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勇者とスリーサイズ

 青年は剣を構えると、恐ろしい殺気を向けてくる。


 俺は知っている。

 この青年は物語の主人公。

 アドルフ=フォン・ハルデバルド。

 名前に意味はない。ただなんか格好良さげな響きで付けた。


 ゆくゆくは世界を救う彼が、ドラゴンをも殺しそうな勢いでこっちを睨んでいる。

 きっと彼のこの衝動は俺を殺すまで止まることはないだろう!


「ちょっと待ってくれ! 何か誤解がありそうだ……」

「問答無用ぉ……おぉ!?」


 バチン!!


 止まらないかと思った勢いが、ローラレイの平手打ちで急ブレーキをかける。

 アドルフは頬を押さえたまま、狼狽うろたえていた。


「えっ、ローラさんこれはどういう」

「理由も聞かずに剣を振るうのが勇者なの?」


 先程、観音様よりも和やかな笑顔を見せていたローラレイの目が、細く睨みを効かせている。

 自分に向けられたものではないのに、背筋がゾクッとするような感覚に襲われ、俺まで言葉を発せなくなった。


「でもよう、いくらなんでも俺の家に勝手に上がって、俺のベッドで寝てるなんてのは、普通じゃないだろ」

 ちょっとシドロモドロになりながらアドルフが赤くなった頬を膨らませて抗議する。


 それは家主の言う通りだ。

 たぶん物語のはじめが、ベッドで起きるシーンからだったんで、俺もそれに準じたって事だと思う。


「私が拾って看病しているだけかもしれないじゃない」


 拾ってって捨て猫みたいに……。


 アドルフも一旦下がったボルテージは戻ることがなく、ばつが悪そうに剣を納めながら頭をかいた。


「悪かったよ、お前を疑うなんて……」

「そういう事じゃないのよ、取り敢えず落ち着いて」


 今度は優しい声でそう言うから、緩急がすごい。


「で、そいつは誰なんだ?」

 当然な質問をようやく投げ掛けてくれた。

 しかし俺が答えるよりも先に驚く人がいた。


「えっ? この人アドルフの知り合いじゃないの?」

「いや、知らん。なんでここで寝てるんだ?」


 知り合いでもないのに、何故かこちらだけ彼らの名前を知っていたという状況に不信感が出たのだろう。

 二人の目線が痛い。


 かといって作者ですとネタばらしして本当に信じて貰えるのだろうか……いや、胡散臭さが増すだけだろう。

 こうなったら……。


「俺は……その、あれだ。預言者?」

「なんで疑問系なんだよ」


 即突っ込んでくるアドルフに苦笑いを返す。

 半分は本当だろ? だってこれからのストーリーだって俺が書いてるんだから。


「まぁニュアンスはそんな感じだよ」


 俺はさらに曖昧にそう返しておく。

 アドルフは納得できないような顔をしながら、ちらっとローラレイの顔を確認している。顔色を伺うとはまさにこのような状況だろう。


「預言者さんでしたか!」


 しかし、ぱっと明るい笑顔で返事をするローラレイに。

 俺もアドルフも「納得するんかい!」と突っ込みかけたが、やっぱり顔色を伺って止めた。


「アドルフが帰ってくるまでに、少しお話ししてましたけど、悪い人ではなさそうでしたよ」


 内心の焦りを隠したことで、若干謎の発言が有ったと思うのだが、いい印象であったのはありがたい。

 というか、信じるまでがチョロすぎるんだけど、いいのかこんなんで!?

 自分で作っておいて心配になる性格だな。


「あ、ところでアドルフ。王様何て言ってたの?」


 天真爛漫な性格と書いたつもりだったが天衣無縫だったか、急な方向転換に慣れっこなはずのアドルフまでオロオロしているように見える。


「ん、ぁあ。魔王倒してこいってさ」

「そっか、いつ行く?」

「明日でいいんじゃね?」


 魔王討伐が明日の買い物程度のトーンで語られてる。

「ちょぉっとまてぇい!」


 もうね、どんな会話なんだよ君たちは!

 魔王退治なんて命懸けだし、住み慣れた家や町を捨てて行くのに、そんな軽くていいのかよ、と。


 だけど考えてみれば「そんなふうに書いたなぁ」と思いだす。

 でもさぁ、普通に考えてそんなのじゃないじゃん?


「もう少し、ほら、あるだろ?」


 そう声に出して言ってみても、殆ど作者のせいであるわけで、この気持ちをどう伝えてもいいのかわからん!


「まぁ明日出発しても1年後に出発しても、町を出るのには変わらないだろ?」


「困っている人が一日でも早く助かるなら、そっちの方が良いでしょう?」


 二人ともさも当然のようにそう答える。

 理由がまさに救世主そのもので、少し納得しそうになるが、やはり何だか極端な感じもする。


「明日出掛けるとなると、薬草とか買っておかなきゃだよな」

「そっか、そうだよね」


 俺の事など忘れたかのように、明日の出発までの段取りを立てる二人。


「わぁった! 分かったよ。俺も付いてく!」


 この二人を放ってはおけない。

 魔王とかは怖いが、俺だって作者なんだ、これから起こることも分かっているわけだし、手助けできるはず。

 仕方なく。

 仕方なくだぞ?


「いや、一般人……っていうか見知らぬ人間を連れていくわけがないだろ」


 あ、いや、全くその通りです。

 俺は魔法も使えなきゃ、剣も振れないんでした。


 とりあえずここはハッタリかまして乗りきるぞ!


「おっほん。……私は予言者だ、君たちが正しく道を進む手助けをするために現れたのじゃ!」


「予言者さんだったんですか?」

 なんか驚いてますけど、そのくだりはさっき終わりましたよローラレイさん。


「胡散臭いなぁ、さっきまで()()とか言ってなかっただろうが」


「突っ込みが鋭いな勇者よ」

「じゃぁさ、なんか証明するもんないの?」


 早速アドルフが仕掛けてきたな。

 言っとくが俺は予言者よりも、創造主、いや神に近い男なんだぜ?


「なんでも答えてやろう」


 俺の余裕ぶった発言に、アドルフは少し気圧された様子だったが、落ち着きを取り戻すと言葉を発する。


「じゃぁ、俺の事をどこまで見通せるんだ?」


 そうか、俺だけが知っている情報を言われても、アドルフには判断しかねる。お茶を濁すような発言が出来ないように、自分の知っている事を問題にしたか。

 思ったよりキレる男だ。

 いや設定に()()()()()()()()()と書いたのは俺か。


「良かろう、わしの目を見るがいい」


 俺はそう言うと、アドルフの設定を思い出そうとした。

 目の前には、不安ながらも、少しだけ期待に満ちた勇者の顔がある。


 俺は一生懸命思い出そうとした。


 思い出そうとした。


 ……やべぇ。

 こいつの設定なにも考えてなかったわ!


 そうなのだ、小説の中で語られているのは、簡単な容姿や行動だけ。親の名前やどこで生まれたか、何歳の時に剣を習い始めたかなど、適当でいいやと放置したのだった。


 ぶっちゃけこいつに何の思い入れも、愛情もない!


 時間をかければかけるほど、期待が入り交じった顔は、不信感に塗りつぶされて行く。

 自分から振っといてこれはまずい!


「むむ、さすが勇者だ。神に庇護されていて、わしのような予言者ごときが覗き見るのを拒んでおる!」


 俺は大袈裟に天を仰ぐとそう言ってみた。

 なんか深い意味があると思って誤魔化されてくれ。


「結局何も見えないってことだろ?」

 誤魔化されてくれよ!


「じゃぁ私だったら見れますか?」

 そこにローラレイが助け船をいれてくれた。

 天使、いや女神!

 もう本当好き!


「よかろう」


 心の声を押し止めながら俺は彼女の目を見る。

 吸い込まれそうな黄緑色の光彩が、近づくにつれピントを合わすために収縮するのすら美しい。

 俺は本当に吸い込まれているのか、どんどん、どんどんその美しい顔に近付いて……


「待てコラァ!」


 触れるかというくらいに近付いて居た所を、横合いから思いっきりどつかれて、俺はベッドから転がり落ちる。


「どさくさに紛れて、俺のローラレイに何をするつもり……」


 パァン!

 またもや女神のビンタが飛んだ。


「私はアドルフの物でもないし、この人真剣に私を見てくれていたのよ?」


 はい、真剣でした、下心とか全くなかったです、はい。


「どうせインチキだ、ローラに近づくのが目的だったんだろ!」

「それは聞いてみないとわからないでしょ? ね、予言者さん」


 何故か勇者に対しては冷たいローラレイが俺に対して微笑みかけてくる。


「あ、はい。ローラレイ・イスタンボルトさん。大都市デッケーナ出身ですが、生まれつき魔力が多く、赤ん坊の頃から魔力の暴走で小さな事故を起こしていたため、この人の少ないビギナーの街へ預けられましたね」


 一気にそこまで話すと、ローラレイは口に手を当てて驚いている。

 ちゃんと言い当てることができた。いやまぁ俺が作った設定だし当たり前なんだけど。


 ただ、その凄さに羨望の眼差しを感じていい気になってしまったのはいけなかった。


「預けられた魔法の師匠は優秀で、メキメキとその頭角を現しました。しかし、元来そのおっちょこちょいな性格から、この街でも何度も歴史に残るような惨事を引き起こしてしまいましたね。18歳になった現在、幼馴染みのアドルフと共に魔王を倒しにいく約束をしています。身長162センチ、バスト95、ウェスト58、ヒップ80の超美人魔法使いで……」


 と、そこまで喋ったところで、羨望の眼差しが不快感に変わっているのを感じた。

 ん? 何でだ?


「おい、予言者。今の数字の情報は本当か!?」

「ああ、間違いない」


 かなり食いついた雰囲気で迫るアドルフに、俺はきっぱり答えた。

 間違えるはずがない。

 俺の作品のヒロインだ!


 パァン! パァン!


 何故かビンタを食らう俺とアドルフ。


 何故だ!?

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