父の顔、喜んでるよ
「緊張しすぎだって。お母さんは、ただ歩くだけだから」
ウエディングドレスの私よりも、父の代わりに隣に立っている母の方が緊張した表情を浮かべている。
「だ、だって、こんな大役、お母さん、初めてなんだもん」
その強張った顔と裏返った声がなんとも滑稽で私は吹き出してしまった。
ドアの向こうにはバージンロードがあり、その先には晋作君が待っている。
「こんな事になるなんて、思ってもなかった」
「それはお父さんに文句を言うしか無いよ」
インカムをつけたスタッフさんが私と母に指示を送る。私は母に腕を絡ませて、ドアが開くのを待った。
「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「なんで、人を殺しちゃいけないんだろうね?」
私が聞くと、母は肘で私の脇腹を小突いて来た。
「こんな時に何言ってるの、アナタは!」
私は「ごめんなさい」と謝った。
母の緊張は少し緩んだらしく、絡ませた腕から力がスッと抜けた。
「行くよ」
ドアが開き、バージンロードの先に、母以上に緊張して、今にも顔にヒビが入りそうな程、強張っている晋作君がいた。
私の親族側の一番後ろの席に、ムスッとした表情のお父さんの遺影がこちらを見ていた。
「お母さん」
「ん?」
「お父さんの顔、喜んでるよ」
母は「え?」と遺影を見た。
「そう?」
私はクスッと笑って、お父さんの横を通り過ぎ、彼の待つ先まで歩いて行く。