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ローンウルフとピンチ

 男が交代で見張りをしようと言い出したアドルフに賛同し、交互に火の番をする事になった。


 夜はとっぷりとふけて、夜空の星が瞬く。

 パチパチとはぜる乾いた薪の音。

 木々を揺らす風が顔に当たって、薪の炎で火照った頬を冷ましてゆく。


「向こうに居たときはキャンプなんかしたこと無かったけど……これはこれでいいもんだなぁ」


 酒を飲んでワイワイ騒ぐような遊びばかりで、ぼっちキャンプなどが流行っていると聞いても鼻で笑うばかりだった。

 しかし大学を卒業し、彼女と別れたあとは自然とぼっちになったわけだけど。

 執筆と称して部屋から出ることもなく、一日中電源を落とされる事の無いパソコンが発する、低い起動音ばかり聞いていたのを思い出す。


「たまには外に出て、誰にも迷惑かけずにこうやってゆくりしても良かったのかもしれないなぁ」


 そういえばスマホを持ってきていないことに今さらながら気付いた。

 あんなものよりもこの世界は刺激的だ。

 SNSの書き込み、自作の評価に一喜一憂していたのが馬鹿馬鹿しく思えたりする。


 俺は唯一この世界に持ってきた、自分の世界との接点である手帳を開いてみた。

 これだけが元の世界と俺を繋ぎ止めてくれているアイデンティティ。


「なんじゃこりゃ!?」


 黄昏(たそがれ)ている自分に酔いながら、パラパラとページを(めく)っていると、昼間に書いた文章が消えていた。

 設定としてこの世界に反映されたとしか思えない。


 しかし、全てが消えたわけではなく。

 ”込めた生き物”という文が残っていた。


 昼に書き込んだのはスライムの生態についてだったわけだが。後半部分はそのまま残っている状態だ。

 文字数に制限があるのだろうか?


「ああ、くそ。前半部分なんて書いたかな……」


 確か、スライムがゴールドを落とすことに整合性を持たせたいと思ったから”光るものが好きで集める癖がある”と書いた筈だ。

 あとは、あれがゲームのアイコン的な存在ではなく、生物として考えて設定した言葉の後半部分が残っているようだった。


「たしか”核の回りに水分を集める”……とかなんとか、だった気がするんだが、それだと消えたのは三十文字くらいかな」


 何がきっかけかはわからないが、一度に三十文字程度の文章ではこの世界を書き終えるのにいつまでかかるというのだろうか……。

 何となく途方も無さを感じて天を仰ぐ。


 漆黒の空に焚き火で照らされた木々の葉の裏が、風にそよいでザワザワと(うごめ)いた。



────カランカラン!


 その音が示すのは、予言していた内容。


「ローンウルフだ!!」


 叫ぶと同時に焚き火から松明に火をうつし、3本分の明かりを作成する。

 それが準備できた頃には、他の二人も起きて回りに気を配っていた。


「マジか、当たるもんだな予言ってのは」


 ちょっとした嫌味も今は焦りの方が強いように感じる。

 ウルフはスライムとはものが違うからだ。

 しかもそれが彼らの主戦場である森の中であり、数も分からないとなれば尚更だろう。


 とはいえ俺は存外落ち着いていた。

 何せ俺が書いた物語なんだから、この先勇者が覚醒して真の力でババーンとやっつけてくれるのを知ってるからだ。


 自然と背中合わせになり、各々が視界の中の敵を探す。

 鳴子は時折音を鳴らし、その辺の草がガサガサと動く。


  相手が茂みに隠れれいるので、正確な頭数が把握しづらく、何処から襲ってくるかも分からないため、余計に緊張してしまうのか。


「いっそ草ごと燃やしちゃえばいいんじゃない?」

「あっ、それもそうですね」


 俺の提案にローラレイが二つ返事で乗る。

 出てくるのを待ち構えて包囲されるよりも、手っ取り早いだろう。

 しかし勇者は慌てた顔で振り向いた。


「待て! 魔法は……」

「えっと、これかな。ファイアーサークル」


 瞬間炎が立ち上ぼり、一瞬で自分達を取り囲んだ。

 半径は十メートル、火柱は五メートルも上がるという大火災の中心に自分達が居る状況ができあがった。


「あれ?」

「あれじゃねぇ! また適当に魔法唱えただろ!」


 まぁアドルフが怒るのも無理はない。

 本来なら指定地点から半径数メートルを炎で囲む魔法で、相手を囲んで動きを制限するのに使うことが多い。

 敵の位置、円の半径、炎の大きさ等の細やかな魔力操作が必要な魔法であるにも関わらず、ローラレイはそれをいい加減に唱えた。


 そのせいで包囲網を狭めていた数匹のウルフ達共々炎の壁の中。

 彼らも退路を経たれたことで狼狽えては居るが、落ち着き次第こちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。


 アドルフは舌打ちをしながらも、まだ状況を把握できていないウルフに斬りかかった。

 不意打ちに近いそれは、一頭の後ろ足に当たり鮮血を(ほとばし)らせた。


 仲間がやられたことで、状況把握よりも敵意をむき出しにして他の仲間が唸るのが聞こえる。

 茂みから出てきたウルフは4匹。

 ちゃんと戦えるのはアドルフだけか。


 俺はパーカーを脱ぐと、左腕に巻き付けた。


「見よう見まねだけど、取り敢えずこれで……」


 ローラレイの前に出た俺に早速一匹が飛びかかってくる。

 左腕を前に出して、パーカーを噛ませるとそのまま地面に押し付けてやった。

 しかし、しゃがんだ俺の首筋めがけて他のウルフが迫って来る。


「早くやれ!」

 俺に罵声を浴びせながら、アドルフが剣の腹でウルフを弾きとばす。


 押さえつけた一匹を、持っていたひのきのぼうで殴り付けると、気絶したのかもう動く気配がない。

 戦闘で役に立つとは思っていなかったので、少しテンションが上がる。


「ははっ、予言者舐めんなよ!」

 俺は立ち上がり、棒を構える。

 この状況ならなんとかなりそうだな。

 俺がそう思ったのに対して、アドルフの表情は固い。


「どうした、俺も戦えるしいけそうだよな」

「ばか野郎、あれが見えねぇのかよ」


 アドルフの視線の先を追う。

 ファイアーサークルが解除されたことで、もう火柱は上がってないものの、茂みに燃え移った炎がぱちぱちと燃えている。


 その奥に、何匹ものウルフの目が光っていた。

 炎の輪の中に居たのはほんの一部だったようだ。


「炎が落ち着き次第襲ってくるつもりだろうな……ざっと十匹はいるんじゃねぇか?」


 アドルフの声に緊張が見える。


 一瞬でも楽天的に感じていた自分を恥じる。


「もう一回、魔法を……」

「時間稼ぎにしかならねぇよ。下手したらこっちが動けなくなっちまう」


「じゃぁ、触れて発動する身体強化魔法なら!」

 いつものすっとぼけた感じが消えたローラレイが、魔法を唱えてアドルフを強化した。


「そうか、これなら対象を指定しなくても掛けられるな」

 そこに勝利の兆しを見たのか、少しだがアドルフの表情が緩む。


 それと同時に、目の前の茂みが燃え果て、枝ごと地面に倒れたことで導線が開いた。

 それを見逃すウルフではなかった。

 一列になって輪の中へ突入してくる!


 アドルフが必死に止めようとするが、一人では限界があるのか、一匹が横をすり抜けてきた。


「こんにゃろめ!」

 そこに渾身のひのきのぼうが炸裂した。


「やるじゃねぇか」

 上から目線のアドルフに、軽口を叩きたいところだが状況は芳しくない。

 相手は距離を置き、ひとかたまりになっている。

 どうしようかと悩んでいたその時。


「うっ!」


 小さな呻き声が背後から聞こえる。

 炎の壁が崩れ、他の場所から一匹のウルフが入り込んできていたのだ。

 それは無情にもローラレイの脇腹辺りに噛みついていた。


 頭で考えるより早く、ひのきのぼうでウルフを叩き落とす。

「ギャワン!」

 悲痛な叫び声と共に転がるウルフを尻目に、力なく座り込みそうになる彼女を受け止める。

「ローラレイちゃん!」


 呼び掛けるが返事はなく、傷口からは夥しい出血が。

 俺は急いで腕に巻いていたパーカーをはずすと、傷口に当てた。


「まずい、かなり傷が深いよ……」

 そう言いながら振り向いた俺は、次の瞬間青ざめ言葉を無くした。

 アドルフにも狼が一気に飛びかかったのだろうか、さばききれなかったようで、腕や足に狼が取り付き踠いている。

 それはもはや戦いではない、ただの足掻き。


 一瞬の油断だった。

 もっと背後に気を配っていればこうはならなかったかもしれない。

 いや、むしろここにウルフが出ることは知っていたんだ、遭遇を避けることだって出来たかもしれない。


 俺が書いた物語なのに。

 全然俺の思い通りになんてなりはしない。


「あれだ! 真の力だ、アドルフ今こそ真の力を……」

「そんな……ものは、無ぇ!」


 腕に噛みついていたウルフを剣で貫き、切り捨てたアドルフが、一瞬だけこちらを向いた。

 その目はウルフへ向かう闘争心とは別の、弱者に対する侮蔑の炎が燃えているように感じた。


「俺たちは持ってるもんだけで戦うんだ、急に神様が助けてくれたり、都合良く奇跡なんて起こらねぇんだよ!」


 叫びながら飛びかかるウルフを両断するも、片ひざをつく。

 運命が彼を飲み込もうとしているのが分かった。


「持ってるもんだけで戦うっても、俺は何ももってやしない……」


 そんな俺の視界に手帳が写り込む。

 きっと腕からパーカーを外した時に、ポケットから落ちたのだろう。


「俺が持ってる力!」


 手帳を手に取るとページをめくる。

 何故かさっき残っていたスライムの記述が全て消えている。


「今なら力が使えるのか!?」


 俺は手帳に挿したペンを引き抜くと、一文を加えた!





────朝日が木漏れ日になって顔を照らし、眩しさに眉間をしかめる。

 この世界の起床は大体こんな感じなのか? 等と考えていると。


「ほら出発するぞフミアキ」

 一足早く起きたアドルフが、面倒臭そうに声をかけてくる。


「お寝坊さんはだれかなぁ?」

 対照的に楽しそうなローラレイ。


 そんな明るい雰囲気に、俺は恐る恐る声をかける。

「昨日の夜の事は覚えてないのか?」


 手帳に文字を書き込んだあと、急にウルフは消えた。

 ローラレイの傷も、アドルフの傷も消えていた。

 俺は二人を夜営していた場所まで運んでから、夜を明かしたのだ。

 不安か興奮か、良く分からない感情で朝まで起きていたのだが、いつの間にか力尽きていたようだ。


「昨日の夜? ああ、ローンウルフが来たからやっつけたよな……まさか、あれしきの事で寝不足だなんて言い訳するつもりかよ」


 鼻で笑うアドルフにあの惨劇の記憶は無いようだ。


「苦戦したよな」

「っても一匹のウルフに対して、ローラがファイアーサークルなんて使うから大変だっただけで、敵自体は大したことなかったじゃんかよ」


 俺はようやく安堵した。

 口から勝手に溢れてくる笑いが止められなかった。


「あ、はは、はははは」


「げっ。こいつ気持ちわりいな」

「予言者さんは自分の予言が当たって嬉しいんだよねぇ」


 元気なローラレイが楽しそうにはしゃぐ。


「ノーカンだノーカン! 確かにローンウルフは出てきたが、一匹だったじゃねぇか。苦戦もしなけりゃ、その、なんだ? 真の力ってのも現れなかっただろうがよ」


 この嫌味な言葉すら少し嬉しく感じてしまう。


「ローンウルフなんだから”群れでは行動しない”だろ?」


 手帳に書き加えた設定を思い出しながら、笑顔でそう答えた。

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