使用人の私が世話焼き領主様に尽くされまくる
使用人セレスティーナ・ハイドの朝は早い。
日が完全に昇りきる前に起床し、牧場で飼われている家畜の世話から一日が始まる。
「おはようセレスティーナ、どうだ? 凄いだろこの卵! 栄養価の高い餌に変えたらこんなに大きなのが産まれたんだ!」
「ええ……すごく……ご立派です……」
それが終わると屋敷の掃除。
「書斎と寝室には虫を追い出す煙を炊いているから昼まで立ち入り禁止だ、二階の廊下はオイルを塗ったばかりだから滑らないように気をつけて?」
「承知しました……足元には気をつけます……」
掃除が終わると次は厨房で領主様に提供する朝食の仕込み。
「お疲れ様、今日の朝食は市場から仕入れた鮭に自家製トマトと自家製バジルと自家製チーズと自家製レモンソースをかけたカルパッチョだよ、付け合わせには昨夜から寝かせてあった自家製パンと牧場で採った卵、今はベーコンを燻製にしているから、セレスティーナは椅子に座って待ってて?」
「はい……承知いたしました……ニック様……」
……あれ、私ってこの人の使用人……なんだよね?
・ ・ ・
王宮の使用人として代々王族に仕えてきたハイド家だが、十四代目にして遂に異分子が誕生した。
それが私、セレスティーナ・ハイドだ。
本来ハイド家では十歳になると使用人を育成する為の専門教育機関に入学する決まりになっているのだが、私はそれを拒否して同じ専門機関でも大陸の半分を支配する魔族を討伐する戦士を育成する騎士学校の門戸を叩いた。
道を違えた理由は様々あるが、絵本の中に登場する剣一つで数多の魔族を斬り領地を奪還していく大勇者ローグの存在が理由の大半を占めていた。
私は必死に努力を重ね、本来六年で卒業するところを飛び級して三年で卒業、それも他の追随も許さない圧倒的な主席だった。
「これで私もローグみたいに誰かに憧れられる存在になれる」
そんな希望に溢れながら第魔族騎士団の前線基地に配属された私を待ち受けていたのはこんな一報だった。
「魔族を率いる大魔王の首を取った、長きに渡る領土戦争は人間側の勝利だ」
それから一週間も経たないうちに次期魔王候補と目される残党は一人残らず打ち滅ぼされ、魔族騎士団は解散した。
結果的に魔族と一度も遭遇する事なく、自らの手を一滴も汚さずに終戦を迎えた事は幸か、それとも不幸か。
完全に目的を失い、茫然自失になる私を見かねた母は自身の御主人であるエリック・バーンズの息子で、辺境の地で領主を勤めるニック・バーンズの使用人として生きる契約を勝手に締結し現在に至る。
「どう? セレスティーナ、美味しい?」
「はい……とても美味しゅうございます」
ニック様にはこうした私の過去は一度も話した事は無いが、働き始めてから一ヶ月が経とうとした今もこうして私の方がもてなされている。
「食べ終わったら服を買いに行こう、隣町に良い店があるんだ」
「かしこまりました、では玄関まで馬車を引き連れてきますので……」
「一人じゃ大変だろう、僕も小屋まで付いて行くよ」
「……私だけじゃ不安ですか?」
「うん、ウチの馬はヤキモチ焼きのじゃじゃ馬ばかりだから、自分より小さい女の子の言う事はきっと聞かないよ」
小さい女の子?
私の頭からプチンと何かが弾けた音がした。
「舐めないで下さい! こんなナリでも私は騎士学校の主席なんです! じゃじゃ馬の一頭や二頭に曲芸を覚えさせる事なんて訳ないですから!!」
「いや、別にそこまでしろとは言ってないんだけど……」
「ご馳走様でした!!! 馬を用意して参ります!!!」
私はセレスティーナ・ハイド、十三歳。
小さい頃からの夢は叶わなかったけど、これからは領主様のお役に立てる一流の使用人になるんだ。
・ ・ ・
「……!」
舐めていたのは私の方だった。
餌やりの時はあんなに大人しかった馬たちが、手綱を取り付けようとすると悪鬼の如く威圧を飛ばしてくる。
言葉を交わさなくても察する非歓迎の空気、飼い主はあんなに温厚なのにどうして馬は荒くれ者ばかりなんだろう。
「フシュウウウウウウウッ……」
「……ど、どうどう……」
「グォォォォォォオオオオオオッ!!!!!」
「ヒッ……!」
あれ、馬ってこんなに怖くて大きな生き物だっけ?
馬の前には柵が建てられいて、私には一切の危害を与える事が出来ない。
それが分かっているのに何で体の震えが止まらないの……!?
(乗れるものなら乗ってみろ)
(お前のような小娘に乗せる背中はない)
(乗ったら殺す乗ったら殺す乗ったら殺す殺す殺す殺す殺す)
猛々しい馬声がどんどん鮮明になって……次第に人語の罵声に変換される。
(武器を持たぬお前はただのガキだ)
(剣術以外何も知らぬ役立たずに使用人が務まるものか!)
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)
「い、嫌……やめて……!」
その場でしゃがみ込んで耳を塞ぐがまるで効果が無い。
分かってる、これは幻聴だ、声を出しているのは馬じゃない、心の中に住み着く弱い私だ。
分かってる、分かってる、だけど……!
(お前は所詮、臆病者の雑魚なのだ)
(戦場で魔族に会ったら今みたいにうずくまって何も出来なかっただろう!!)
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!)
そうだ、
武器を持たない私は、馬一匹も手懐けられない無能の……役立たず……。
「……ッ」
目から鼻から、自然と体液が零れ落ちる。
ああ情けない、こんな姿を誰かに見られては騎士学校主席の名が廃ってしまう。
いっその事私から柵を乗り越えて馬に踏み潰してもらおうか……。
「セレスティーナ!!」
バンと勢いよく開けられた扉から差し込む太陽の光と一筋の人影が私の瞼を刺激する。
「ニ、ニック様……」
「ブルルルルルルン!!!」
「ヒヒィィンンン!!!」
なおも雄叫びを上げる馬たちだったが、ニックが指笛を一発鳴らすと、まるで亀のように大人しく首を垂れた。
「大丈夫かセレスティーナ? 腹の調子が悪いのか?」
ニックはうずくまる私の背中をさすりながら耳元でそう囁いた。
「グス……すみませんニック様、私は完全に自惚れていました……使用人の家系に生まれたから何でも出来ると思っていましたが、私は所詮、戦う事しか能のない……いえ、武器を持たない状態ではこうしてうずくまる事しか出来ないただの……役立たずなんです……!!」
「そんな事はない、君は十分立派にやっているさ」
「騎士学校の主席も領主様の使用人になれたのも全部運が傾いただけなんです!」
「運だけで騎士学校の主席が取れるものか! 誰よりも努力をした結果だろ!」
「戦場で魔族に出逢っていたら今みたいに泣いてうずくまって誰も守れずに殺されていたんだ!!」
「……ッ!……セレスティーナ!!」
ニック様の腕が私の脇を掴み、そのまま勢いよく立ち上がった。
「ちょっ……! ニック様!?」
足が宙に浮いて身動きが取れない。
普段は首を上げて見上げていたニック様の御顔が私を見上げている。
「いいかいセレスティーナ、君はまだ使用人としてはゼロ年一ヶ月の新人だ、何もできないのが普通なんだ……少しずつ、少しずつ覚えていけば良いんだよ」
「ニック様……」
ニック様の眼球が光に反射して、澄んだ青色の瞳が視線を掴んで離さない。
心臓の鼓動が飛び出そうな程に強くなり、脇にこもった熱が上昇して顔に紅葉を散らす。
「(ニック様、ニック様、ニック様……!)」
罵倒や不安は消え、頭の中がニック様の顔で一杯になる。
この暖かい気持ちは一体何なのだろう?
「ゲヒヒヒヒ!! 動くナ! 手を挙げロ!」
「!?」
ニック様の後方から下品な笑い声が響き、一気に現実に引き戻される。
外に通ずる扉は壊され、全身が緑色のトカゲ人間が十数匹でこちらを睨みつけていた。
「まさか、魔族の残党!?」
「ニック・バーンズ! お前の城は既にオレタチが乗っ取っていル! 抵抗は諦めて今すぐ自害するがよイ!」
魔族は湾曲したサーベルや木製の棍棒を肩に担いで徐々に距離を詰めてくる。
「(このままじゃニック様が危ない! 何か手ごろな武器は……!!)」
周囲を見回す。
藁すぐり、鉄パイプ、折れた柵は……!?
……ダメだ何も落ちていない!
当然だ、ニック様が毎日手入れしているのだから不要物など落ちている筈がない。
「……馬の陰に隠れていろ、僕がいいと言うまで動くんじゃないぞ」
そう言うとニック様は私の身体を柵の中で下ろした。
「ニック様!? 一体何を!?」
ニック様は魔族の方をまっすぐ睨み、腰に手を伸ばし……。
「……!」
「えっ!?」
最も手前にいた魔族三匹を首を一瞬で切り離した。
「ゲゲッ!? バカな、何も見えな……」
ザシュッ
「何だ、一体何が起きてやが……」
ズパンッ
「おい、話と違うぞ! ここの領主は木刀しか振えない雑魚じゃ無かったのカッ……!?」
ドパッ
淡々と、近くの首から順番に刈り取っていく様子を呆気に取られて見る事しかできなかった。
腰を落として低い位置から突き上げるように首を狙う、それを常人では追えないスピード、コンマ数秒タイミングをズラして繰り出している。
あの立ち姿はまるで大勇者ローグそのものだった。
「ゲゲ!? その太刀筋は……、まさかたった一人で魔王軍を半壊させた『魔族殺しローグ』……!?」
「それは先代ローグ、父親だ、僕は双子の弟にローグの屋号を譲った病弱へっぽこ領主だよ」
バツンッ
「ゲゲゲッ……!! まっ、待ってくれ!!」
最後の一匹は尻餅をついて全身を痙攣させている。
「君の口から白い羽と血が見えるんだけど、一体何を食べたんだい?」
「にっ、人間じゃねぇよ!? 俺が食べたのはただの鶏だ! 」
ニック様の木刀を握る手が硬くなる。
そして今度は脳天に叩きつけるような高さから木刀を思いっ切り振り下ろした。
「ゲゲーーーッ!!」
ガキンッ!!
硬いものが折れる鈍い音。
折れたのは魔族の首……ではなく、木刀の方だった。
「うっ……ぐ……」
そして武器を失ったニック様は片膝をつき、うずくまった。
「ゲゲゲッ!! どうやらツキはオレサマに回ってきたようだナ!!」
ニヤリと笑みを浮かべた魔族は床に転がっていたサーベルを拾い直し、今度はニック様の脳天目掛けて振り下ろす。
「!!!」
『藁すぐり』は馬の足元に落ちていた。
これがあれば私も戦える。
「セレスティーナ!?」
敵の視界から外れるまで腰を落とし、下から上へ突き上げる!!
「ゲゲーーー!!」
藁すぐりの爪が魔族の下顎を捉え、そのまま顔半分を抉り取った。
・ ・ ・
完全に地面に崩れ落ちたニック様は滝汗をかいて今にも気を失いそうになりながらゆっくりと語り始めた。
「剣術は僕の全てだった、英雄と呼ばれた父の姿を追いかけて必死に鍛錬を重ねた……僕は戦場で死ぬつもりだったよ、卒業試験直前に病で倒れるまでは……、結局、おいしいところは全部弟に譲って、僕は空気の澄んだ辺境の地で暮らす事になった……」
「喋らないでくださいニック様、今すぐ医者を呼んで参ります!!」
「その必要はない……もうじき楽になる……から……」
「そんな! しっかりして下さい! 眠っちゃダメです!!」
「初めて君に会った時……君の目はあの時の私と同じ、希望が潰えた絶望の目をしていたんだ……、だからセレスティーナ、君には知って欲しいんだ……戦う以外の生き甲斐ってヤツ……を……ね……」
ニック様の握り返す力が弱くなり、やがて私の手の中をすり抜けて地面に落ちた。
目を瞑って、笑顔のまま……。
「そんな!!!! ニック様ぁぁぁぁぁ!!!!!!」
こうしてニック様は長い眠りについた。
それから私はニック様を担いで屋敷に戻った。
中に入ると先程と同型の魔族が大量に住み着いていたが、藁すぐりでそれらを殲滅。
ニック様の自室まで行きベットの上に遺体を置いた。
そして私も隣に寝転んで……目を閉じた。
・・ ・
目が覚めると次の日になっていた。
太陽は既にてっぺん、だが今は何もする気が起きない。
「ニック様ごめんなさい、ニック様がいないと私は何も出来ません……」
隣で眠るニック様に問いかける。
「……あれ?」
死体がない、代わりに枕元には昨日ニック様が着ていた服が綺麗に畳まれていた。
私は慌てて屋敷を駆け回る。
廊下、書斎、厨房、裏庭……。
「おはようセレスティーナ、今日は随分と遅いお目覚めだな〜」
「ニック様!?」
ニック様は牧場で昨日討伐した魔族の死体を焼いていた。
「餌やりも掃除も全部やっておいたぞ、これを焼き終わったら一緒に昼食を食べよう」




