清兵衛の覚悟
王城、謁見の間。
かつては埃っぽく、死を待つばかりだったその部屋は、今やサヤカの魔力によって豪奢なカーテンと輝くクリスタルの装飾に彩られていた。
その中央、玉座に座る幼きクルシャア王の前に、陰陽師・雨乃清兵衛が立っていた。
清兵衛は深く笠を被ったまま、敬意を払うどころか、射抜くような鋭い視線を王へと投げ掛ける。
「クルシャア王。私は隣国メテオより遣わされた、雨乃清兵衛です。
今日、私がここへ足を運んだ理由はたった一つ……。クルシャア王、貴殿の真意をお聞きしたい」
清兵衛の態度は不遜ですらあった。
だが、それは相手を侮っているからではない。先ほど国境で味わった「あの怪物的なプレッシャー」の正体を探るための、捨て身の揺さぶりだった。
クルシャア王は、幼い肩をわずかに震わせた。だが、彼は逃げなかった。玉座の肘掛けをぎゅっと握りしめ、格上の術師に対し言い放つ。
「話……だと? 雨乃清兵衛とやら。 わ……私は……敬意を持たぬ者と話す道理を持たぬ。貴殿の王に伝えろ。『礼儀を学んでから出直せ』とな……!」
大臣や将軍が息を呑む中、清兵衛は口角を吊り上げた。
「くくっ……どうされました? クルシャア王。我々メテオに対し、それほどまでに強気に出るからには、何か『特別なこと』でもありましたか?
例えば……そう。長年不在だった『魔王』を、ついに入手した……とか?」
「その通りだ!」
クルシャア王は立ち上がった。その瞳には、かつてない決意の火が灯っている。
「我が国は魔王を得た。これにより、ミレニアムイヤーに出場する資格を獲たのだ! よって……我々スターダストは、只今をもって流星からの独立を宣言する!」
「そういう事だ使者よ!! 帰ってメテオ王に伝えろ!!」
大臣のムノンは涙を流しながら恫喝する。
堂々たる宣言
ギース将軍は、若き王の成長に魂を揺さぶられていた。
しかし、清兵衛は首を振り、嘲笑を隠さない。
「ふっ……たかが魔王を得た程度で、独立とは。……クルシャア王、貴殿は己の立場の危うさを理解しておられるのか?
貴殿の国は常に四面楚歌(周りは敵)。
土地のほとんどは不毛な砂漠。
我々の協力——という名の慈悲なしに、どうやって生き抜くつもりか?」
「王が立ち上がったのだ! 我ら臣下が、死を賭して支える!」
ギース将軍が叫ぶ。
だが、清兵衛の言葉は鋭い刃となって彼らを切り裂いた。
「愚か者が。私が言っているのは、『魔王を繋ぎ止められなかった時』のことだ。お前たちがどれほど支えようが、魔王がいなくなれば依代は完全に失われる。……たかが召喚されただけの魔王が、この貧相な国にいつまでも居座ると本気で思っているのか?」
清兵衛の言葉に、クルシャア王の顔から血の気が引く。図星だった。この国には、魔王を繋ぎ止めるだけの魅力も資源もない。
「クルシャア王……なぜハッキリと言わん? お前たちの力など不要だ、とな。……言えぬだろう? 貴殿のその『魔王』が、本物かどうかすら確信が持てぬからだ!」
清兵衛のプレッシャーが王を押し潰そうとした、その時。
「あら、随分と失礼な陰陽師様ねぇ。人の国に土足で踏み込んで、不吉な占いでもしてるのかしら?」
部屋の扉が乱暴に開かれた。
現れたのは、紫のドレスを派手に翻し、扇子を仰ぎながら傲慢に歩く「偽魔王サヤカ」だった。その後ろには、威圧感だけは一流の偽アルフレッドが控えている。
「魔王様……!」
クルシャア王が、縋るような声を上げる。
偽サヤカは清兵衛の前に立つと、わざとらしく鼻を鳴らした。
「あんたがどこの馬の骨か知らないけど、この国はもう私のものよ。ミレニアムイヤーで私が勝てば、最下位なんて過去の話。あんたたちの王様に伝えなさい。『次はあんたたちが、私の靴を舐める番よ』ってね」
偽サヤカの尊大な態度。清兵衛は彼女をじっと見つめ……そして、失望したように溜息をついた。
(……やはりな。この女からは、あのお手玉に込められていたような『果てなき深淵』を感じない。こいつは……偽物だ)
清兵衛は視線を逸らした。その先、柱の影でジャグリングをしながら、わざとらしく「すごーい! 魔王様マジ強気ー!」と囃し立てている『道化師(本物サヤカ)』へと。
サヤカは清兵衛と目が合うと、ピエロの仮面の裏でペロッと舌を出した。
(おっと、陰陽師くん。そっちは偽物だよ? まぁ、あんたがどう動こうが……あたしが裏で演出してあげるけどね!)
「……おやおや。これは面白いことになってきましたね」
清兵衛は、再び不敵な笑みを浮かべた。
真実を知る術師と、正体を隠す本物の魔王。そして、何も知らずに踊らされる偽物たち。
スターダストの独立劇は、あまりに奇妙な方向へと加速し始めた。




