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覚悟と命

「そこまでにして貰おうか」


 沈黙を破って放たれた声に全員が振り向くと、逃げた筈の盗賊の(かしら)がこっちを睨んでいる。

 その腕の中には刀を喉元に突きつけられたローラレイがいた。


「貴様!」

 アドルフが食ってかかろうとするが、ローラレイの首元に薄く刃物傷をつけることでそれを制した。


「完全に負けちまったが、仲間を失うわけにはいかねぇのよ、この娘と引き換えに、そこいらに寝てる俺の仲間を解放しちゃくれねえか?」


 安い盗賊どもの命よりも、ローラレイの方が大事だ。

 一瞬でそう思った。

 そして自分の愚かさに気付く。


 さっきまでは人を殺すことが大変なことだと、命はとても重いものだと考えていた筈なのに。

 この瞬間には盗賊の命など軽いものだと言い捨てる。


 俺の価値観や倫理観などこの程度のものなのだ。

 彼らの方がよっぽど理論的で淀みがないではないか。


「なぁ頼むよ、そいつらも好きでこんなことをやってたわけじゃねぇんだ……ほら、あそこだ、あの集落のモンだ全員な。なんの産業もねぇ、自分達で畑を耕して暮らしてるだけの集落だ」


 頭は今度は泣き落しに入ったのだろう。

 こちらがなにも言わないのを良いことに勝手に話し始めた。


「今年は冬が厳しかっただろ? あれで食いモンがやられちまって、仕方なくやっちまったんだ」


「苦しいのはみんな同じだ、盗賊に身を落とす理由にはならん」

 緊張した中でも、クレソンは毅然(きぜん)とした態度でそれに対応する。慣れているのだろうか……だとしたら彼もこういった襲撃で仲間の一人や二人を失ったことがあるのかもしれない。


「お前らはいいよな! セカンドの街だろ。あそこは良いブドウが育つらしいじゃねぇか。だがウチをみろ。あんな裸の山肌じゃぁ、育つもんも育たねぇ! やってけねぇんだよ!」


 そうだ、俺はあの集落になんの特産品も特徴も書いていない。

 むしろそんな場所があることなんて、今日知った。

 そんなところに人が住んでいるなんて今日知った。


 そうか!

 まだ間に合う。あの街にお金になるなにかがあれば、この人達も盗賊にならなくて済んだんだ!


 俺は急いで手帳を取り出すと、集落の名前を決めて、そのまま産業を設定した。

 あの集落は山から”鉱物が採れる”ので、それを売って生計を立てている。

 これなら悪天候にも左右されない。


 俺には力がある。

 この状況をひっくり返すだけの力が!

 そして俺は祈りを込めて、手帳の文字を凝視する。


 だが、文字は一向に消える様子がない。


 なんでだよ!

 こんなときに力が使えなくて、いつ使うって言うんだ!

 その怒りさえ全く効果はなく、ただただ時間が過ぎてゆくだけだった。


「どうすんだ、この女殺すぞ!」


 盗賊頭が怒鳴ったその時、ローラレイの足元から一瞬光が立ち上ったように見えると、二人は力を失ったようにその場に崩れ落ちた。


「ローラ!」

 崩れ落ちたローラレイを素早く駆けつけたアドルフが抱き上げる。


「大丈夫、気絶しているだけみたい」

 プリンの声に、場のみんながほっとため息をつく。


 光が立ち上った場所に目をやると、倒れた足元には何かの魔方陣らしきものが描かれていた。


「こりゃぁ、罠の魔方陣か」

 クレソンが呟く。

 あれが獲物を気絶させて捉える魔法の罠か。

 ローラレイは刃物を突きつけられながらも、ばれないように杖で魔方陣を描いていたようだ。


「おい、フミアキ。降りてきやがれ」

 ほっとしたのも束の間、アドルフが怒りを(あらわ)にして俺を呼ぶ声を上げる。

 俺は言われた通り、荷台から降りた。


 苦痛を堪えるような表情のアドルフが俺に近づいてくる。

 次の瞬間、頬を熱い痛みが襲い、俺は半回転しながら地面へ転がった。


「これがお前のいう慈悲のツケだ! お前がゴチャゴチャ言わなきゃローラが危険な目に合うことも無かったんだぜ!?」


 返す言葉もない。

 頬はとても痛いが、怒りは全く起きなかった。


「……すまん」

 俺は素直に申し訳ないと、感じたままを言葉にした。


「お前にとっての正義は知らん。だが他人の正義を邪魔するんじゃねぇ、黙って見てろ!」


 アドルフはそう言葉にしたあと、剣を振り上げて気絶している盗賊頭の首をはねた。

 それは現実離れしたような光景で、コロリと転がる頭が無機物のように感じる。

 別に首をはねなくても殺せるが、こうしておくことで生き残った仲間への見せしめになるのだろう。


 その後も男衆が手分けして盗賊の息の根を止めると、盗賊がやってきた茂みの方へ全て放って捨てた。


 周辺に残された血の染みだけが、ここで起きた凄惨な現場を物語っているが、これすらも次の雨で流され、何もなかったことになるのだ。


 全てが終わった後、アドルフが放心している俺の方へ歩いてきた。

 その顔はただただ苦虫を噛み潰したような表情。


「フミアキ、お前は面白いやつだ。それは認める。だけどな、今後こういうことは度々起こるだろうさ。そのときまた綺麗事を言いたいなら、ここで別れろ」


 それは彼なりの優しさだろうか。

 選択肢を貰えただけでもありがたいのかもしれない。


 住む世界が違う。

 それが比喩ではなく、本当に違うのだ。

 俺が足を引っ張るのは体力面だけではなく、精神面もなのだと思い知る。


 あのかわいいローラレイですら、スタンガン級の魔法を自分共々敵に食らわせる度胸を持っている。


 本当に俺にそんなことが出来るのだろうか?


「わかんねぇ……まだわかんねぇよ。ただ次に同じ場面になった時、同じことを言うようだったら、俺を捨ててくれ」


 今すぐに強くなることも、考えを変えることも簡単に出来ることじゃない。

 それでもこの言葉でアドルフは納得したのか。

 「ふん」と鼻で息を吐きながら、俺の肩を軽く小突いた。


 頑張れよ。

 そう言われた気がして、腫れた頬より心に効いた。




 買い出しに行っていたヒッコリー達が帰ってきた。

 事情を話すと慌てていたが、こちらにはほとんど被害がなかった事を話すと落ち着いたのだろう。

 早速買ってきたものを食べることに。


 俺は吐きはしなかったものの、あの凄惨な状況のあと、食欲など湧く筈がなかったので、先に荷台に戻って休憩させて貰っていた。

 おが屑のクッションの上に、いまだ目が覚めぬローラレイが寝かされているのを見るのさえ苦痛だった。


 暫くすると荷車が馬に牽かれて動き始める。


 結局あのときに俺が書いた文字は、反映されないまま手帳に残っていた。


 この力もいざというとき使えない。

 自分自身も非力過ぎて泣きたくなる。


 アドルフの家でこの能力を見つけたときの万能感はどこへ行ったのだろうか?


 考えを整理することが出来ずに、ただ一点を見つめながら、死んだような目で座っていた。


「アドルフさん、見張り交代お願いします」

 プリンがアドルフと入れ替りで荷台に上がってくるが、俺はまだ目の焦点が合っていない。


 プリンはチラチラとこちらの様子を伺うが、我慢しきれなくなったのか話しかけてきた。


「今日は大変だったわね」

「ん、ああ、そうだね」

 心ここにあらずの返事で申し訳ないが。

 自分の未熟さに本気で落ち込んでしまってるのだ。


「フミアキ……」

 プリンは呟くと、俺の頭を優しく抱き締めた。

 それは宿屋でローラレイが寝ぼけてやったのと同じように、ぎゅっと逃がさないように。

 そして伸び放題にしていた黒髪を撫でながら囁く。


「私はね、辛い決断をしなきゃいけない時、大切な人の顔を思い出すの」

 聞こえたプリンの心臓の鼓動はとても早い。

 彼女も精一杯なにかを伝えようとしてくれるのが伝わってくる。


「自分は一人じゃないって。そして、自分の事だけじゃなくって、大好きなみんなのために出来ることは何かって考えるの……そうすれば心が強くなれるんだよ」


 クレソンさんは街のみんなを。

 アドルフはローラレイを。

 それぞれが誰かのために汚れ役を買う覚悟をしたんだ。


「今すぐじゃなくても良い、もっとフミアキが大事だと思えるものを増やしていこう? そうすればどんどん強くなれるよ、その中に私も入れてくれると嬉しいゴニョゴニョ」


 最後の方が聞き取れなかったが、心配していることはわかった。

 彼女なりの解決方法まで教えてくれてるんだ。


「フミアキ、どう? 元気でた?」

「……固いなぁ」

 俺がそう呟くと。


 急にプリンは俺を引き剥がして平手打ちをかましてきた。

 

 バチコーーン!!

「ぐっはぁ!! どう言うこと!」

 俺はあわや荷馬車から落ちそうになったところを慌てて掴まった。

 ぶっちゃけアドルフのグーより痛いいんですけどっ!


「乙女の胸の中で固いなんて失礼じゃない!?」


 プリンは両手で自分の胸を隠すようにして、真っ赤になって怒っている。


「いや、違うって。俺って頭が固いなぁって! もっと考え方を柔軟にしないと、世界に順応できないなぁって!」


「えっ、そうだったの?」

 俺の言い分を信じてくれたのか、勘違いで平手打ちをしたことを謝るプリン。


 でもごめん本当は、プリンちゃんお胸無いですし、胸筋ガチガチだから本当に固いの。

 そんなこと言えないけど。


「ほんとごめん、ほっぺ擦る?」

「いやいいよ」

「なにかして欲しいことある?」

 挽回に必死である。


「じゃぁ、今だけ、さっきみたいにしてくれないかな」

「えっ、良いけど……」


 とはいえ、場の勢いではなく自らそうするのを恥ずかしがる様子を見せるプリンだったが、ビンタの後ろめたさからか素直に俺の頭を抱き寄せた。


 再びプリンの鼓動が聞こえる。


 盗賊の命は軽い。

 この鼓動は重い。


 それが真実なのかもしれない。

 今はまだそう思えないけれど。


 彼女が恥ずかしがっていたのか、早く打っていた心臓の音が、次第にゆっくりになってゆくのをずっと聞いていた。

 それが大切なもののように。

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