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旅の支度と不思議な夜

 ヒリヒリと痛む頬を押さえる男二人。

 ローラレイはほっぺたを膨らませて、明らかに怒ってますよという雰囲気を醸し出すので、取り敢えず黙っておこうと思う。

 もちろん可愛い。


「明日出発するんだから、足りない装備を整えに行きたいんだが」


 アドルフがローラレイの気をそらすかのように話を変える。

 いやいや、そんなに簡単に……


「あ、そうだったわね、行きましょう」


 簡単に気がそれた!

 まぁ膨れっ面の爆弾を抱えたままにはしたくないんだけどさ。それにしても感情が急転回しすぎてついていけないんですが……。


「ついてくるなら、お前の装備も買わないとな」

 アドルフがそう言って俺の方を見てくる。

 先程の予言(?)が彼の信用に値したのだろうか、俺の服装を見てそう話しかけてくる。

 確かに、俺の装備は……スウェットズボンにパーカー。それだけ! これではモンスターと戦うのも難しいだろう。


「すまん、恩に着る」

()()ってのは止めたのか?」

「やめた、めんどくさい」


 と、そんなわけで王様から貰った旅の資金を使って防具を揃えることになった。



「防具屋の親父、防具をくれ」

 アドルフがぶっきらぼうにそう言うと、防具屋の親父は俺を見て、適当なものを見繕ってくれた。


 布の服、布の靴


 それスウェットと何が違うの?

 布の靴とか、俺がいま履いているシュンソクよりダサくない?


「まぁこれが妥当だよな」

 アドルフは納得したように言うが、俺は全然納得できないんだけど?


「おいおい、要らねぇよ、クーリングオフしろよそんな糞装備」

「まぁ防御力はほとんど変わんないか、この辺はモンスターも弱いからな。邪魔したな防具屋のオヤジ!」


 結局、防具屋では何も買わず。

 っていうか布の防具だけで、この防具屋は経営出来てるのか? 布の服ってただの服屋とどこが違うんだよ。

 そういや町の人間に防具屋のオヤジって呼ばれてんのかよ、名前はどうした名前は。あ、俺のせいか。


 という俺の自問自答の間に、すぐ隣の武器屋へと到着する。


「武器屋のオヤジ、こいつの武器を見繕ってくれ」

 先ほどとかわらない口調でぶっきらぼうにそう告げるアドルフ。


「あいよ」

 そういって取り出したのは『ひのきのぼう』。


「待ってくれ、素材はさておきその辺で拾えないか?」


 俺の疑問にアドルフは真面目な顔で答える。


「ああ、でもあれは敵を叩くものではないんだ」

「叩こうと思えば?」

「叩こうと思うな」


 えっ、なんでこんなに(かたく)ななの?

 もちろんローラレイも真面目な顔をして、アドルフの肩を持つ。


「包丁でも人は刺せるけど、刺して良いって思う?」

「あ、いや、ダメですね。倫理的に」

「その場合はレベルをあげて、この対人用のものを使わなくちゃだめよ」

「うわぁ、それなら子供が真似できなくて安心だぁ」


 ってそんなわけ無いだろ!

 とは思うが、この世界ではこれが当たり前なんだろうか……書いた本人が知らない設定って何?


 少しこの世界に不安が出てきたんですけど。


 仕方なくひのきのぼうを買って、俺の装備は終わり。

「あとは、薬草を買って。それで王様からの支度金はちょうど使いきるかな」


 すみません、棒なんて買わせちゃって。

 それにしても棒一本と薬草買ったら終わる支度金って、王様は勇者をバカにしてんの?


 っていうかすみません。

 俺が100ゴールドとか適当に書いた気がします。



 明日の用意があると言って、俺たちの女神ローラレイちゃんは家に帰っていった。といってもお隣なんだけど。

 なので男二人、特に話をするでもなく、アドルフが出してくれたパンを食べた。

 会話らしい会話もないまま、アドルフは空いている部屋を俺にあてがってくれた。


 まぁ、テレビもねぇ電気もねぇ車も走ってねぇような世界観で、夜やることなんてあるわけねぇ。

 おらならこんな村嫌だ!


 っとまぁ。やることもない俺は、ランプに火をつけて、テーブルと椅子に座り、今日一日を思い出していた。


 何となくだけど、ベッドに潜ってしまうとこの夢みたいな変な体験が終わって、あの退屈な日常に戻ってしまいそうな気がして、横になれなかったってのもある。


「ああ、わちゃわちゃしてたけど楽しかったなぁ」


 頬杖を付き、最初は違和感の有った、素板張りの壁を見続ける。


「俺が作った世界で、あいつらこれからどうなるんだろうな」


 本当は知っていた。

 最初は弱いモンスターに手こずる彼らも、やがてはたくさんの仲間、積み重ねた時間が、彼らを大きく成長させてゆく。

 そして最後には、魔王を討伐するってことは。


「それにしても、ローラレイちゃん可愛いよなぁ」


 勝手に口許が緩むのを感じる。

 自分の妄想の産物が、可愛くないわけがない!

 好きを詰め込んで、煮詰めたようなキャラなのだから仕方ない。

 実際に会ってみると、煮詰めすぎて少し焦げてしまった感じもするが……ビターな部分も可愛く思える。


「完璧だった」


 俺は腕組みをしてうんうんと一人頷いた。


「だけど、アドルフはいまいちだったなぁ」


 確かに思い描いていた通りかもしれないが、存在感が薄い。

 実際に今振り返っても、髪型も顔の特徴もあんまり思い出せない。

 中肉中背みたいな普通の体型に、醤油でも塩でもソースでもない普通の顔。


「こりゃぁ帰ったらテコ入れしなきゃいけないな」


 彼も主人公なんだし、もう少し特徴的でも良かったのかもしれない。これは少し反省だ。

 俺はパーカーのポケットをまさぐった。

 ネタを忘れないために持ち歩いている手帳も、一緒にこの世界に来ていたようだ。


 今日ベッドで寝て、万が一現実に戻ったとしても、一緒にこっちに来た手帳なら現実に持って帰れる可能性は高い筈だ。


「アドルフの特徴を付け加える……と」


 挟んであったボールペンで書き加える。


「あっ、そうだ、この壁板もなんか気持ち悪いよな」


 この世界に飛ばされて、最初の違和感であった建材。

 床も壁も天井も、材料の名前もわからない木の板らしきもので作られている。


「考えてみれば、あいつらの家に関して書いた記述は無かったよな。なんとなく木で出来ているという印象くらいで」


 俺はメモ帳に少し細かくメモを取る。


「床の板はもう少し分厚くて固い木材がいいよな。天井はまぁいいけど、梁がないのって建築的にどうなんだろう?」


 昔のおじいちゃんとかが住んでいる家をイメージしながら書き加える。


「壁の板は厚みとかより節の少ない綺麗な板を使えば、勇者の家っぽくなるんじゃないか?」


 俺はノッてきた。

 だってさ、元々俺は書くのが好きなんだ。


 こんなふうに、何もやることない夜を……

 一人でいたら自分の存在が消えてしまいそうな夜を……

 現実世界で乗り越えるために始めた、小説を書くという行為。

 それに何度助けられたことか。


 気付けばびっしりとこの家の設定を書き込んでいた。


「……アドルフは子供の頃、天井板の節が顔に見えるようで、寝る時はいつも毛布を被って寝る癖がついた……と、よし」


 俺は夢中になって机にかじりついていた体を起こし、背伸びをした。

 こわばっていた筋肉がほぐれるちょっとした快感に思わず声が漏れる。


「うぅううんん……うん!?」


 その唸り声は、最後を謎の疑問符に支配された。


 目の前には壁がある。

 正確には先程までただののっぺりとしたものが。

 柾目(まさめ)の木目が見える美しい板に変わってそこにあった。


 次いで俺は天井を見ると、先程までは無かった梁が通してあり、天井は少し高くなっていた。

 それを良く見ようと立ち上がった俺は足元にも違和感を感じる。

 床板は分厚く、踏んでもギシギシ言わない。

 それどころか、長年ここに住んでいる者の生活感というか……例えば椅子を引いた跡や、物を落として凹んだ傷が、ランプの揺れる炎で確認できる。


 明らかに、さっきまで居たチープな部屋とは違って見えた。

 俺は急いでその部屋を出ると、隣で休んでいるアドルフの部屋の扉を開けた。


「アドルフ! 部屋がおかしいんだ!」


 アドルフは青い毛布にくるまって寝ていたが、俺が飛び込んだことで目を覚ましたらしい。


「なんだよフミアキ。夜くらいおとなしく寝ろって」

「そんなこと言ってる場合かよ、回りを見ろ回りを!」


 この部屋の壁や床も、さっきの部屋と同様に変化している。

 ずっとここに住んでいるアドルフであれば、その差は一目瞭然(りょうぜん)だろう。

 しかし彼は眠い目をこすり、俺の持ってきたランタンに照らされた部屋を見渡しても、特に変化を気にする素振りはなかった。


「わかんないかな、ほら、天井だって高くなってるし、壁には木目もあるんだぜ?」


 俺はづかづかと部屋に乗り込むと、壁の木目を指でなぞって見せる。


「いや、木で作った家なんだから、木目くらいあるだろ。意味わかんねぇよ。どうせ天井の木目が顔に見えて怖いとかそういうやつだろ?」


「それお前じゃん!」


 渾身の突っ込みに対しても、アドルフは俺を頭のおかしなやつだと決めつけるように、手で追い払う仕草をするだけだ。


「明日は俺の冒険の始まりの日なんだぜ? 人生で一番大事な日になる……マジで寝かせてくれ」


 そう言って布団に潜り込んでいった。

 確かに、彼にとって明日がどんなに大事な日であるのか。

 それは俺が一番わかっているつもりだ。

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