勇者と魔王
「ちょ、ちょっと待って……なにこれ。嘘でしょ?」
ロカの店、薄暗い試着室の鏡の前。
そこに立っていたのは、虎柄の下着姿でパニくっていた「普通のサヤカ」じゃなかった。
黒いレース、重厚なレザー、そして計算し尽くされた絶対領域。
魔王の威厳とロリータの可愛さが、ギャルのマインドで煮詰められた究極の戦闘服(?)、それが『マオロリ』。
その瞬間だった。
サヤカの脳内で、閃光が走った。
それは資格マニアとして手に入れた『魔王』の自覚か、それともこの服に宿るロカの「目立ちたい」という執念か。
「……あー、マジ最高。これ、ウケるんですけど。てか、あたし超絶可愛くない? 異世界、優勝確定じゃん」
(えっ!? 待って、あたし今なんて言った!? 口が、口が勝手にギャル語を喋ってる!?)
心の中のサヤカは絶叫しているのに、口から出るのは弾けに弾けたギャル語。
それだけじゃない。震えていた足は、今や堂々としたモデル歩きを刻もうとしている。
「行くよ、ロカ。
この『マオロリ』、王都の連中に拝ませてあげなきゃ、マジ罪だし」
「……ああ。行っておいで、僕のミューズ。世界を君の色に染めるんだ」
ロカは サヤカに人差し指を差し、不敵な笑みを浮かべ 彼女を送り出すと サヤカは店を飛び出した。
いや、飛び出したというよりは、そこはもうランウェイだった。
サヤカの映る世界そのものが、ランウェイだ。
カツン、カツンと編み上げブーツが石畳を叩く。
噴水広場に戻ったサヤカは、先程まで不審者を見るようだった周囲の視線を、今度は「圧倒的なカリスマ」として一身に浴びていた。
「見せたい……。この完璧なあたしを、世界中に見せつけたい……」
(やだ! 見せないで! 誰もあたしを見ないで! 穴があったら入りたいのに!)
「もっと私を見て。跪いて、あたしのファンになりなよ。拒否権とか、マジでないから」
(違うの! 誰も見ないで! 本当は恥ずかしくて死にそうなの!)
サヤカの口と心は、完全に別々の方向へ暴走していた。
魔王の魔力。それは彼女の羞恥心を、強制的に「尊大さ」と「露出狂一歩手前の自己顕示欲」へと変換してしまう。
サヤカは腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべて王都のメインストリートを闊歩する。
「あーーぁ、なんか退屈。いっそこの空から、血の雨とか降らせちゃおうかなー、みたいな? 映えそうじゃん?」
(降らせたくないし! 怖いし! 何言ってんのあたし!? 血の雨って、不謹慎にもほどがあるでしょ!)
だが、その魔王然とした不遜な態度は、街の空気を一変させた。
人々が恐怖と羨望で道を開ける中、その「道」の先を塞ぐように、一人の男が立ちはだかった。
「今の……聞いたぞ。
血の雨を降らせると言ったな、魔王」
低く、通る声。
そこにいたのは、使い古された銀の鎧を纏い、背中には身の丈ほどもある大剣を背負った男だった。その瞳には、一切の迷いがない「正義」が宿っている。
「誰? 逆ナン? 悪いけど、あたし今、世界征服で忙しいんだけど」
(逃げて! お兄さん逃げて! あたし今、自分でも制御不能なヤバい奴になってるから!)
男は静かに、背中の大剣の柄に手をかけた。その動き一つで、周囲の空気がピリリと張り詰める。
「とうとう本音を漏らしたな…
俺はアラン。……『異世界職業通信講座』にて、勇者の資格を有する男だ」
「は……? 通信講座……?」
サヤカの動きが、一瞬だけ止まった。聞き覚えがありすぎるフレーズ。
「貴様が『魔王』の講座を受講したという情報は、運営から聞いている。
……資格マニアの端くれとして、その『マオロリ』というふざけた正装を見過ごすわけにはいかん」
アランは静かに大剣を引き抜いた。
「俺は……最短半年で『勇者』の資格を修得した。理論と実践、そして何より『正義』の単位はすべてS評価だ。魔王サヤカ……貴様のその不謹慎な露出、俺が更生させてやる!」
「はぁ!? 最短半年? あたしは『魔王』、最短3ヶ月の超短期集中コースなんですけど! 効率の良さじゃあたしの勝ちだし! 単位とかマジ受ける、勇者って案外真面目系なわけ?」
(やめてー! 資格のスペックでマウント取らないで! 同じ通信講座仲間なら、もっと仲良くしようよー!)
アランの剣先が、サヤカに向けられる。
「問答無用! 勇者として、その『マオロリ』という公序良俗に反する存在を討つ!」
「あー、もう、うっさいな! せっかくロカが作ってくれた新作にケチつけるとか、マジでセンスないし。
勇者アラン……あんた、あたしの『盛り』に耐えられるかな!?」
(もう詰んだ……。これ、絶対に戦わなきゃいけないやつじゃん!)
王都のど真ん中。
『魔王(最短3ヶ月)』VS『勇者(最短半年)』。
通信講座出身者同士の、世界一レベルの低い、それでいて世界を揺るがす戦いの火蓋が切って落とされた。




