奇妙な関係
「……ひどい。信じてたのに……。勇者って、みんなの希望じゃなかったの?」
サヤカは顔を両手で覆い、肩をヒクヒクと震わせた。
指の隙間からチラリと見えたのは、生クリームの海に沈没し、ぶくぶくと泡を吹いているアランの情けない姿だ。
「……もう、十分です。わかりました」
パティシエの亜美が、冷徹なトーンで言い放った。彼女の手には、いつの間にか巨大な麺棒が握られている。
「勇者様。私の純情を、その期間限定パフェと一緒に胃袋に詰め込んだおつもりですか? お帰りはあちらです。二度と、うちの敷居を跨がないでください」
「あ、あみ……しゃん……ふがふがっ(違うんだ、亜美さん……!)」
パフェまみれの顔を上げたアランだったが、亜美の背後に立ち昇る黒いオーラを見て、言葉を飲み込んだ。
彼はガタガタと震えながら、這うようにして店を逃げ出していった。
静まり返る店内。亜美は大きくため息をつくと、サヤカの隣にそっと座った。
「……あなたも、大変だったわね。あんな通信講座上がりの見栄っ張り男に捕まるなんて」
「えっ……あ、うん。マジで、見る目なかったっていうか……」
(やば。ノリで言ったけど、これ意外と重い展開?)
「いいわ。あなた、名前は?」
「サヤカ……です。」
「私は亜美。『製菓・パン職人資格』を通信講座で取って、ここに転生してきたの。……サヤカさん、あんな男のことは忘れて、これ食べて。裏切られた女には、甘いものが必要よ」
そう言って亜美が厨房から持ってきたのは、メニューには載っていない、さらに一回り大きなクリスタルボウルに入ったパフェだった。
「これ……裏メニュー?」
「特製『ルナ・テンプテーション』よ
少しビターなチョコと、最高級のベリーを使った自信作。……最後の一人の分、あいつに食べられちゃったから。これは私の奢りよ」
「……!! 亜美さん、マジ女神なんですけど!!」
サヤカはキラキラと輝くパフェにスプーンを突き立てた。一口食べると、濃厚なカカオの香りとベリーの酸味が、脳を直接マッサージするように広がる。
「……んんーーっ! 超絶美味しい! これ、バズる! マジでバズるやつだよ!」
「ふふ、喜んでもらえてよかった。……サヤカさんって、そんな格好してるけど、話してみると意外と普通っていうか、親近感湧くわ」
「でしょ? あたしも、亜美さんみたいな職人気質な人、リスペクトしちゃう」
それから数十分。
二人は「通信講座あるある」や「この世界の男のセンスのなさ」で大盛り上がりした。亜美はサヤカの『マオロリ』衣装を「パンクで可愛い」と絶賛し、サヤカは亜美の経営手腕を褒めちぎる。
二人の間には、異世界召喚者同士の固い絆が芽生え始めていた。
しかし、サヤカの視界の端に、窓の外でポツンと雨に打たれながら(実際には晴れているが、そんな雰囲気で)立ち尽くす、真っ白なアランの姿が入った。
(……あ、流石にちょっとやりすぎたかな。あいつ、あのままじゃ勇者資格剥奪されそうだし)
サヤカは最後の一口を飲み込むと、名残惜しそうにスプーンを置いた。
「ねえ、亜美さん。……ちょっとだけ、ネタバレしてもいい?」
「ネタバレ?」
「……実はさ、さっきの『運命の人』ってやつ、あたしの真っ赤な嘘なんだよね」
亜美の動きが止まった。
「……どういうこと?」
「あいつ——勇者のアランとは、さっき噴水広場で初めて会ったばっかり。
あたしの格好があまりにハデだからって、説教してきただけの、ただの真面目すぎるバカなの。限定パフェをあたしの目の前で完食されたのがムカついたから、ちょっと懲らしめてやろうと思って」
サヤカはテヘッ、と舌を出した。
「……じゃあ、二人は付き合ってないの?」
「ミリも! ただの相席者、むしろあいつ、あたしのこと『邪悪な存在』とか言って、マジで引いてたし。
……亜美さんに『彼女いない』って言ったのは、多分、本当だと思うよ」
亜美は呆然とした後、窓の外でパフェまみれのままシュンとしているアランを見た。そして、プッと吹き出した。
「……あはは! なにそれ、最高にバカバカしい! サヤカさん、あなた本当の魔王みたいだわ。人の心を弄ぶのが上手すぎ!」
「あはは! 演技派でしょ、あたし?」
亜美は笑いすぎて涙を浮かべながら、窓を開けて外に向かって叫んだ。
「勇者様ー! 戻ってきてもいいですよー! 誤解は解けましたからー!」
ビクッとして振り返るアラン。
彼は恐る恐る店に戻ってくると、サヤカと亜美が仲良く並んでいるのを見て、狐につままれたような顔をした。
「……え、あ、あの……俺の名誉は……?」
「回復したよ。あんたが『ただのデリカシーのないバカ』だってことが証明されただけ」
サヤカがニヤリと笑う。
「……貴様、魔王……!! 俺をここまでコケにするとは……!」
「まあまあ、アラン様。
サヤカさんのおかげで、私もあなたの『素』が見られた気がするわ。……はい、これ、お口直しのクッキー」
亜美から差し出されたクッキーを、アランは情けなく頬張った。
「……屈辱だ。だが、美味い……」
「あはは! 勇者様、チョロすぎ!」
サヤカは高らかに笑い声を上げた。
魔王と、勇者と、パティシエ。
通信講座から始まった奇妙な縁は、王都のスイーツ店で、意外な「友情」へと変わっていった。
「……さてと。お腹も膨れたし、そろそろバルおじいのとこに戻って、城のリフォームの進捗でも確認しに行こうかな!」
サヤカは立ち上がり、マオロリのスカートをひるがえした。
「亜美さん、また来るね! 次は新作の『魔王盛りパンケーキ』、期待してるから!」
「ええ、最高のを用意しておくわ。サヤカ、またね!」
サヤカは店を出ると、まだ生クリームの匂いがするアランの横を通り過ぎ、颯爽と歩き出した。
(異世界、意外と楽しいじゃん。……さて、次はどの資格、使っちゃおうかな?)
サヤカの異世界生活は、まだ始まったばかりだった。




