帰還
サヤカは、蛾次郎の姿で嵐のように荒れ狂う「闇の魔王」の猛攻を、あえてガード越しに受け続けていた。
一撃一撃が重く、肉体を震わせる衝撃。確かに強いし、攻撃は効いている。油断すれば、そのまま意識を断ち切られるほどの威力だ。
だけど……
何かが違う。
何かが、決定的に足りない。
……そうだ。こいつの攻撃には……『魂』が、あの熱苦しいほどの『熱いもの』が、ミリも感じられない……!)
サヤカの脳裏に、先ほどまで「喧嘩上等」と喚き散らしていた蛾次郎の勇姿が浮かぶ。
あの時の拳には、馬鹿馬鹿しいほどの気合いと、生き様が詰まっていた。
今のこれは、ただ荒れ狂い、無駄に拳を振るっているだけの空虚な暴力に過ぎない。
(それに……毎日、死ぬ気で耐えてる… シェリー師匠のあの容赦のない攻撃に比べたら……。
遅いし、弱い、全然響かないんだよっ!)
「……ようやく理解に達したか、サヤカ」
戦況を見守っていたシェリーが、満足げに微笑む。
サヤカはふっと力を抜くと、これまで固めていたガードを潔く下げた。
闇の魔王と化した蛾次郎が、絶好の機会とばかりに、漆黒の炎を纏った拳を振り下ろす。
サヤカは逃げない。
真っ向からその拳を受け止め、自身の全魔力を「気合い」に変えてぶつけた。
ググッ……ググッ……!!
「……っ……ああああっ!!」
押し切ろうとする闇の蛾次郎。
しかし、サヤカの瞳に宿る不屈の光が、その巨大な拳をミリ単位で押し戻していく。
力と力の拮抗、いや、それは「意志」と「虚無」の削り合いだった。
「蛾次郎……!!!
闇に埋もれる彼の魂に サヤカの叫びが届いた。
ビクッ!!!
「蛾次郎……あんたの大好きな『気合いと根性』を、ここらで見せんかい……!!」
サヤカの叫びが、物理的な衝撃波となって蛾次郎の身体を外側から揺さぶった。
「蛾次郎! あんたは、あたしの本気の正拳突きを『気合い』だけで無効化したじゃん!
なら、そんな借り物の闇の力如きに、あたしと出会ったその根性に、負けてんじゃねぇーよっ!!」
サヤカの拳が 蛾次郎の特攻鎧に触れ 闇を一瞬だけ吹き飛ばす。
「蛾次郎ーーーーッ!!」
闇に染まった蛾次郎の意識の奥底で、サヤカの声が激しくリピートされる。
(気合いで……負けてんじゃ……ねぇ……。気合い、気合い、気合い……ッ!!)
ビシッ……。
蛾次郎の全身を覆っていた黒い鎧に、一条の亀裂が走った。
そこから溢れ出したのは、闇を焼き払うほどの熱い、熱い黄金の闘気。
ビシッ、ビシビシビシッ!!
気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い気合い!!
「気合いだーーーーーーーッッッ!!!!」
天地を揺るがす咆哮。
蛾次郎は、自身の身体に寄生していた闇の魔力を、文字通り「気合いの爆発」によって引き剥がした。
剥ぎ取られた闇は、サヤカと蛾次郎の熱量に耐えきれず、瞬時に浄化され、灰となって消えていく。
静寂が訪れた。
ボロボロになった特攻服を翻し、蛾次郎はゆっくりと立ち上がると、懐から使い古した「くし」を取り出した。
「ふぅ……。乱れちまったぜ、俺の魂がよぉ」
シャッ、シャッ、と手慣れた手つきでリーゼントを整える蛾次郎。
その顔には、闇に操られていた時の面影はない。
「……悪いな、ねぇちゃん。不覚を取ったぜ。
だが、お前のおかげで、俺の根性はさらに図太くなったようだ。感謝するぜ、魔王サヤカ!」
「マジ、人騒がせなんだから。次は負けないよ、蛾次郎」
サヤカは肩をすくめて笑った。
しかし、安堵したのも束の間。
「……サヤカ、休んでいる暇はないよ」
シェリーが、西の空を見つめて言った。
その先には、陰陽師・雨乃清兵衛が仕えていた国、流星のメテオ。
そこにもまた、闇の魔王の巨大な光柱が立ち上り、国全体が禍々しい魔力の渦に飲み込まれようとしていた。
「清兵衛くんの国が……」
「そのようですね……」
「えっ?!…………………清兵衛くん?
なんでいるの?」
サヤカは 雨乃清兵衛を見る。
「なんで……って、いわれても……
私スターダストに移住したから……です…」
清兵衛は気まずそうに言った。
「えーーーーーーーッ!!」




