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第18話「それぞれの道、そして誓い」

 王都での滞在も、残すところあとわずかとなっていた。エルスリード王国の再建計画は、父と叔父、そして私が推薦した有能な官僚たちの手によって着実に進み始めていた。私とジークハルトが結んだ新たな同盟は、両国の間にこれまでにない安定と繁栄をもたらすだろう。


 私の役目は、もう終わった。あとは谷に帰って、のんびりとした日常に戻るだけだ。


 出発の前日、私はカイに会うために騎士団の訓練場を訪れた。彼は、私の強い推薦により再びエルスリード王国騎士団長の地位に復帰することになったのだ。


「本当に、いいのですか? イザベラ様。俺は、一度国を裏切った身です」


 カイは、申し訳なさそうに言った。


「裏切ってなどいません。あなたは、自分の正義を貫いただけです。今の王国には、あなたのように強く、実直な指導者が必要なのです」


 私の言葉に、カイは決意を固めたように力強くうなずいた。


「……分かりました。この命、あなたとこの国の未来のために捧げましょう」


「期待していますよ、騎士団長殿」


 私たちは、固い握手を交わした。彼はこの谷に残るのではなく、王国を中から支える道を選んだ。それが彼が私に示す、最大の忠誠の形なのだろう。寂しくない、と言えば嘘になる。だが、彼が彼の道を見つけたことを心から嬉しく思った。


「お元気で、イザベラ様」


「ええ。カイ殿も」


 短い別れの言葉。だが、私たちの間にはそれだけで十分だった。


 その日の夜、私は王宮のバルコニーで一人、月を眺めていた。王都の夜景が眼下に広がっている。一年前には、想像もできなかった光景だ。


「感傷にでも浸っているのか?」


 背後から、よく通る低い声がした。振り返らなくても、誰だか分かる。


「別に。ただ、少しだけ昔のことを思い出していただけです」


 ジークハルトは、私の隣に立つと同じように夜景を見下ろした。


「ここから見える景色も悪くないが、やはり、君の谷から見る星空の方が私は好きだ」


「……そうですね」


 谷の夜はもっと静かで、空気が澄んでいる。満天の星が、まるで宝石を散りばめたように空いっぱいに広がるのだ。


「イザベラ」


 ジークハルトが、改まった口調で私の名前を呼んだ。


「君に、渡したいものがある」


 そう言って、彼が差し出したのは小さなベルベットの箱だった。中には、夜空に輝く星のような美しいダイヤモンドの指輪が収められていた。


「これは……」


「私の母の、形見だ。未来の皇后に、と遺されたものだ」


 彼の真剣な眼差しが、私を射抜く。


「君が、王都で過去の全てを清算し新たな一歩を踏み出すのを、ずっと見ていた。そして、確信した。私の隣に立つ女性は、君以外にありえない、と」


 彼は、私の左手を取りその薬指に、ゆっくりと指輪をはめた。サイズは、驚くほどぴったりだった。


「イザベラ・フォン・ヴァレンシュタイン。改めて、私と結婚してくれ。私と共に、帝国を、そしてこの大陸の未来を創っていってほしい」


 それは、今までで一番シンプルで、そして心のこもったプロポーズだった。


 私は、薬指で輝く指輪を見つめた。この指輪は重い。一国の皇后という、とてつもない責任の重さがそこにはある。私が望んでいた、静かなスローライフとはかけ離れた未来かもしれない。


 だが。


「……面倒なことは、嫌いなのですけどね」


 私は、顔を上げていたずらっぽく笑ってみせた。


「あなたと一緒なら、その面倒も案外楽しめるかもしれません」


「……! では……!」


「はい、喜んで。あなたの、お嫁さんになってさしあげますわ。皇帝陛下」


 私がそう答えた瞬間、ジークハルトは子供のように顔を輝かせ、力強く私を抱きしめた。


「ああ、愛している、イザベラ! 世界中の誰よりも!」


「知っています」


 私たちは、どちらからともなく唇を重ねた。王都の夜景と満月が、祝福するように私たちを照らしている。


 これで、私の悪役令嬢としての物語は本当の終わりを迎えた。そして、ここから始まるのはアストレア帝国の皇后として、そして愛する人の妻としての、新しい物語。


 きっと、これからもたくさんの面倒事が待ち受けているだろう。でも、もう一人じゃない。彼の隣でなら、私はもっと強く、もっと優しくなれる。


 そんな確信が、私の胸を温かく満たしていた。

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