表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたおとの足跡  作者: 藤堂阿弥
第二章
16/51

7話

柘榴が顔を挙げ、少女の膝から飛び降り天蓋付きのベットに潜り込むと、彼女は畳んだその服を布団の上に置いた。



軽いノックが聞こえ、エンデルクが結界をとくと呆れた顔の紫炎とキースが入ってきた。

「王弟殿下の結界のなかで寝るなんて、どこの何様だ」

「…柘榴さまだ」

紫炎の言葉に顔だけ布団から出した柘榴が答える。布団の上に畳まれた服を見て、溜息を一つ吐くと近くにあった衝立を持ってきて置いた。

「俺達は、ここと続きの隣の部屋を用意されている。寝るんならそっちで寝ろ」


そういうと体をエンデルクの方に向けて頭を下げる。


「柘榴の為にお手数をおかけしました」

「いや、必要はないかと思ったが念のためだ。気分を害されたなら申し訳ない」

いいえ、と首を振ると青年は二藍の頭に手を乗せた。

「お詫びを申し上げるのはこちらです。妹がご迷惑をおかけいたしました」

おや?と少女は紫炎へ視線を向け、キースへと首を巡らせると、青年が困った笑いを浮かべていた。

「閣下がここに結界を張られたので、お出でになる場所が特定されたのですよ。ですから二藍の警護の為の夜会の欠席ということになり、紫炎の身分が取りざたされましてね」


王弟みずから警護をする相手の兄、というで周囲から色々勘繰られてしまったと、キースは教えてくれた。


「知る者が全て笑って流していたので、憶測だけが進行しましてね。一番大きかったのがフォーネック王国の隠された血筋、というものでしたね」

「フォーネック、か。『秘された王国』だな」

不思議そうな少女の視線にエンデルクが苦笑する。

「伝説の王国だ。本当に逢ったのかもわからない幻の国」

「ムーやアトランティス。エルドラドみたいなものだ」

「永遠の楽園。黄金の都とも呼ばれる国ですよ。あくまで物語上の話ですが」


「伝説の国の王子さまと王女さまか、こりゃいいや」

上着を羽織って柘榴がやってくると、紫炎が口元に笑いを浮かべた。

「お前だってその一人だぞ、殿下」

「…悪かった」

「それだけ、お二方の立ち居振る舞いが完璧だったということですよ」

くすくすと笑いながら言うキースに、紫炎と柘榴がうんざりとした表情を見せる。

「義理は果たした。王妃さまのご好意とやらにもそれなりに報いたと思うが?」

「十分です。感謝いたしますよ」

気取った仕草でキースが頭を下げる。そんな青年の様子を見てエンデルクが驚いた表情をし、次いで、その口元に笑みを乗せた。

「そなたが、そのように打ち解けるとはな」

低く響く声に青年ははっとしたように男の方へ顔を向けた。


「たとえ切っ掛けはなんであれ、モナドに感謝せねばいかぬな。彼らには迷惑な…いや、それ以上に多大な被害を及ばせている話しであってもな」

そう言って音をさせない動作で少女の前に跪く。目元を綻ばせ、二藍の手を取り口付ける。先日の一瞬掠めるようなものではない、掌への口付け。


「私の世界では掌への口付けは懇願だといいます。こちらでは、どういう意味を指すかは存じませんが、それでも我らが感覚でお尋ねします。何を願われます?」


大人びた…彼女にしてみればこれが普通なのだが…その問いかけにエンデルクは微笑んだ。それこそキースが驚きの表情を固まらせるほどの、そんな笑顔だった。

「何も…貴女がたが平穏であるならば、キースも私も穏やかに暮らせましょう、弐色の姫君よ」



優雅に腰を折ると男は出て行った。


その扉を呆れたように見つめて、紫炎が溜息を吐く。

「西の分家の若旦那といい勝負だな、あの気障さは」

噂の相手の顔を思い出し、少女は苦笑を返す。掌へのキスが「懇願」だと教えてくれた、当人だ。二藍にとっては、又従兄にあたる青年は、一族の中でもフェミニストで有名だ。

「確か、額のキスは親愛のキス。頬のキスは友情のキス。唇へのキスは愛情のキス。甲へのキスが忠誠で、掌が懇願…だったっけ?」


「驚きました」

詰めていた息を吐き出すようにキースが言う。


視線を集めた青年は泣き笑いに近い顔をしていた。

「閣下があのような表情をお見せになるなど…何年ぶりの事でしょう」

不思議そうな表情の異世界の友人達に、青年は複雑な顔のまま言葉を続けた。

「あんなに穏やかなお顔は、殿下との継承問題がおきてからお見せになったことがありませんでした。――二藍ー」

名を呼ばれ少女が振り向くと、青年は静かにその前に膝をついた。慌てる少女に見せた笑顔に、彼女の動きが止まる。


「感謝します。貴女に。そして、紫炎、柘榴、貴方方にも」


静かに少女の手を取り、その手の甲に唇を落とした。




彼らは知らない。この国一の魔法使いと剣士、この二人が王と言えども膝を屈した事が無いことを。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ