第三章:輪舞。弐
ネットカフェ。
「おう、ここだ。」
小さな声で、林藤さんが俺を呼ぶ。
狭いスペースに、パソコンの画面を二人で覗く。
「これだ。神隠。な、書き込み見たら、この辺の地理に近い。状況も似ている。」
男ばかりの書き込み。女なら、噂で。面白半分。半信半疑な話も、あっておかしくない。
しかし、どの書き込みも胸が苦しくなる。
「夢幻。最近、変わったことはないか?」
「例えば?」
「近づいてくる人間。増えたりしていないか?」
「普通に接してくれる友達が一人。告白してきた女子が一人。」
「気を許すな。俺たちの捜す真実は、命にかかわるかも知れない。」
「はい。」
林藤さんは何かを考え、俺には言わなかった。ただ一週間後に、別の場所で会う約束だけ。
三日後。家に電話が鳴る。
「はい。お世話に。え?林藤さん。が?」
警察からの電話。林藤さんが、亡くなったと。
三日前。ネットカフェの防犯カメラが、俺たちを捉えていた。
俺は警察に呼び出される。もちろん俺が犯人ではない前提だった。
犯行時刻。俺は、塾にいて目撃が有る。犯行場所は遠い県外。俺には無理だった。
「座って。」
年配の、ベテラン刑事だろうか。目が、俺の目を見つめ。見透かすようだった。
「アイツ。あの村を調べていたんだろ?」
まず俺も。この人を読もうとして、黙っていた。
林藤さんは、慎重に行動しろと言っていた。誰が信じられるか。林藤さんの言った通り、村を調べて欲しくない人間がいる。かも。
俺の命も?
「言っていい。皆が知っている。警察も、村の人間も。もう10年になるか。はぁ。タバコが吸いたいな。屋上に、場所を移動してもいいか?」
「はい。」
10年。林藤さんは、28。18の時に彼女を亡くした。それから10年。真実を探し、この仕事に就いたのか?
警察署の中は、騒然としている。この人は信用できる人だろうか?
「いい天気だ。」
タバコに火をつけ、吸って。煙を吐く。俺の方を見ない。
「アイツは、真面目な奴だ。俺の部下だった。必死な奴の目。真実を求めていた。俺は、アイツの彼女も。君の彼女も。死んだのを確認した。」
「え。」
言葉を無くした。死。を見た?
「残酷な言葉だ。アイツは信じなかった。生きるなら、それでもいい。そう俺は思っていた。」
この言葉。まるで。
「刑事さん。林藤さんは、どうして亡くなったんですか?死因は何ですか?」
新聞には、小さく載っていたが。詳しくは無かった。曖昧で、調査中と。
「自殺。だと思っている。」
それは不自然な気がした。
「幸せそうな、顔をしていたそうだ。」
え?
「まるで、逢いたかった彼女に会ったような。そんな。」
「刑事さんは、見たんですか?」
「いや。同僚が、県外に迎えに行った。その時の様子だ。」
分からない。林藤さんに一体。何が?
「あの日、履歴を見たら分かると思いますが。」
俺は、神隠村のサイトの話をした。それを一緒に話したと。俺を気遣い、時間の空くその日に会う約束をしていたと。
ただ、不自然さを残さない。最低限の情報。
「そうか。夢幻君、君はどう思う?」
「どう?何にですか?林藤さんが、自殺かもしれないこと?」
それとも、村が関係するかも知れないこと?
「どう。思う?」
再びの問。
「幸せな顔。林藤さんは、追い詰められすぎて幻を見た?それで心が解放されたなら。俺は。」
「夢幻君。君は、生きなさい。若い。他に、いや。今は受け止められないかもしれないが。幸せがきっとある。」
「はい。」
涙が零れた。
生きる。エンを忘れる日が来るかもしれない。他に、好きになる人も。
俺は警察を後にした。
何かが引っかかる。けど今は時じゃない。
林藤さんは、あのサイトを見て。何かを考えていた。そして俺に告げずに県外。サイトの誰かと、接触を持ったのだろうか。
そして真実を知った?それだけで幸せな顔?林藤さんは、彼女を観たんだろうか?
幻を。観ながら。死んだ?
後日、刑事さんから連絡があり。村に連れて行ってくれることになった。
何故、急に?
でも、生きることを願う俺に、エンの家族を会わせたいのは気遣い。用心深く。
村のふもとに、古い道標。
「刑事さん、あの。」
「あぁ、川口でいいぞ?何だ?」
「川口さん、これ。古いですね。」
「あぁ、触るなよ。結界なんだ。一応、な。」
俺が、不思議そうな顔をしたので説明をしてくれる。
「アイツから、何も聞いていないみたいだね。神域。なのさ、ここは。だから他の人間が足を踏み入れることは出来ない。滅多に。な。何かがないと。」
「俺は、特別ですか?」
何だか、寒気がした。
「あぁ、特別だよ。彼女の家族が、落ち込んでいる。と、長からの呼び出しだ。」
川口さんは、長と。どんな関係なんだろう?まさか、この村の人?異質な村。長か。
ここにも道標。あそこにも。
昼間なのに、街中より寒い空気。神域?空気が澄んでいるような気がするのは、山の中だから?
この空気が、懐かしい記憶を呼び覚ます。ここでエンは生まれ育った。君の不思議な雰囲気。
神隠村。小さな集落。ここがエンの生まれ育った村。静かな所。エンの雰囲気を思い出す。
「この家だ。俺は、長のところに寄るから。一人でも大丈夫か?」
「はい。」
普通の一軒家。インターホンがない。
「こんばんは。」
玄関の明かりが増え、足音が近づいてくる。
「はい。君が、松渓 夢幻くんね。入って。」
優しそうなお母さんだ。中に入り、和室に通される。
「いらっしゃい。さ、座って。」
エンの雰囲気があるお父さん。
「はじめまして、あの。」
こんな緊張することって。ここにエンがいれば。
「楽にしなさい。」と、優しく微笑む笑顔もエンに近かった。
「エンは、お父さん似なんですね。」
俺の一言に、おじさんは涙を零した。
「すまないね。涙もろくて。」
やはり、エンは亡くなったんだ。
頭の片隅に、どこか。この異質な村が、エンを隠しているかも。なんて考えていた。
作られた物語のような。夢を観ていた。
俺はアルバムや、部屋を見せてもらって。思い出を聴いた。
でも二人は。俺の思い出については、あまり訊かなかった。ただ、エンを好きになってくれて。ありがとう。と。
「俺が、あの日。」
俺は、自分の後悔が。今更、心を痛めるなんて。
子供だった。生きていることに希望を持って。自分の軽率な行動が、エンを死に追いやったのではないか。そう、今更だ。
二人が、本当は俺を怨んでいるかもしれない。
「ふ。うっ。す。すみませ。ん。」
なんて浅はかな。情けない。消えてしまいたい。
おじさんは、俺の肩に手を置いた。
「夢幻君、君を巻き込んだのは。エンだよ。あいつは言っていた。自分の告白に、応え。好きになってくれたと。それだけで、どれほど幸せか。ありがとう。」
違う。俺は、そんな『ありがとう』なんて言葉。言ってもらえる資格はない。
「すみません。ごめんなさい。ごめ。ん。なさ。い。」
その後のことは、あまり覚えていない。自分の情けない幼さに幻滅し、どれほど未熟か。
ただ、川口さんがやってきて俺を連れて出てくれた。
「また、おいで。」
そう、おじさんの声が聞こえた。
大切だった娘を喪った二人を、長が心配して俺を呼んだ。
俺に対する憎しみは。本当になかった?本当に?俺なら。ただの付き合っていた俺でも。
俺は、ここで。また自分が浅はかだったのを知る。俺は、死を認めず。エンを殺した奴を怨んですらいない。
思い返してみる。死を認めない。殺した奴なんか、俺の中にいなかった。
情けない。現実逃避。
殺人。夢を観ているように。その周りを踊る。無様な俺だった。
林藤さんが亡くなって一週間。
本当は、この日。あの海で会う約束をしていた。そこで俺に伝えたいことがあると。
もういない林藤さんとの約束。何故か足を運んだ。俺の感情の吐きどころを求めて。
海。まだ季節は寒い。
あの日、もっと寒かったはずなのに。感じなかったのは心だろうか?寒い。冷たい風。
「あの、夢幻さん?」
急に声をかけられ、慌てて振り返る。
「はい。」
そこには見知らぬ男の人。20代半ばだろうか?
「これ、刑事さんから預かっていたんだ。俺が、彼の最期の日に会った人物。君とはここで、さよならだ。もう会うことはない。君も、いつか。観る夢を。」
俺は、彼を目で追わなかった。
予感がする。何かが始まる。止まったはずの時間が。動き出す。
俺は人を怨むのを。また忘れる?いや、それはない。きっと怨むべき人物に。辿り着くんだ!!
エン。君を殺した。そいつを、必ず見つける!必ず。
林藤さんは、見つけた?
どこが現実?どこが真実?どれが嘘?
いつか観る。夢?俺も観る?
手にはメモ。『生きている』
俺はその紙を口に入れ。飲み込んだ。
正気の沙汰じゃない?本当に?正気だ。現実。夢じゃない。
林藤さんは、彼女をミタ。だから幸せそうな顔。
では誰かに殺された?さっきの人。振り返るが、もう姿はなかった。
『さよならだ』君“も”観る。『会うことはない』?
俺に何が出来るだろう?普通の学生。力もない。ただ日常を繰り返す。
林藤さんが亡くなった県外。インターネットの履歴。今、動くのは危険?
『慎重に行動しろ』。
生きている?どこで?
エンの部屋は、そのままだった。まるで今も生活しているような。
考えよう。何か、おかしい。俺に怨みが無い?本当に?
あんな孤立した村。俺のことを知っていた家族。クリスマス。あの日、雪が降っていた。エンの携帯は見つかっていない。
携帯。まさか。
「夢幻?珍しい。気分転換か?」
海を眺めるように、立ち尽くす俺に声をかけたのは英だった。
「あぁ。広い海や波を見て。音を聴くと気分が。」
言葉が上手く出なかった。
「無理するな。女の子たちも一緒だ。そこに喫茶店があるから移動しよう。風邪引くぞ。」
俺の手首を掴んで、少し強引に引いていく。
俺の頭の中に、渦巻く黒い陰謀。いや、根拠の無い空想。か?本当に現実なのか?
夢。を観ているようだ。
「夢幻、大丈夫か?」
「あぁ。女の子たちはいいのか?」
「あぁ。」
「英。俺、エンのこと。」
「うん?」
俺の味方でいてくれる英に、心が安定してくる。俺の大切な友人だ。
拙い俺の言葉を、黙って受け止める。英の心はわからないけど。俺にとっては、大事な友達に変わりない。ありがとう英。
「想い続ければいい。間違いなんて、誰が決める?夢幻の心は、誰にも。どうすることも出来ない。」
その後、しばらく俺は無言で窓の外を見ていた。
英も、同じ外を見。時に、俺の表情を見ていた。心配そうに。
俺は、本当にエンを愛していただろうか?エンを奪った奴を、恨まない俺。怨む。だろうか?
エン。俺は、君が生きていると思うことが。良いと。本当は、分かっていたのかもしれない。現実逃避。夢の中。
「英~~。時間だよ?」
一人の女の子がやってくる。
「英、ありがとうな。君たちも。ごめんね?」
「いいのよ。気分は、大丈夫?」
「あぁ、帰るよ。英、また明日な。」
「あぁ。気をつけて帰れよ。」
何か言いたそうな英を後に、喫茶店のドアを開けた。
やはり風は寒いけど、さっきまでの冷たさは感じない。俺の心は。まだ夢の中。
家に近づくと、女の子が壁にもたれていた。
エン。じゃない。どこまで夢を観る?
「あ、夢幻君。あの。」
岸谷さんだった。
「どうしたの?」
この雰囲気。
「好きなの。蝋飴さんのことは周りから聞いた。けど。ごめんなさい。」
小さくなる声。
明るいイメージの君も、こんな俺に心を傾け。俺の何を知っている?
「ごめん。」
「いい。覚えてくれてたらいい。好きで、いても。いいですか?」
俺は、彼女の横を通り過ぎる。無言で。
返事は返さなかった。いや。言葉が出ない。英の言葉を思い出す。
『想い続ければいい。間違いなんて、誰が決める?夢幻の心は、誰にも。どうすることも出来ない。』
君の心を、どうすることも出来ない。
もしかしたら、いつか君の心を受け止める日が来るかもしれない。でも。他の人に、心を許すかもしれない。
俺は弱い。林藤さんのように、長い間。その人だけを想い続けることは出来ないだろう。
エン。やはり、君を本当に愛していたんだろうか?
苦しい。誰かを呪うほどの憎しみを。持つチャンスを逃した?今からでも。
自分の部屋。
エンとの思い出。何がある?エン。君を奪った奴を。怨むことが出来るだろうか?
林藤さんが悪いわけではない。人の気持ちは、違う。どうすることも出来ない。
自分の弱さに逃げていたんだ。夢の中に。君を求め。生きていると思うことで。何も、考えようとはしなかった。
俺の名の通り。夢幻。だ。
朝。電話が鳴る。
「夢幻。あの、警察から。電話なのよ」
静かな、母さんの不安そうな声。何かあった?
「はい。え。はい。昨日、夕方。確かに。18時半過ぎ。」
言葉を失う。
岸谷さんが亡くなった。近くの公園。池で発見された。
首には、紐で絞められた痕。服の乱れは無く、物品はそのままだった。明らかに殺人。
誰が。何のために?彼女は明るい。誰かの恨みを買うような子ではない。
殺人。事件に巻き込まれた。いや、俺が巻き込んだ。俺に係わったから。
ただ、君は俺を好きになっただけ。しかも想いは通じてもいない。
俺は。優しくしていない。ごめん。俺は。何も、してあげていない。怨んで欲しい。
誰が殺した?何故?
【携帯の着信音】
「はい。英?」
彼女が亡くなったのを知って、心配したと。いつもの声に安心した。が、もう誰も失いたくない。
「英、ありがとうな。でも、ダメだ。怖い。人と係わるのが怖いんだ。頼む。お前が大事なんだ。少し、距離を取ってくれ。失いたくない、友達だから。」
『生きている』。まさか?
俺は、どうかしている。君を疑うなんて。
エン、君は。どこで、何を?どうして。チカクニ。イル?
血が騒ぐ。これは、どっちだ。
君に逢いたい?君が。彼女を殺した?まさか、俺は。
エン。君が観えない。
【携帯の着信音】『非通知』
まさか。
殺人輪舞の夢を観る。
くるくると。消えた君の周りを踊り、現実を避けるように、自分を守ってきた。
君を失って、他の人の悲しみや。怨みを。考えなかった。いや、考えようとしなかった。避けていたんだ。
林藤さん。あなたも観たのだろうか。そんな夢を。あなたは、違う夢だったかもしれない。けど、殺人輪舞の夢だ。
俺も向かう。県外へ。
多分、林藤さんが行っていた。村。隠された神隠村に。
そこで、あなたは観て幸せを感じ。消えた。
俺も、同じ夢を観るだろうか?
俺も、君に逢う。『生きている』君に。
どうして、死んだことになっているの?
「あなたの子が。」
「エン。愛している。よ。」
「私も、あなたを。愛しているわ。」




