第三章:輪舞。壱
林藤さんとの約束。
警戒の解けた時期に、村に潜入する約束をした。その日まで一切接触を持たず。普通の生活を続ける事も約束だった。
エン、君のいない生活が。通常ではないのに。
学校の裏にある神社で待ち合わせ。林藤さんは、先に来ていた。
「入るぞ?」と、神社の方を見る。
「神社にですか?」
「あぁ。夜まで時間を潰す。着替えは?」
「はい。出来るだけ黒と言われたので。中で着替えます。」
着替えが終わり、林藤さんと床に座る。小さな神社に二人で座り、打合せをした。
「一度、山を下りて?」
「いや、この裏に村への抜け道がある。」
ドキドキする。異質な村。未開発な、外部の人間を入れない所。
「本当は、墓を暴きたいんだが。」
「えぇ?!」
「しっ。静かに。」
慌てて、手で口を押える。
「本当に死んだのか、一番手っ取り早い。でも、村の様子が分からない。いいか、ここで今後の予定はすべて決めておく。覚えろ。記録には残すな。」
林藤さんの警戒心が不思議だった。でも、それが正しいのだと知ることになる。
そう、自分たちの命が危険にさらされていたのだから。
日が沈み、闇が来る。
「行くぞ。」
「はい。」
「夢幻、先に言う。逃げるときは、振り返るな。」
どうして。何故、そんなことを言うのか。怖くて訊けなかった。ただ、何かが俺に重く圧し掛かる。
これは現実なのだろうか。まるで夢を。ミテイル。ようだ。
少し震える足。真実を知らないほうが良かった?
静かな村。家族の団らんを楽しむ小さな家がポツポツ。そして、地主の大きな家。
ここは、すべてが謎なのだと。林藤さんは闇に消えそうな声で言う。
俺たちは山に沿い、墓地を捜した。
そして蝋飴家の墓を見つけた。新しい花の多さが、亡くなった事実を告げているように感じ。涙が零れた。
「俺の彼女のときは、これが無かった。」
俺たちは、怖さも感じず。異様なその場所に立つ。
「なぁ、夢幻。お前、彼女のこと。どこまで知っている?」
林藤さんの言葉に、体が硬くなる。
そう、俺は。亡くして気がついた。何も知らないことに。友達のことさえ。
「名前・クラス。誕生日は3月だと。紙に書けない事が殆んど。性格、人柄、体の温もり、匂い。」
「俺もそうだった。何も、知らない。死んで、初めて。この村の子なんだと知った。インターネットで調べた。この村に生れた女の子は、死亡率が高い。その彼氏すべては、俺たちと同じ共通点があった。」
「それは。」
訊こうとした時、ライトが照らされる。
「誰だ!」
村人に見つかった。
打合せ通り、二手に分かれて走る。力の限り走った。息が切れ。重くなる足を必死に動かす。
家に帰るときも、離れた所に一度行き、角を三回曲がった。誰も、ついて来ていないことを確認するため。
家に無事に着いた。
「遅かったのね。」
「あぁ。ちょっと友達と遠出していたんだ。テストも終わったしね。ご飯、残りある?」
いつものように振舞った。
朝。
新聞に。知る名前を見つけ、体が凍るように冷たく固まる。『林藤 樹雄』
「夢幻、あなた大丈夫?顔、真っ青よ?」
「学校、今日休む。」
ふらふらと、自分の部屋に足を向ける。
死んだ?林藤さんが。近くの川で溺死だった。
怖い。恐ろしい。恐怖が俺を襲う。
一体、何が。次は俺なのか?
死を。観た。
数日。俺は悪夢にうなされる。
すべてが嘘なら。夢だ。すべて忘れよう。
忘れられない!忘れることなんて、不可能だ!!エン。林藤さん。
【コンコン】
ノック音に、体が固まる。
「俺だ。花菱。」
「英?入っていいよ。」
心配して来てくれたのだろうか?
「大丈夫か?これ、ノート」
「あぁ、悪い。」
沈黙。
「そう言えば、進学クラスの。」
「あぁ。岸谷さん?」
「今日、来ていたよ?心配してる。クラスのみんなも。」
そうだった。エンが亡くなって、見守ってくれた友達。
今は何も考えず学校へ行こう。でないと、みんなの負担になる。
「英、ありがとうな。俺、明日から学校に行くよ。」と、微笑んでみる。
「無理すんなよ?」
朝。
「おはよう。」
いつものような朝が、また繰り返される。それでいい。今は。
「おはよう。早く食べなさい!」
温かいご飯。優しい家族。
「行ってきます!」
自転車に乗り、漕ぎ出す。
休んでいたからか、体が重い。坂はきつく。自分の苦しみが、生きていることを実感させる。
「はよ。」
「ユメ!大丈夫か~?」
「おう。教室でな!」
温かい世界にいる。
「夢幻、おはよう。大丈夫か?」
「英、昨日はありがとうな。もう、大丈夫だから!」と、無理して笑ってみせる。
そんな俺に、苦笑いで。「無理するな!少しずつでいい。」と。
安心。心地よい空間。それに、俺は甘えてはいけなかったのかもしれない。
後悔は、すべて真実を知ったときに味わうものだから。
消えていく命は。儚い。
日常が繰り返され。日々は続き。流れていく。
心の片隅に、黒く渦巻く消えない存在。クルクルと、その周りを回り。踊っているようだ。
ただ、楽しくもない。死の輪舞。俺は踊る側なのか。観ている側なのか。
ただ、それが自然死なら。
これは殺人?夢なら覚めてくれ。覚めることのない夢に。俺の心は現実逃避する。
そして、また一つの灯火が消えた。君は、そこに。いたのに。
俺に係わる人は死んでしまうのか?人と係わらないなんて無理だ。
泣き崩れ。息継ぎも苦しい。
誰か。俺を、ここから。この悪夢のような現実から。助けて。入って抜けない。死の輪舞。
彼女も。殺された?殺人。なのか?
「夢幻。偶然だ、気にするな?」
英が俺に近づく。
ビクッ。体が硬くなり、動かない。自由が制限されたように。
「悪い。しばらく、一人にしてくれ。」
英まで巻き込みたくない。
何故だ?関係ない。彼女は、エンと。いや、エンのことを調べようとしたのか?なら、巻き込んだのは俺?何故、俺なんかに。
岸谷 陽香。
君は、進学クラス。夜遅く、塾に通っていた。いつもは友達と帰るか。家族の誰かが迎えに来ていた。
その日に限って、一人で帰るなんて。
不思議なことに、君は夜の公園を通った。近道に考えられないことはないが、そこを通らなくても変わらない距離。
その池で、君は見つかった。
そして、細い首に。男の。手で絞めた痕。服に乱れはなく、金銭に手もつけていなかった。
君に私怨?想像ができない。綺麗な子だった。嫌味のない明るい笑顔。元気一杯の声。
まるで、闇にいる俺をも照らす太陽。心を軽くした一人。
俺は一応、エンのこともあって警察に呼ばれた。ここに林藤さんはイナイ。
警察は知っている。その林藤さんも、俺とかかわりがあったと。接触があったのか訊かれたが、黙っていた。
俺が殺したんじゃない。俺に?エンに。いや、あの村に係わったから。亡くなる?
知ってはいけない。けど、知らなければ進めない。止まったまま。林藤さんのように生きる?
「外の空気吸おうか?」
年配の刑事が言う。
警察署の屋上。風は少なく、春はまだ遠いのに。穏やかな天気。
「林藤は、俺の部下だった。」と、俺を見つめる。長年の経験を積んだのだろう。俺の目で、何かを読んだ。
「これは、大きな独り言だ。気にするな?」
タバコに火を点け、吸い。煙を吐く。
「新人だったアイツは、睡眠もそこそこに。ナニかを調べていた。神隠村だ」
知っている人がいた。林藤さんは28。長い間、調べたが今まで生きていた。これは。
「確かに、異質だ。だがな。アイツの彼女も。君の彼女も。遺体を俺が視た。」
死。んでいた。
「悪いな。アイツが、期待させたのか。すまない。アイツに何度も言ったんだ。信じなかった。可哀相な奴だ。」
俺の頬を、涙が伝う。
「あ。れ?」
止まらない。溢れるというより流れ続ける涙。自分が泣いている感覚のない。流れる水。
「泣け。止めるな。止めたら、一生泣けなくなる。アイツのように。止まるな、進め。まだ、お前には未来がある。」
「はい。……あの、林藤さんの死因は何ですか?」
新聞は見れなかった。名前を見つけただけで怖くて。視界が暗く、闇に覆われた。
「自殺。か、殺人か。」
「え、自殺はありません!!」
つい、大きな声を出してしまった。
「あぁ。けど、幸せそうに。笑ってた。」
殺されながらも。本当は、死を。
「お前は選ぶな。現実は厳しい。受け止めろ。そして、生きてくれ。橋から飛び降りたか。突き飛ばされたのか。君の彼女も。死因は水。そして岸谷 陽香も。」
俺は、血の気が引くのを感じた。
「刑事さん。犯人は、俺の。身近な人?」
声が震える。
「多分。しばらく君の身辺を調べ、警護する。水には近づくな。味方を準備した。囮にもなってもらう。そいつは。」
数日後。
「英、悪い!先、行ってて。」
次の時間は、移動教室。
俺の周りは、女の子が近づかなくなった。それでいい。英は相変わらず近くにいた。
しかし信じられないな。刑事さんの深読みかもしれないし。
悪いことが重なった。そんな簡単な言葉で片付けられない。人の命が。どれほど儚いのか。
「ね、まだ?」
「委員長、勘弁してよ。」
「ダメよ!先生に怒られるのは、私なんだから。」
可愛い顔が台無しで、怖い顔。
「私の名前は、川口!委員長じゃありません。」
距離をおきたいんだ。また、誰かを失うのが怖いから。
「出来た!」
休んでいた間に学んだところが、抜き打ちテスト。惨敗に、プリント提出が期限を超え。こんなことに。
「じゃ!」
出来立てのプリントを奪い、委員長は職員室に走った。
悪い事したな。次の移動、間に合うだろうか?
誰もいない教室。静かな時間。
エン。君は、まだ心にいる。君の温もりが。今も、よみがえる。エン。俺の喪失感は何かで埋まるだろうか?
君の代わりなんて、いない。心が。寒い。開いた穴に風が通る。
「きゃぁ~~」
叫び声。
川口の声!俺は急いで、声のしたほうに走る。職員室への道。多分、階段?
叫び声に、生徒が集まっている。その人垣をかき分け、近づこうとしたが。動く人波に、動きを止められる。
先生が、頭を打っているから動かすな。と。
人のざわめきが消える。
立ち尽くす。赤い血が広がって。目の前が暗くなった。
俺は、その場を離れる。刑事さんに電話を。携帯を持つ手、指が震える。
「っ。」
声を押し殺し、泣いた。廊下の、冷たい壁に体重をかけ。そのまま。床に崩れる。
【携帯のコール音】刑事さんだった。
身辺を警護している。俺の様子を、どこかで見ていた。なんとか通話ボタンを押す。
「はい。」
「彼女の命に別状は無い。大丈夫だ!」
その内容もそうだが、優しい落ち着いた声が、俺を安心させる。
「そうですか。わかりました。今日。ですね。はい、お願いします。」
通話を切り、携帯をズボンのポケットに入れる。
目は真っ直ぐに。俺に迷いは無かった。
真実を目前に。刑事さんとの打ち合わせ通り。今日、君と話す。
エンとの思い出の川沿い。エンを思い出す。
夕日を並んで見た、静かな時間。隣に座ったエンが俺にもたれ、熱が伝わる。キスをした。幸せを感じた。
草の上に君を寝かせ、息の切れた色っぽい顔。
「誰のことを考えてるの?」
後ろから、予想していた声がする。
「君が奪った、大切な人だよ。英。」
スラリとした長身に、立っているだけでモデルのような雰囲気。
「何故?どうして俺から親しい人を奪う?」
「何故?酷いんだね。僕の気持ちを察してよ」
分からない。俺は、友達だと思っていた。
英はもてるし、女の子が放っておかない。俺なんかに固執する意味が分からない。
「ごめん。理由が分からない。俺を、怨んでるの?」
「覚えていない?ここで転校当初。日本に馴染めない俺に、君が声をかけてくれた。特別だった。君は本当に優しくて。他に特別な人がいなかった。女の子と付き合うのも、我慢した。好きじゃなく、好奇心から付き合い始めたと僕に教えてくれたから。勘違いしちゃいけないと。艶ちゃんに何度も教えてあげたんだよ?」
英が。
エンの涙の理由。どうして俺を信じなかったのか。
自分の軽い言葉が、エンを傷つけた。知っていれば、言ってくれたら。今更遅い。エン、信じて欲しい。
「最初はそうだった。でも、エンを知るうちに。本当に好きになってた。」
「知ってる。だから、あの日。二人を朝。駅で見つけたときに。殺意がどれほど沸いたか。」
英は、俺の首を絞め。川岸に押していく。
「英。俺、お前のこと。大切な友達。だと。」
英の手の力が、弱まり。解放される。
【サイレンの音】
周りに警官が押し寄せた。英の取り押さえられる風景が、スローモーションのようで。
俺は、夢を。観ているようだった。
「英、嘘じゃない。」
「ありがとう。」
川岸に立ち尽くす。
「ご苦労様!」
元気な姿の。
「委員長、大丈夫なのか?血が出てたけど。」
「あぁ、血糊だから。私、将来スタントマン目指して、弟子入りしてるの。」
意外な将来。
「父、年いってるように見えるけど。夢幻君のところと変わらないのよ?」
ビックリしすぎて、声が出ない。
「刑事さんの言った通り。英が君を突き飛ばすのを見たって。」
殺人。何が、それを引き起こすのか。
一つの殺人が、周りを踊るように。夢のような出来事。
自分が招いた?自分がきっかけになってしまった?
大切なものは、一つではなく。同じ基準でもなく。みんなと同じでもない。
俺は、エンの命が消え。消え続ける連鎖のような。踊りを眺めるような。観客。
観ているだけだった。夢幻。
人は亡くなる。もう、存在しない。君は、確かに。ここにいたのに。
人の命は尊くて、儚いモノだから。
消えてしまうロウソクのように、一瞬で。燃える炎がある時は、輝いて見えるのに。
消えた灯火が、闇を呼ぶように。周りの世界を一変させる。
闇が怖い?
闇は、美しい。惹きつけて捕らえ、離さない。
アナタハ、ソレヲ。観る。




