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遺影がない家族

 物事と言うのは大きな岩が坂を転げ落ちていくように、一度動き出してしまえば、あれよあれよと勝手に進んで行ってしまう。

 私のお腹に子供がいるとわかった途端、あれだけ長い事進展が無かった私と晋作君の結婚がすぐに決まってしまった。


 そんな、大きな岩が動いてしまった余波なのだろうか? 

 そのめでたい話の数週間後に父が亡くなった。

 長年、重い病に苦しんでいた訳でもなく、ただ、屋根の上に登ろうとして梯子から落下したのだ。


 私は急遽、実家に戻り、母と葬式の準備をする事になった。

 その準備の最中、一つ大きな問題が生じた。遺影に使う為の父の写真が見つからないのだ。

 家にあるアルバム、パソコンに保存されているフォルダを探しても父の写っている写真がどこにも見当たらなかった。

 今思えば旅行に行った時も何かの記念の日でも、父はいつもカメラを構え、私とお母さんを撮影し、自分がそのフレームに入っていた事は殆どなかった。


 真面目で堅物な性格だったので、SNSなどに写真をアップもしていなかった。


「お父さんのスマホの中は?」


 私が母にそう言うと、母は体をビクッとさせた。

 それが最初の違和感だった。私としては良いアイデアを振ったつもりだったのに、母は何故か嫌そうな顔をした。


「どうしたの、お母さん?」


 私が尋ねると母は苦笑いを浮かべた。


「し、死んだとは言ってもね、お父さんにだってプライバシーくらいあるんだからさ……」


 母の返事は何故か歯切れが悪かった。


 私だってもう子供じゃない。どんなモノが出てきても大抵は「男性はそう言うもの」と見て見ぬふりをする思考回路くらいは持っている。


「このままじゃ、祭壇に写真無しでやる事になるよ」

「でも……パスワードだって分からないでしょ」

「そんなのスマホ会社持ってけば、解除して貰えるから」


 この忙しい時に煮え切らない母の態度にイラッとした。


 その後、母が自分のスマホから出してきた父の写真は横顔だったり、若過ぎたり、どれも使えるモノではなかった。


 もう埒が開かないと、母に黙って勝手に携帯会社に父のスマホを持っていく事にした。

 店員さんにスマホのセキュリティを解除してもらうと、フォルダに使えそうな写真が何枚か見つかった。

 一通りの写真を見たが、母が遅れているようなスキャンダルになるものは見当たらず、せめて存在するのが同窓会か何かで顔を真っ赤にして旧友と写っている父くらいであった。

 相変わらず堅物で真面目な父。

 死んで時効なのだから、職場の若い社員やキャバクラの女の子とのツーショットくらい出てきたら良かったのに……今思えば、父は毎日定時に帰って来て、私たちと夕飯を食べた後は一人、ソファで読書をしていた。

 

 そんな不埒な事をしている暇などなかったか……


「ん?」


 と、父のスマホの中を弄っていると、アプリの一覧に他とは異彩を放っているアイコンが一つあった。

 堅物で面白みのないこのスマホには似つかわしくない、黒と赤と紫で禍々しい模様が描かれたアイコンだった。


「なんだ、これ?」


 ホーム画面には出ておらず、アプリの一覧の一番下の方に隠されたように置かれていた。


『same boat』


 アプリを開くと、中学生のTシャツで見るようなフォントで、そう書かれているサイトが出てきた。

 後で調べたら、『in the same boat』で「一蓮托生」の意味になるそうだ。


 しかし、アプリを開いて数秒で、セキュリティソフトが起動し、アプリは強制終了された。

 それから何度やっても、アプリを開く事はできても、数秒で強制的にシャットダウンされてしまう。


 何か怪しいアプリなのだろうか?

 しかし、いやらしい目的のモノでも無さそうだが……使用目的が全く分からない。


 その後、家に帰りアプリストアで検索してみたが『same boat』なんてアプリ、どこにも見当たらなかった。晋作君にも探してもらったが「そんなアプリ、聞いた事もない」と首を傾げて言われた。

 海外のアプリの可能性もあるので、インターネットで検索をかけてみたが、そんなアプリどこにも出てこず、翻訳機能が『一蓮托生』と訳してくれただけであった。


 なんで、お父さんがこんな変なアプリを入れてるんだろう?

 モヤモヤしていた翌日、父の葬式の前日の事だった。

 一通りの準備を終え、明日に備えて寝ようとしていた時、晋作君から突然電話がかかって来た。


「さゆりちゃん。今、大丈夫?」


 電話の向こうの晋作君の声は、少しだけ早口で焦っているようだった。


「大丈夫だけど、どうしたの?」

「あのアプリの事、僕の友達にも聞いてみたんだけど……」


 そこで晋作君は口を継ぐんだ。


「どうしたの?」

「いや、そのお葬式の前日にこんな話するのもアレなんだけど……どうする?」

「そんなの言われたら余計に気になるよ。ネットで検索しても出て来なかったんだけど、あのアプリ有名なの?」


 私が尋ねると、晋作君は電話の向こうで考え込んでしまった。


「有名と言えば、ある意味、有名って言うか……」

「歯切れが悪いなぁ。明日早いんだから、早くして!」


 優柔不断というか、一歩踏み出す勇気がないというか、なかなか結婚に踏み込めなかった彼の悪い所が出て、私は少しイライラした。


「さゆりちゃん、ダークウェブって知ってる?」

「まぁ、解説動画で見た事はある」

「あのアプリってスマホが出来てスグくらい、僕達が生まれる前にあったアプリらしくて、その……ダークウェブ上に存在していたらしいんだよ」


 え……


 彼の言葉で、私の頭の中は一瞬で真っ白になってしまった。

 私が見た解説動画によれば、ダークウェブは麻薬とか拳銃とか、違法なものを悪人たちが取引するのに使う、この世の闇の塊の様な所だ。


 なんで、そんなところでしか流通していたアプリが、お父さんの、あの筋金入りの堅物人間のスマホにあるんだろうか?


「今はセキュリティが進歩してるから、そんなダークウェブなんてスグに摘発されちゃうんだけど。

 その頃はそう言う裏のアプリみたいなのがいっぱい流通してたらしいんだよ。それで『same boat』はその一つなんだって」

「そんな、ダークウェブって、何をするアプリなの?」

「それは……」


 そこで晋作君はまた口を濁した。


「こ、これはあくまでも噂だからね」

「前置きが長いって、早く言ってよ」

「あのアプリは今で言うマッチングアプリの類らしい」


 マッチングアプリ?


「え? お父さん、浮気してたって事?」

「いや……」


 晋作君が小声でボソッと「その方がマシかも」と呟くのが聞こえた。

 その声を発端に私の心臓がゾワゾワと動き始めた。


「あのアプリは、交換殺人をする相手をマッチングする為のアプリなんだって」

「交換殺人……」


 真面目で堅物な父の顔が頭をよぎる。

 ハシゴから落下して間抜けな最後を遂げた父が頭を過ぎる。

 家でいつも本を読んでいた父が頭を過ぎる。


「お父さん、人を殺した、って事?」

「さ、先走りすぎだって! アプリがあっただけでしょ?」

「でも、そんなアプリがあるって事は……そう言う事でしょ」


 晋作君は間髪入れず「まだわからないよ!」とかフォローもしてくれず、しばらくの間、無言になってしまった。


「ま、まだ分からないし、あくまでもソイツが言ってるのは都市伝説みたいな噂だからさ。ただの悪戯で作ったアプリかもしれないし」


 どんな言葉を並べたって、その前の数秒の沈黙こそが彼の本音だ。


 あのアプリを見た時のゾワっとした違和感。

 晋作君のリアクション。

 いっそ、ストレートに「そう言うアプリだ」と言われた方が溜飲がさがる。


 父は誰かと交換殺人をしたのか?


 その後、晋作君が友人から聞いて来た『same boat』についての記事があるサイトのURLを教えてくれた。

 電話を切って、スグにそのサイトにアクセスすると、伝説のアプリとして

『same boat』が紹介されていた。

 そこに表示されていた『same boat』のアイコンは、私が父のスマホで見たそれその物だった。


『交換殺人マッチングアプリ「same boat」』


 交換殺人をする相手とマッチングする為のアプリ。


 入会金はイタズラ目的を排除する為、三百万円。


 入会し、自分の情報と殺したい相手の情報を入力すると、運営から交換殺人に適した相手がマッチングされ、運営が殺害方法まで提示してくれる。


 運営が考えた殺害方法で交換殺人を遂行する。


「え?」


 その後に書かれていた記事の文章を見て、私は心臓が抉り取られるような大きな衝撃でドキン!と鼓動した。


『その後。交換殺人をした相手とは、双方の逃亡、または警察への自首や垂れ込みしないように監視する目的も込め、交換殺人から二年後、警察の捜査の手が緩んだ頃に結婚しなければならない』


「もし、その後、離婚……または別居などの形跡が見られた場合、『same boat』を退会した場合……殺人の証拠になる情報は運営から警察へとリークされる……」


 手の震えが収まらず、私の持っていたスマホは私の両手をすり抜け、布団の上へと落下した。


「お父さんの交換殺人の相手は……お母さん?」

 









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