ニャ王ま神とニャーま神
炎上するメテオの街並みを駆け抜けながら、清兵衛は背後を走るテミスに問いかけた。
「それにしても……。なぜシェリーさんは、直接の関係がないテミスさんを、メテオという名の死地に遣わせたのでしょうか? 彼女は冷徹ですが、無意味なことはしないはず……」
テミスは視線を正面に向けたまま、淡々と答える。
「私は主の命に従う。ただそれだけのことです。
……ですが、確かに陰陽師の言う通り、私をここに送ったシェリー様の真意は計りかねます」
(シェリー様……なぜ、彼(清兵衛)を魔王の元へ連れて行くように私に命じたのですか? 私はただ、あなた様の指示に従うだけですが……)
テミスの脳裏には、出発直前のシェリーの言葉が蘇っていた。
『他意はないさぁ。大魔王の選出は公平でなくてはいけないからね。テミス、君は言われたことだけをこなせばいい……』
「……公平、ですか…」
テミスは弓を固く握りしめ、一本の矢を抜き放った。
その矢先が、闇の霧の中から現れた異形の集団を捉える。
「テミス殿、どうやら闇の戦士たちのお出ましです。……おぞましい。
彼らはかつてこの地で悪行を重ね、野垂れ死んだ闇堕ちの勇者たち。それが闇の魔王の力で、亡者として蘇ったようです」
「……死してなお、安らぎを得られぬ哀れな魂というわけですか。ですが、彼らと遊んでいる時間はありませんね」
清兵衛は懐から数十枚の形代を取り出すと、深く息を吹きかけ、一気に空へと放り投げた。
「急々如律令! 兵法・影武者展開!!」
空中で舞った形代は、瞬く間に清兵衛と瓜二つの姿をした陰陽師軍団へと変貌していく。
「よろしいですね、あなたたちは闇堕ちした彼らを地獄へ返しなさい。一匹たりとも逃してはなりません!」
形代の軍団が、一斉に術式を唱え、式神を召喚して亡者たちに応戦を始めた。
「今のうちです、テミス殿! 我々は闇の魔王の元へ……!」
「陰陽師……そなた、それほど強力な術があったなら、なぜ私との戦いの時に使わなかったのです?」
走りながら、テミスが驚愕を込めて尋ねる。
「それは……あなたの弓が速すぎて、術を練る暇さえなかったからですよ。言わせないでください、恥ずかしい」
清兵衛は苦笑いを浮かべ、さらに速度を上げた。
「それより急ぎましょう。王城の結界が弱まっています!」
その時、清兵衛の懐から一匹の小さな猫がひょいと顔を出した。
「おい清兵衛! 状況が変わったぞ! メテ王の野郎、国を捨てて一人で逃げる準備を始めてやがる!」
「……そうですか。あの王ならやりかねない。それで、魔王様の所在は!?」
「今、ニャーま神が探してる最中だ……。おい、ニャーま神! 魔王様は見つかったか!?」
猫が空に向かって叫ぶと、どこからともなく、可愛らしい声が響き渡った。
『うるさいわねぇーーーーッ!! そんなに早く見つかったら物語の尺が……じゃなくて、探索の精度が落ちるでしょ!』
「……喋った!? 猫が、これほど流暢に……」
テミスが目を丸くする。
『あらっ…………見つけた。』
「どうした、ニャーま神?」
『見つけたわ。……けど、最悪の状況よ。』
あまりにシュールすぎる猫同士の通信に、極限状態のテミスも思わず吹き出した。
「くすっ……。ふふ、陰陽師、あなたの式神は、その……個性的すぎますね」
「笑い事ではありませんよ。……ですが、少しだけ気が楽になりました」
しかし、喜びもつかの間。
清兵衛の身体を、かつてないほどの寒気が貫いた。
ニャーま神が示した王城の最深部。
そこでは、実の親に見捨てられた双子の幼き魔王たちに、巨大な悪意の塊——闇の魔王が、音もなく牙を剥きかけていた。
「テミス殿、急ぎますよ!!」
「ええ……! 光の導きを!」
二人の英雄は、絶望の淵に立たされた幼き命を救うため、黒煙たなびくメテオ城へと突入した。




