9話
暫く続いた贈り物攻撃と面会の申し込みであったが、絶対に受け取らない、会わないの姿勢を貫いた彼らと最終的にキレて「彼らをつれて領地に引っ込む」と言い出したキースの一言によって、沈静化したのは彼らがこの地に召喚されて三桁の日数がたとうとした頃だった。
半ば軟禁状態で、いい加減鬱屈が溜まっていた三人の下に、エンデルクが訪ねてきたのはそんな時だった。
「人買い…あの時の人たちですか?」
ほぼワンシーズン、夏一杯出歩けなかった彼らは、その間こちらの言葉を覚えることに費やした。
元々「言葉」に括りの無い紫炎や柘榴に加え、語学が得意な二藍だったので、今では日常会話程度であれば不自由なく話すことが出来る。ただ、周囲の目を欺くためと、霊力の変換の為に腕輪は填めたままだった。
「ああ、手伝ってもらえないか?」
囮ですね。心の中で二藍は密かにツッコミをいれた。
「反対です!そんな危険なことを彼女にやらせるなど閣下らしくありません。それ以前にそれは街の警邏の仕事。将軍自らお動きになることではありません」
「だからこそ、私が動くのだ」
キースの反対は予想の範疇だったらしく、エンデルクは淀みなく言葉を続ける。
「二藍に協力してもらう故に私が動く。それに紫炎殿も柘榴殿もおいでだ」
言葉に詰まるキースに少女は内心苦笑を浮かべた。ここで、彼が反対すればエンデルクや紫炎たちの実力を疑うことになる。しかし――。
「二藍も自由に外に出たいであろう?」
矛先をこちらに向けましたね?視線で問うと、男の瞳が微かに細められた。
先程から気づいていたが、青年は彼女達の名前を綺麗な音で…彼ら本来の音で発音していた。こちらの言語から考えると翻訳機なしでたいしたものだと、妙なところで感心する。
ゆっくりと紫炎と柘榴を見ると、二人とも黙ってはいるが瞳は楽しげな光を宿していた。
(気持ちは解ります。いい加減ストレスも溜まってきましたからね)
「喜んでご協力させていただきます」
「二藍!」
椅子から立ち上がって叫ぶキースに、少女は笑顔を向ける。
「紫炎と柘榴の実力はキースさんもご存知でしょう?それに護符をいただければ身を守れますから」
「しかし…」
「キース。私はそれほど信用ならぬか?」
止めの一発とはよく言ったものだ。エンデルク本人も確信犯だと彼女と式神たちは気づく。
「…承知いたしました。ならば、私もご同行することをお許しください」
「ならぬ」
顔を挙げ男を見つめるその瞳を、当の本人は何でも無い事のように受け止める。先に逸らしたのは魔法使いの方だった。
「そなたほどの魔力を持ったものが控えていれば罠だということが解ってしまう。今回は我ら騎士隊の一部が全面協力をするのだ。蟻の子一匹逃さぬよ」
この世界でも「蟻の子一匹」なんて表現をするんだ。などと呑気に考えたのは二藍で、紫炎と柘榴は久しぶりに揮える術と、ここのところ溜まったストレスの発散場所に心なしか頬を緩めている。
エンデルクは相変わらず涼しげな表情で、一人苦虫を噛み潰しているのはキースだけだった。
ふと、その言葉に引っ掛かりを憶えて、彼は居住まいを正した。
「騎士隊が協力するとおっしゃっていましたが、それほどの組織なのですか?」
「貴族の一部が関わっている。人身売買などという忌まわしい事実が、今だはびこっている一因がそこだ」
後ろ盾が居る、隠れ蓑がある。需要があるからこそ供給するものがある。
「ここで叩いたところで、また同じような組織は生まれるであろうが…」
男の瞳が穏やかに細められ、二藍に向けられた。
「異国からの客人にこの国を見てもらえぬのも寂しいからな」
赤くなる顔を自覚しながら、二藍は顔を俯ける。どこかこの場にそぐわない空気が流れた。
「ほんと、お前って『王子様』だよな」
「柘榴!閣下に対してそのような口の利き方は不敬です!」
キースがとがめるような口調で柘榴を静止するが、エンデルクは苦笑して首を振った。
「構わぬ、キース。言葉使いがどうであれ、柘榴殿は私を信頼してくれている」
「そんな無表情で言われたって嬉しかねぇよ」
憮然とした表情の青年に少女は笑い、魔法使いも渋々ながら引き下がる。
そして、紫炎は。
盗み見た主と視線が合い、返される笑顔にもはや苦笑するしかない。
柘榴の彼への信頼は、彼女のそれに由来する。二藍が男を信じているからこそ、彼もそして自分も信じるのだ。
主と式神の、しかも普通とは異なる結びつきは、こういった感情も影響する。
一夜にも満たない短時間でどうやってこの男が彼女の信頼を得たのかは解らないが、それならそれでいい、と彼は思う。
この少女が、この世界の人間達の中で独りきりにならずに済むのなら。