3話
非公式ではあるものの、皇太子との謁見は何故か国王夫妻と宰相までその場に現れ、キースの周囲の温度を2,3度下げることとなったが、それに気づいたのは二藍たちのみであった。
周囲を慮ってか、国に対するいくつかの当たり障りの無い質問と、宰相と筆頭魔道師による「魔法具」の点検。二人が国王に視線を送ると、満足そうに頷いてキースにねぎらいの言葉が寄越された。それに深々と頭を下げた青年は、二藍たちだけに見えるように目配せを送ってきた。
(ちょろいものです)
そんな声が聞こえてきそうで、苦笑してしまう。もちろん顔に出すような真似はしない。
とりあえず、これで謁見は終了らしい。「ご苦労様、話せて楽しかったよ」と、何処か棒読みに近い皇太子殿下の言葉に、二藍たちは、キースに教えられた付け焼刃な挨拶をする。
「ねぇ、彼らを今宵の夜会に招待してはいかがかしら?」
王妃様の爆弾発言に、部屋の中が一瞬固まった。
「アリエル?」
国王の声にも不審さが混じっていることが解るくらい、その言葉は唐突だったらしい。
「だって、これほど見目麗しい青年達ですもの。貴族の令嬢達が喜ぶわ。彼女が成人に達していないのは残念だけど、昼間の催しの機会にでも出ていただくことにして、今宵は彼らに夜会に来ていただきたいの。…駄目?」
小首をかしげ夫である国王を見上げる姿は、二藍よりも年上の子供がいるとは到底思えないほど愛らしい。
(王妃様最強)
二藍の感想は強ち間違いではないようだった。王を始めとして、皇太子も宰相も筆頭魔道師も、キースさえもどこか諦めの眼差しを彼らに向けている。
「発言をお許しいただけますか?」
静かに口を開いた紫炎に、驚きの視線がむけられるが、王の頷きに宰相が応じる。
「許しましょう…シエン殿といわれたな?どうされた?」
「ありがとうございます」
にっこり笑って頭を下げた紫炎に、二藍も柘榴も背筋に冷たいものを走らせた。長い付き合いの彼らにだけ解る紫炎の怒り。元々の主である、祖父でさえ、こんな風に怒った時の紫炎には逆らうことは無かった。
「キース殿と交流があるとはいえ、我らはごらん頂いてお分かりくださると思いますが、庶民にございます。貴族のご令嬢方に失礼が会っては、我らを保護して下さっているキース殿にもご迷惑が及びます。どうか皆様に失礼が無い程度に礼節を身につけてからご招待いただきたく存じ上げます」
「あら、それだけの礼儀を身につけていらっしゃるんですもの、大丈夫よ」
にこにこと邪気の無い笑顔で王妃は言葉をかける。ふ、と紫炎の瞳が細められた。
湾曲に断りを入れたことを気づいていて尚事を進めようとする王妃に、青年の怒りは沸点を越えかけていたがそれを呑み込んで言葉を続けた。
「しかし、妹を一人にしておくわけには参りません」
「大丈夫よ。このまま王宮に泊まっていただけばいいのだから。理由はどうあれ正式な客人相手に宮殿内で不埒なことをしようとする愚か者はいないでしょう。心配なら護衛もつけておくわ」
ああ、これは贖罪だ。
二藍は王妃の考えが読めたような気がした。どんな形であれ、王族が客として受け入れたということは、公式にその存在を認めた、ということになる。
非公式の場で、いかにも思いつきのように自分の我侭を通すように見せかけて、彼らの立場を公式の者とする。
(お飾りの王族では無いって事ですね)
「兄さま」
二藍の手が紫炎の袖を引っ張った。
「私なら大丈夫ですから」
にこり、と笑えば紫炎も柘榴もキースですら驚いた表情をする。
二藍の笑顔に紫炎の怒りが静かに解けていくのが解った。
「兄さまたちがお戻りになるまで大人しく待っていますから…先にお屋敷に戻っていてもいいですし」
暗に紫炎たちに夜会に出ろと命じているも同然の言葉に、相手は眉を寄せる。キースも意外そうな顔で二藍を見つめていた。
「それは駄目ですわ!」
突然否定の言葉を発した王妃に彼らの視線が再び集まる。
「貴女が先にお帰りになっては、お二方もご心配で夜会にお出でくださらないかも知れませんもの。お年を誤魔化して夜会にお出でになってもかまいませんことよ」
人質決定ですか。そう考えながら、二藍はキースに視線を送る。心得たようにキースが深々と頭を下げた。
「妃殿下、彼女に発言の許可を」
「もちろんですわ。ここは非公式の場。固く考えなくてもよろしくてよ。…フタアイ」
少女は一層深く腰を折ると、居住まいを正して顔を上げた。
「お言葉ありがとうございます。せっかくのお誘いではございますが、いまだ未成年の身、夜会の出席はご辞退させていただいてよろしいですか?お部屋をお借りできるのでしたら大人しくそこで兄の帰りを待っていますから」
健気な妹を演じる少女に二人の式神は軽く眉を寄せた。彼女が何を企んでいるのか、解らずに当惑している表情だ。
「もちろんですわ。可愛いお部屋を用意しますからね。楽しみに待っていてくださいな」
さ、準備準備♪と張り切って部屋を去っていった王妃を苦笑しながら王が追っていく。去り際に彼らに一言「すまぬな」と残していく辺り、彼も王妃の考えを読んだのだろう。
王の後を宰相と筆頭魔道師が追って出て行った。
皇太子は困った顔で「申し訳ありません」と彼らに頭を下げる。確かに礼節をわきまえた好青年であった。
「結構ミーハーで、いつもならもう少し落ち着いているのですが、お二方に会って舞い上がっているようです。ご面倒ですが、もう少しお付き合いください。時間までおくつろぎになれるよう部屋を用意いたしますから、暫くそこでご休憩になってください。…キース悪いが来てくれるか?急なことではあるが打ち合わせをしたい」
そこで言葉を切ると、近くに控えた騎士に顔を向けた。
「ザリック、この方々を客間へ。…そうだな、青の部屋がいい。頼んだぞ」
部屋を去るときに二藍に向って「ごめんね」と声を掛けることも忘れない辺り、あの二人の息子だと思わせる。
とはいえ、やっぱり相当年を若く見られているな、と苦笑した。「未成年」という言葉は嘘ではない。少なくとも自分が生まれ育った世界では、17という年は未成年には違いないのだから。
「説明は?」
「恩を売っておくのも悪くはないかと」
青の部屋は二間続きの客室だった。式典やなにかで家族ぐるみで来る客人用の部屋だと案内してくれたザリックが説明してくれた。流石王宮、と溜息を吐くしかない内装であったが。
茶の支度をしてくると、ザリックと呼ばれた騎士が下がると、彼らは主である少女を見下ろした。
「王妃の考えは、まぁ解った。だが、そんな公の場所に出れば簡単にお前の元に来ることはできないのだぞ?」
「それは大丈夫だと思いますよ。王妃さまのお言葉じゃないけど、非公式を公式認定させるのですから、危険は極力排除されると考えてもいいんじゃないですか?」
「けどよ、王妃の招待を受けるって事は、皇太子派って思われる可能性もあるんだろう?王弟派には良い材料になるんじゃないのか?」
柘榴の懸念はもっともだった。彼女たちが王妃の発言で王宮に泊まることが知れたら、王弟派には彼らの評判を落す良い材料になる。逆の考えをすれば、皇太子派にも彼女を材料に王弟派を陥れる材料にする事ができるのだ。
何の身分もない少女の命など、政権争いをしている者には何の価値もない。
「それは少し考えました。でもですね」
前かがみになる青年達に彼女は笑顔を向ける。
「少なくとも、この国で正当な実力と立場を知っている人が、キースさんを敵に回すでしょうか?」
「あー」
呆れたように柘榴が声を発しれば、紫炎も溜息を吐く。
実家が王弟派の筆頭で、本人は皇太子の幼馴染。しかも、先程の皇太子の様子を見る限り、キース自身に相当の信頼を置いているようだった。
「キースの好意を逆手にとるのか。悪党が」
不満そうな顔をする二藍を軽く小突くと、紫炎と柘榴は顔を見合わせて方をすくめた。
「仕方ない、茶番を演じてきてやるよ」
「綺麗なお嬢さんがいらっしゃるかもしれませんからね。今夜お帰りにならなくてもいいですよ」
お茶の支度をして戻ってきたザリックと侍女がみたのは、片方の兄に羽交い絞めにされ、もう片方に髪型をぐちゃぐちゃにされた二藍の姿であった。