第一章:夢
人は亡くなる。もう、存在しない。君は、確かに。ここにいたのに。人の命は尊くて、儚いモノだから。
消えてしまうロウソクのように、一瞬で。燃える炎がある時は、輝いて見えるのに。消えた灯火が、闇を呼ぶように。周りの世界を、一変させる。
闇が怖い?
闇は、美しい。惹きつけて捕らえ、離さない。アナタハ、ソレヲ。観る。
朝。7月半ば。朝日は、照りつけるように注がれる。
梅雨が明け、もう夏だ。寝苦しさに、嫌な目覚めだが。目覚まし無しで起きられるのは、いいことかもしれない。
俺は、松渓 夢幻神不知火高等学校。一年生。
多くの所縁が語り継がれる。隔離された村が近くにある。異質な村だと。大人たちは言う。
支度を整え、自分の部屋を出る。
廊下を少し歩いて台所に入る。いつものように母は、朝食を準備し終え、片づけを始めていた。
机には、ホカホカのご飯に味噌汁とおかず。昼食のお弁当も、箸が忘れられずにそえられている。
「いただきます。」
「はい。どうぞ。お父さん、出張で北海道だって。」
いつものように、母との会話を楽しむ。我が家の日課だ。
反抗期は当然あった。が、母には無かった。反抗する理由が無かった。八つ当たりはしたが、常に反省する余裕をくれた。
俺は、幸せな家庭で育ったのだろう。
「ごちそうさまでした」
「はい。じゃ、自分の食べた分は片付けて行ってね!」と、母はパートの仕事の準備を始める。
「母さん、今日ゴミの日!袋は、玄関に無いけど?」
「お父さんが出してくれたの!」
「行ってきま~す。」
車庫から、自転車を押して出る。今日は、車がギリギリに停めてあるから。
近くの交通手段は、電車にバス。空港まで便利な環境だ。
車は、ほこりを被らないようにカバーを掛けてある。傷は付かないだろう。昔。傷をつけ、こっぴどく怒られた記憶がある。
大切に乗っている古い車に、それは今も残っている。
車道で自転車に乗る。勢いよくこぎ始め、太陽を体に浴びて。今日も一日が始まった。
懐かしい記憶の詰まった町。小学校のときは、ここの公園まで。中学生のときは、隣町。高校になって、行動範囲がもっと広がる。
広がる世界。知らない知識。どこまでも続くように感じる。この道。どこまで行けるだろうか。
山の上にある学校。毎日、必死で坂を上る。
「おはよう。」
「おっす!」
「ユメくん、おはよう!」
「はよ」
歩きや自転車通学の子と挨拶を交わし、駐輪場へ向かう。
大木の陰に、誰かを待っている様子の女の子。横を、通り過ぎる。
「あっの!松渓くん、話。が、した。い。ん。」
裏返った声に呼び止められ、自転車を止めて降りる。
だんだん小さくなる声に、うつむいた赤い顔の女の子。まさか。
「何?話って。」
ドキドキする。これって、告白?期待が高まる。
いつも、俺はいい人止まり。まさか、また。間を取り持ってとか?
「あの、私。蝋飴 艶って。言います。つ、つきあって。下さい!あの、ずっと。好き。だったん。です。」
必死で気持ちを伝えた君の、泣きそうな。可愛い顔は。ずっと、忘れない。
俺に、彼女が出来た!好きだったかと、訊かれたら。違うが、自分を好きだと言ってくれる。
特に、好きな人もいない。女の子と付き合ってみたいお年頃。
艶。エンは、大人しいイメージだった。会話も、最初はぎこちなくて。そんな毎日に、ドキドキした。
君を知るに連れて、君に惹かれ。好きな気持ちは、どこまでも大きくなるんだと。知った。
「エン、。好きだ。」
俺の気持ちに、不安になったエン。涙を流して、『私のこと好き?』と訊いた。
何が、君を不安にさせたのか。そう言えば、まだ。言っていなかった言葉。だった。
君の心が、自分にあるのに満足して。大切な言葉を出さずにいた。
「好きだよ、エン。君だけだ。」
涙を拭う俺の手に、すり寄せる頬が柔らかく。誘われた。
エンは、目を細め。閉じ気味になる。
エンの潤んだ唇に、自分の唇を重ねた。柔らかく、温かい。気持ちいい。初めてのキスに、触れただけで満足した。
「へへっ。」
照れて笑うエン。可愛い君の笑顔が、俺だけに向けられていた。
優しく、抱きしめる。女の子の体が、柔らかく。いい匂いがするんだと知った。貪欲になる自分を、まだ知らない時。
季節は秋へ。
君を自転車の後ろに乗せて走った。しがみつく、小さな手。密着する体に、柔らかい胸が当たる。
俺の彼女、大好きな君。いつも不安になったのは、どうして?
俺はもてない、いい人止まり。君だけが、俺を選んでくれた。その気持ちに、応えているつもりだった。
君が望むなら、他の女の子と親しくしない。感情は、君だけに反応するんだ。
「エン、しっかりつかまっていろ!」
立ち漕ぎで、自転車のスピードを上げる。
「きゃっ、速いよ~!」
無邪気に笑うエンに、嬉しくなる。
川辺に、自転車を停め。夕日を並んで見る。静かな時間。隣にエンがもたれ、熱が伝わる。
君は、確かにここにいた。
「エン、キス。してもいい?」
「訊かないで。」と、目を閉じる。
何度か重ねた唇。
「ん。」
君の反応に、我慢が出来なくて。息の切れたエンの、少し開いた唇に。舌を入れた。ビックリした目に、赤くなった頬。
でも、君は受け入れてくれた。
「ん。んんっ。はぁ。はっ」
可愛い声。
「エン、愛してる。」
「嬉しい。夢幻。好き、大好き。」
草の上、君を寝かせた。息の切れた、色っぽい顔。服の上から、胸に触れた。柔らかい。
エンは赤い顔で、恥ずかしそうに俺を見上げる。少し震えた手で、胸に触る俺の手に触れていた。
【ワンワン。】
【ビクッ!!】
遠くで吠える、犬の鳴き声に。二人はぎこちなく姿勢を正す。
「ふふっ。」
「ははっ。」
ここが、外だと忘れ。2人の世界にいたんだと。恥ずかしさと、幸せに。二人で、照れ笑いをしたよね?エン。
冬。クリスマス。
二人で、夜にライトアップされる公園でデートした。ロマンチックにも、雪が降って。ホワイト・クリスマスだった。
ふと気がつくと辺り一面の雪景色。雪の降る静かな音だけが。二人に響く。
「帰りのバス、止まってる。」
「エン、電車もダメだって。」
二人で必死に、泊まる所を探した。ただその時は、寒さを凌ぐ事だけを考えて。
母に、連絡を入れる。
『あら~。随分、遠出したのね。お父さんの出張で、よく利用するホテルがあるわ。ちょっと、確認するから待ってなさい。』
母は、誰と一緒にいるか訊かなかった。
『もしもし?近くに、○ビジネスホテルがあるわ。部屋、一つ準備してもらったから。夢幻、責任ある行動をしなさいよ?』
静かに電話が切れる。公園のすぐ横だった。
エンの、折りたたみの傘に二人で身を寄せ。ホテルの入り口に着く。
「松渓様、どうぞ。お部屋にご案内します。いつもお父様にはご利用頂き、誠にありがとうございます」
なんだか落ち着かない二人を、自然と案内してくれた。
部屋に入り、温もりにホッとした。
「エン、体温めなきゃ!お風呂、先に入って!」
「でも、夢幻だって。」
時間が止まる。俺たちは、ここで一夜を共にする。
「行って。くる。ね。」
「う。ん。」
君は、お風呂の中。何を考えた?俺を意識してくれただろうか?
俺は、友人から貰ったモノを。握り締める。まだ、俺たちは。そんな仲じゃないと。必死で受け取らなかった。
俺の財布に、隠されていた。電車の切符を買うときに見つけて、どれほど焦ったか。
エン。俺は、責任を取れるわけじゃない。まだ学生。君を養うことも出来ない。養われる側の人間だ。
でも、この気持ちは本気なんだ。君は、俺を受け止めてくれる?
俺の気持ちだけを、押し付けるわけにはいかないから。
「出たよ?」
【ビクッ】
「あぁ。俺も、温まるよ。」
「うん。」
緊張した空気から、逃げる。
湯船には、新しいお湯を入れている最中だった。でも、狭い浴室には。ここに設置されているシャンプーの香りが充満している。
やばい。理性が保てなくなる。換気扇をオンにして、お湯に浸かり。何度も、顔を洗った。
すっきりしない頭に、お風呂上がりのエンの姿。のぼせそうになり、この浴室から出ないといけなくなる。
「っ!!」
ドアを開けた!
今でも、あれが夢だったのではないかと。思う。
あの幸せな時間。ぎこちなく、寄り添い。ベッドに二人並んで。キスをした。抱きしめる君が、少し震えていた。
「エン。やっぱり。ん。」
やめようと、言うつもりだった俺の唇に君からのキス。必死で、俺の口に舌を入れてきた。
「いいよ?」
泣きそうな、でも。可愛い笑顔に嬉しくなった。
初めてで、必死で。君に、優しく出来ただろうか?理性が残っていなかった俺に、記憶のほとんど無いのがどれほど悔しいか。
エン。俺を見つめ、言ってくれた。
「夢幻。好きよ。愛しているわ。」
「あぁ。俺も愛している。」
簡単に出た言葉。
本気だ。愛している。こんなに心を支配するのは、君だけだ。
ずっと。ずっと。




