第21話「氷の皇帝と太陽の皇后」
アストレア帝国の皇后としての生活は、想像していたよりもずっと刺激的で、そして面倒なことの連続だった。
帝国の貴族たちは、エルスリード王国のそれとは比べ物にならないほど狡猾で、プライドが高かった。彼らは突然現れた異国の公爵令嬢が、自分たちの頂点に立つことを快く思っていなかった。表向きは従順な態度を取りながらも、裏では様々な妨害や嫌がらせを仕掛けてきた。
ある時は、私が主催するお茶会に誰も出席しない、という幼稚な嫌がらせ。またある時は、私が提案した政策について重箱の隅をつつくような反対意見を述べ、議論を停滞させようとする。
だが、そんなものは、私にとっては赤子の手をひねるようなものだった。
お茶会に来ないのなら、こちらから出向いて彼らが欲しがるような貴重な情報――例えば、新しい交易ルートの利権や流行の最先端の情報――を、私に協力的な貴族だけに教えてやる。そうすれば次は、我先にと私の茶会に参加を希望してくる。
政策議論で反対されれば、私は彼らが何も言い返せないほどの完璧なデータと、緻密なシミュレーション結果を突きつける。私の知識と分析力の前には、いかなる貴族もぐうの音も出なかった。
暗殺者時代に培った、情報収集能力と心理戦のテクニック。そして、領地経営で培った実践的な政治手腕。その全てが、この帝国の宮廷という新たな戦場で遺憾なく発揮された。
私のやり方は常に冷静で、合理的。そして、敵対する者には一切の容赦をしない。そんな私の姿を、人々はいつしかこう呼ぶようになった。
――太陽の皇后、と。
氷のように冷徹な皇帝の隣で、太陽のように眩しく、そして焼き尽くすような苛烈さで帝国を照らす存在。我ながら大げさな二つ名だとは思うが、悪くはなかった。
「聞いたか、イザベラ。君のせいで、最近胃を痛める大臣が続出しているらしいぞ」
ジークハルトは、執務室で心底楽しそうに報告してきた。
「自業自得です。私の改革案に、旧態依然の考えで反対するからそうなるのです」
私は、山積みの書類を処理しながら素っ気なく答える。今、私が取り組んでいるのは帝国の税制改革と、魔法技術を応用した新たなインフラ整備計画だ。どちらも帝国の未来を左右する、重要なプロジェクトだった。
「ふはは、頼もしいな。君が来てくれてから、私の仕事が半分以下になった。これなら、もっと君を愛でる時間が増えそうだ」
彼は、私の後ろから優しく肩を揉んでくる。
「結構です。それより、こちらの書類に目を通していただけますか? あなたの承認がなければ、先に進めません」
「はいはい。分かったよ、仕事熱心な我が皇后陛下」
彼は、少しだけ不満そうな顔をしながらも素直に書類を受け取った。
こんなふうに、私たちは公私ともに最高のパートナーとなっていた。彼は私のやることを全面的に信頼し、支持してくれる。そして、私が疲れている時にはそっと寄り添い、癒してくれる。
面倒な宮廷闘争も、膨大な政務も、彼が隣にいてくれるなら乗り越えられた。
結婚式は、帝都の民全てが祝福する中で盛大に行われた。純白のドレスに身を包んだ私を見て、ジークハルトが言葉を失って見惚れていたのを、私は一生忘れないだろう。
誓いのキスの後、彼は私の耳元で囁いた。
「君は、私の太陽だ。君のいない人生など、もう考えられない」
「……私もです、ジーク。あなたこそ、私の……」
私の、何だろう。穏やかな日常をめちゃくちゃにしてくれた、迷惑な人。でも、私が心の底から安らげる唯一の場所。
言葉にできなくても、想いはきっと伝わっている。
私たちは、氷の皇帝と太陽の皇后として、アストレア帝国に、かつてないほどの黄金時代を築き上げていくことになる。
それは、面倒で、大変で、でも最高にエキサイティングな日々の始まりだった。




