第23話「悪役令嬢の夢見た景色」
アランがエルスリード王国の大使として帝国に赴任してから、さらに数年の月日が流れた。彼は過去の過ちを償うかのように誠実に職務に励み、両国の友好関係はかつてないほど強固なものになっていた。
リリアナもまた、修道院で静かに、だが献身的に人々への奉仕を続けていると聞く。彼女が、本当の意味で聖女と呼ばれる日が来るのかもしれない。
そして、私は。
「母上! 見てください! 庭の薔薇が、綺麗に咲きましたわ!」
娘のイリヤが、私のドレスの裾を引っ張りながら嬉しそうに報告に来る。
「まあ、本当ね。とても綺麗」
私は、イリヤを抱き上げ、満開の青い薔薇が咲き誇る帝城の庭園を見渡した。この薔薇はジークハルトが、私のために世界中から集めさせたものだ。
「イザベラ。アルフレッドが、君を探していたぞ」
背後から、優しい声がした。ジークハルトが息子のアルフレッドの手を引いて、こちらに歩いてくる。アルフレッドは少し照れくさそうに、私の後ろに隠れた。
「もう、アルフ。母上に、剣の稽古の成果を見せるのではなかったのか?」
「……父上には、まだ、勝てません」
悔しそうに呟く息子が、可愛くて私は思わず笑ってしまった。
穏やかな、午後。愛する夫と、可愛い子供たち。そして、信頼できる仲間たちに囲まれて、私は今、ここにいる。
かつて私が夢見た、静かで穏やかなスローライフ。それは、こんなにも温かくて幸せなものだったのか。
『悪役令嬢に転生して、悪かったことなど一つもなかったな』
断罪され、追放されたからこそ私は自分の力で自分の居場所を築くことができた。多くの人々と出会い、彼らの温かさに触れることができた。
そして、何よりも。
「どうした、イザベラ。私の顔に、何かついているか?」
不思議そうに、私の顔をのぞき込む最愛の人。
この、面倒で、傲慢で、でも誰よりも私を愛してくれるたった一人の人に出会えたのだから。
「いいえ。ただ、あなたの顔を見ていたら幸せだな、と思っただけです」
私が素直にそう言うと、ジークハルトは一瞬驚いたように目を見開き、そして照れくさそうに、だが心からの笑顔で私を抱きしめた。
「私もだ、イザベラ。君と出会えて、私は世界で一番の幸せ者だ」
子供たちが、私たちの周りをきゃっきゃっと笑いながら走り回っている。アンナが、お茶の準備ができましたよ、と優しく微笑んでいる。
空は、どこまでも青く澄み渡り心地よい風が、薔薇の香りを運んでくる。
これだ。これが、私がずっと見たかった景色。
元・暗殺者。悪役令嬢、イザベラ・フォン・ヴァレンシュタイン。
私の物語は、ここで最高のハッピーエンドを迎える。
面倒なことは、もう、たくさん。
これからは愛する家族と、この穏やかな日々を心ゆくまで楽しんでいこう。
そう、心に誓いながら、私はジークハルトの胸にそっと顔をうずめたのだった。




