭を下げ、示された路地に入っていく。それを見送った男の口元に笑いが浮かんだが、すぐに体の向きを変え別の方向へと歩き出した。
そのサッシュに、小さな紙が挟まれていることを全く気づかぬまま。
店は確かにあった。小さな扉を開けると、店の女性がすぐに彼女達の近くにやってくる。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しで」
「あ、えっとアクセサリーなんですけど…」
口元に手を当て考え込んでいる二藍に、ファミアは微笑みながらその様子を伺う。
ひょっとして、ここが組織のアジトかも知れないと気を張ったが、中に居る店員も普通の女性だ。客がいないのも、こんな風に路地に入った場所ならば良くあること。そう思い、自分もアクセサリーを見ようとしたとき店員が二藍に何かビンのようなものの蓋を取って嗅がしているのが視界に入る。止めようとして後頭部に衝撃を感じ、その場に崩れ落ちた。
ファミアに手刀を落とした相手は、膝をついて完全に気絶していることを確かめると、口元をゆがめた。
「売ればそれなりの値になるが、色々厄介な相手だからな、この女騎士さまはよ」
そう言って、店員の女性の腕の中で意識を失っている二藍に視線を移して、笑いをさらに深くする。
「しかし、本当に珍しい顔立ちをしているな。伯爵が外に出さないっていうのも頷ける」
「そんなやばい相手にどうするんだい?」
女の言葉に男が鼻で笑う。少女の腕に手をやると、腕輪がするりと抜けた。
「コレが無きゃ、伯爵だって居所を探せねぇよ」
「この女は?」
床に倒れているファミアを見下ろして女が問うと、男は肩をすくめた。
「このままにしておけばいい。そのうち気がつくだろう。まぁ、気がついたところで警護についていたお嬢様は行方知れず。コイツには懲罰が待っているだけだろうが、な」
楽しそうに笑う男に微かに嫌悪に眉を寄せ、女は二藍を抱えなおす。それに気がついて男は少女を受け取り抱き上げた。
「俺は先に行く。後片付けをさっさと済ませてお前は後から来い」
そう言って裏口から去っていくのを見送って、女は大きく息を吐きその場を後にした。
女が、彼女の周囲を注意深く探れば…もしくはここに居た男共々、もう少し強い魔力を有していれば気が付いていただろう。
ファミアが倒れたその傍に、一枚の小さな紙が落ちていたことを。
そして、二藍を抱き上げ出て行った男の後を、一匹の黒猫が付いていった事を。