経験値と呪いの館
俺は一枚の紙切れを持って、ある屋敷の前に来ていた。
「これが、ミルドリップさんが紹介してくれた呪いに詳しい人の家か」
っぽい。と思わせるような雰囲気を醸し出すその屋敷。
門を抜けた庭に、阿鼻叫喚というタイトルをつけたくなるような悲痛な顔の人間の石像が並び。
奥の屋敷も蔦が絡まり、所々破損している部分も見える。
「むしろ呪いをかけられそうな雰囲気なんだが」
石像と目が合わないように小走りに館へ近づくと、ノックをする寸前にドアが開いた。
「ひぃっ」
と、声を上げそうになるが我慢する。
扉は開いたが、誰も居ないのだ。
「なんじゃお前は」
突然足元から声が下ので視線を下げると、可愛いウサギの人形がドアを開けていた。
「あっあの、公認鑑定士のミルドリップさんから紹介状を頂きまして」
その言葉を言い終えたが反応が無い。
無言────
この間がなんとも気持ち悪い!
不安になりそうなタイミングでウサギがしゃべる。
「分かった奥で話そう、付いてこい」
もうね雰囲気怖すぎて、この可愛いウサギのぬいぐるみだけが癒し……
「ひぃぃいい!」
今度はちゃんと声が出た。
可愛いウサギが案内するために歩き出した際、背中から綿が出ておりズルズルと引きずっていたのだ。
しかもその綿が真っ赤で、まるで……
「帰ろうかな……」
と呟いては見たものの、自分の状況的にこのままでは色々と困ってしまうのを思い出すと、ため息をついてウサギについていった。
綿引きずりウサギは玄関から左手の応接室らしき部屋に入っていったので、それに倣う。
部屋の四隅は棚で埋め尽くされており、謎の生物の骸骨や、謎の組織が入った謎の瓶など、全体的に謎な物が所狭しと陳列されている。
「どれ、紹介状を見せてみろ」
テーブルを挟んで向かい側に、老婆が座っている。
さっきまでそこに居ただろうか?
考えても仕方ないので懐から紹介状を開いて渡す。
足元でウサギが椅子を指し示したので、俺も向かい側に座ることにした。
紹介状を読む老婆をじっと見続けて数分。
そんなに長い内容ではなかったはずなんだが、じっと動かない老婆を見ていて、こちらが不安になりかけたところで声を発した。
こういうタイミングの心理戦なのかと思うくらい俺の心は揺さぶられる。
「いいさね、じゃぁ手帳を見せとくれ」
手帳の事は話した覚えはなかったが、それを見抜いたという所に俺は賭けることにした。
すぐに手帳を取り出すと、今度は逆に老婆が驚いているではないか。
「なんという、なんという経験値の集合体ぞ!」
「それはどういう」
「そうか、お主らは見えておらんのだな……では目を貸しなさい」
目だけを貸すことはできないので、テーブルに両手をついて、顔ごと前のめりに近づいた。
老婆が目蓋を撫でると、その手から暖かいものが流れ込んでくる。
痛くもなんともないので、そのまま目蓋を開くと、光が手帳を持っている右手から発せられていることに気付いた。
恐る恐るそちらを見ると、手帳が見えなくなるほどに小さな黄緑色の球体が無数に取りついている!
「なんだこれ!」
気持ち悪さに手帳を放り投げると、その粒も手帳を追って纏わりついて飛んでゆく。
「悪いもんじゃないさ、お前さんが得た経験値が、なぜかこの手帳に集まっとるようじゃの」
そう言ってひょいと手帳をつまみ上げると熱心に手帳を観察し始める。
「それじゃぁ俺が強くなれないのって……」
「そうじゃの、この手帳に奪われているんじゃろう」
この手帳だけが俺の唯一の武器だと思って大切にしてきたのに、まさか俺の成長を阻害していたなんて!
この手帳があればきっと世界を変えられると思っていた。
だからこそショックは大きい。
手放すべきなのか?
俺は奥歯を強く噛んで思考する。
「何事にも理由があるもんじゃて、どれ、この不思議な手帳について分かることをワシに聞かせておくれでないかい」
先程までとは少し違った優しい声色で老婆がそう言う。
ゆっくりとした動作で席に座ると、同時にウサギが紅茶をテーブルに置いた。
手を伸ばしてギリギリの高さなので、端っこの方にだが、可愛いウサギが一生懸命それをしていると少しなごむ。
綿さえ出ていなければもっと可愛いのに。
俺も椅子に腰かけて、老婆に向かい合う。
「俺の名前は入間文章。この世界を書いた作者です」
この老婆には全てを語ることにした。
この世界で手帳がどんな役割を果たしているのか。
自分はこれから何を目指しているのか。
一つ一つ丁寧に話す間、老婆は身動き一つもせずに話を聞いていた。
「──っとまぁ、これで大体は伝えたと思います」
こっちに来て誰にも語らなかった内容だったが、語り出すと止まらなかった。
一言一言にちょっとずつ肩の荷が下りるような感覚があって、やはり秘密や悩みは一人で抱えるものではないと改めて思う。
「そうか、そう言えば名前を名乗って居なかったのう、私はドロミー。18歳のピチピチ乙女じゃ」
「どこがだ」
つい突っ込んでしまった。
もしかしたら魔法で老婆の姿に変えられたかもしれないし、これはドロミーの本体ではないのかもしれない。
ここはファンタジーの世界なんだぞ。
「ヒッヒッヒ冗談じゃ」
冗談かよ。
まぁよくある流れですよね現実だと気にも止めませんが。
「して、この手帳は世界の設定を書き換えることができる代物なんじゃな?」
本物のじゃの使い方に感心しながら、俺は頷く。
「はい、いくつかの制限があるようで、まだ解明していない法則があるようです」
「その法則とやらを解明することで、この経験値の謎も解けるのではないかの?」
「可能性はありますね」
俺は顎に手を当てて思考を巡らす。
「今分かっていることは、自分の近しい人間が睡眠中、もしくは変化を認識できないタイミングで発動すること。もう一つは改編されない設定も存在するということでしょうか」
ワインを運んだ際に、少し先に進んだかと思えたこの手帳の謎の解明は、実のところ手詰まりに近かった。
違う視点でこれを考えてくれる人間がいるのは心強い。
「変化の際気になったことはあるかの?」
そしてこの老婆もそれに一生懸命に向き合ってくれているようだ。
「はい、設定が途中までしか反映されていないものがありましたね」
「それはまだ残っておるのか?」
「そのあと何かの切っ掛けで反映されたようですが」
スライムの設定が途中まで反映されたこと、そしてピンチになったローンウルフとの戦いの最中、反映されたことを伝えた。
それ以外で途中で反映されない事件は起こっていなかったため、あまり気にしないことにしたのだが。
ドロミーはなにか引っ掛かることがあるらしい。
「何にせよ実験をするのであれば夜でないといけないのじゃろ?」
「そうですね、検証はいつも夜にやっています」
「ではまた夜に来るがよい」
「お断りします」
俺は笑顔で即答した。
「なんでじゃぁ、この流れはやる方向じゃろうが!」
「夜にこの家に来たくありません」
昼間だったからまだ我慢できたが、夜にこんなところに来たらイチイチ怖すぎて実験どころじゃないっての!
「別に取って食ったりせんじゃろうが」
俺の力になりたいのも半分、好奇心も半分あるのか、食い下がる老婆。
でもさやっぱりここは気持ち悪い、もうあの骨とか今にも動き出しそうだし。
……っていうかよく見たら動いてるわ。
「無理ですね」
そのあとごねる老婆が、近くの安宿を借りてそこで実験するのを提案するまで俺は笑顔で拒否しまくったのであった。