表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

第17話「新しい国の形」

 戴冠式から数日後、私は父である新国王とエルスリード王国の未来について話し合う場を設けていた。場所は、王宮の執務室。そこには、私の隣に当然のようにジークハルトが座り、父の隣には宰相に就任した私の母方の叔父が控えている。


「単刀直入に申し上げます、お父様。この国は、変わらなければなりません」


 私は、静かに切り出した。


「アラン殿下とリリアナ様の失政で、国は疲弊しきっています。旧来の貴族中心の体制では、いずれまた同じ過ちを繰り返すことになるでしょう」


 私の言葉に、父は深くうなずいた。


「私も、そう考えている。だが、具体的にどうすればいいのか……。長年続いてきたこの国の仕組みを、そう簡単には変えられん」


 父の悩みも、もっともだ。だが、私には忘れられた谷を一年で豊かな独立領に変えた実績と、前世の知識がある。


「まずは、身分に関わらない実力主義の官僚登用制度を導入すべきです。カイ殿のような、平民出身でも有能な人材は国中に埋もれているはずです」


「うむ。それは、すぐにでも取りかかろう」


「次に、ギルドの再編と商業の活性化です。王都だけでなく地方都市との交易をもっと活発にし、国全体の経済を底上げするのです。そのためには、街道の整備と税制の見直しが必要になります」


 私は、谷で成功した経済政策をベースに、この国に合わせた改革案を次々と提示していく。私の淀みない説明に、父も叔父も感心したように聞き入っていた。


 その間、ジークハルトは黙って腕を組み、面白そうに私の話を聞いていた。時折、私の案に補足するように帝国での成功事例を付け加えてくれる。彼の助言は的確で、私の計画をさらに盤石なものにしてくれた。


『なんだか、夫婦で共同作業しているみたいだ……』


 ふと、そんな考えが頭をよぎり、少しだけ顔が熱くなるのを感じた。


「そして、最も重要なのがアストレア帝国との関係です」


 私は、隣に座るジークハルトに視線を移した。


「これまでの、従属的な関係ではありません。対等なパートナーとして、新たな同盟を結ぶのです。経済的、軍事的に協力し合うことで両国は共に発展していくことができるはずです」


 私の提案に、ジークハルトは満足げに口の端を上げた。


「素晴らしい考えだ、イザベラ。もちろん、私に異存はない。エルスリード王国が、新たな隣人として我々と共に歩むというのなら、帝国は最大限の協力を惜しまない」


 父は、ジークハルトの言葉に安堵の表情を浮かべた。


「皇帝陛下……。感謝いたします」


「礼を言うなら、彼女に言ってくれ。全ては、私の愛するイザベラが描いた未来図だ」


 ジークハルトが、私の肩を抱き寄せながら言う。その度に、父と叔父が何とも言えない生温かい視線をこちらに向けてくるのが、少しだけ気まずかった。


 会議は深夜まで続いた。具体的な政策の細部を詰め、両国の間で交わされる条約の草案を作成していく。それは骨の折れる作業だったが、不思議と苦ではなかった。自分の知識と経験が、一つの国を、そして多くの人々の未来を良い方向へ導くことができる。その事実は、私に静かな充実感を与えてくれた。


 会議が終わり、自室に戻る廊下を歩いていると、ジークハルトが隣に並んだ。


「見事だった。君は、最高の政治家にもなれるな」


「おだてても、何も出ませんよ」


「本心だ。だが……」


 彼は、少しだけ寂しそうな顔をした。


「君が、あまりに有能すぎると、私が隣に立つ男として相応しいか少しだけ不安になる」


 弱気な皇帝陛下なんて、らしくもない。私は、思わずふっと笑ってしまった。


「何を馬鹿なことを。あなたほど、傲慢で、強引で、自信家な男を私は他に知りませんわ」


「それは、褒めているのか?」


「最高の褒め言葉です」


 私たちは、顔を見合わせて笑い合った。


「あなたは、あなたのままでいいのです。冷徹な氷の皇帝として帝国の頂点に立ち続けてください。そして、時々私の谷に遊びに来て、グラタンでも食べていけばいい」


「毎日では、ダメか?」


「ダメです」


 いつものやり取り。だが、その何気ない会話が今はとても心地よかった。


 部屋の前に着くと、彼は私の手をとりその甲に優しくキスを落とした。


「おやすみ、イザベラ。また、明日」


「ええ、おやすみなさい。ジーク」


 私は、自然に彼の名を呼んでいた。彼が、一瞬驚いたように目を見開き、そして子どものように嬉しそうな顔をしたのを見て、私は慌てて部屋の中に逃げ込んだ。


 扉に背中を預け、高鳴る心臓を押さえる。


『柄にもないことをしてしまった……』


 だが、彼のあの嬉しそうな顔を思い出すと、私の口元にも自然と笑みが浮かんでくるのだった。


 エルスリード王国とアストレア帝国。そして、独立領ヴァレンシュタイン。


 三国が手を取り合い、新たな時代を築いていく。その中心に、私がいる。


 面倒だと思っていたはずの運命が、いつの間にかとても愛おしいものに変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ