真魔王降臨
清兵衛の視界を覆いつくしたドス黒い炎。死者の怨嗟が鼓膜を突き破らんばかりに響き、意識が遠のきかけたその瞬間——。
「……ッ!?」
耳を打つ爆ぜるような音と共に、自分を包んでいた不浄の炎が一瞬で掻き消された。
もうろうとする意識の中で清兵衛が目を開けると、そこには奇妙な、しかし神々しい光景が広がっていた。清兵衛を庇うようにして前に立っていたのは、つい先ほどまで震えていたはずの少年と少女——真雄と桜花だった。
実の父親である「不浄魔王メテ王」と、その実子である「双子の魔王」。
乱世の歴史においては珍しくもない肉親同士の対峙。だが、その本質は決定的に違っていた。一方は闇の悪意に選ばれた偽りの王、もう一方は正当な継承と式神の加護を得た真なる王。
「なぜ……逃げなかったのです……。私が身を挺して作った隙だったというのに……」
清兵衛が掠れた声で問いかける。
「休んでろよ、清兵衛……。
あんたは十分、僕たちのために身体を張ってくれただろ?」
真雄が振り返り、その唇を吊り上げてニヤリと笑った。その瞳には、もはや怯えなど微塵もない。
隣では桜花が静かに清兵衛のボロボロになった手を握っていた。
温かな光が清兵衛の体内に流れ込み、不浄の呪いによって蝕まれていた細胞が、嘘のように癒されていく。
「これは……傷が、塞がっていく……」
「ニャ王たちの式神憑依が、僕たちの中に眠っていた『本当の力』を目覚めさせたんだ。あとは簡単。あの薄汚い不浄魔王を、根こそぎ浄化するだけさ」
真雄の言葉に、闇の向こうでメテ王が鼻で笑う。
「ふっ……。たかが魔王の力を引き出したぐらいで。半人前は所詮、半人前だ! 私の蓄えた数千の怨嗟に勝てると思うか!」
清兵衛は内心でメテ王の危惧に同意していた。確かに、目覚めたばかりの二人の力は強大だ。だが、歴戦の猛者であり、国の闇そのものとなったメテ王を相手にするには、まだ「核」が足りない。
(かと言って、式神憑依をした彼らを私が完璧に操るには……私自身の器が足りない。このままではジリ貧だ……!)
「——ねえ、清兵衛。僕たちと『契約』しようよ」
不意に、真雄が突拍子もない提案を口にした。
「契約……? 陰陽師の使役契約のことですか?」
「違うよ。僕たちの『魂』を、あんたと共有するんだ。そうすれば、あんたは僕たちのマスターとして、この魔王の力を存分に引き出せるようになる」
「しかし! それは貴方たちの魂の一部を私に委ねるということ……リスクが大きすぎます!」
「安心して。契約したからって、そんなに見た目は変わらないから」
桜花がクスクスと笑いながら付け加える。
「変わるとしたら、あんたの肩書き、つまり役職かな? ……そうだなぁ、『陰陽魔王』ってのはどう?」
「……陰陽魔王? もう少しマシなネーミングはなかったのですか……。あまりに……」
「あはは、決まりね! そんじゃ、魂のバイナリデータ、転送開始! 契約完了!」
「えっ……ちょっ、もう!? 陣も呪文もなしに!?」
清兵衛が驚愕の声を上げる暇もなく、二人の魔力が清兵衛の身体に奔流となって流れ込んできた。心臓の鼓動が重なり、五感がいままでの数十倍に研ぎ澄まされる。
「あ、言い忘れてたけど、一回契約したら解除できないから。末永くヨロピコ!」
真雄がサヤカの口調を真似ておどけて見せる。
「ヨロピコって……。ああ、もう……。主君がサヤカ殿から子供たちに変わっただけではないですか」
ため息をつきながらも、清兵衛は立ち上がった。その手には、白銀の光を纏った新たな「魔導符」が握られている。
魔王としての自覚などこれっぽっちもないまま、しかしその身に宿る力は紛れもなく最強のそれへと昇華していた。
「……不浄魔王メテ王。いえ、元主君よ。……陰陽魔王・雨乃清兵衛、推参。……ここからは、教育的指導の時間です」
最弱の陰陽師が、最強の守護者へと変わった瞬間だった。




