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罠と宴会

 王都までの道のりは始まったばかり。

 このペースだと5日はかかるそうだ。


「休憩ばっかりしやがって、これじゃ歩いた方が早いぜ」

 アドルフのこの台詞はもう何回聞いたかわからないので、完全にスルー。


「今日はこの辺で夜営するみたいだね」


 御者さんの会話を盗み聞きしていた俺は、他のメンバーにそれを伝えに行った。


 二台の荷車は道沿いの少し木が開けた場所に横付けにされ、次々と夜営の準備が始まった。

 プリンがしていたように、露避けに布が張られる。

 以前の商隊が作ったであろう、簡単な石組の竈に手を加えて使えるようにした。


「お兄さん達は、狩りなんかはできるかい?」

 クレソンさんにそう問われて、仲間の顔を見る。

 みんな一様に首を横に振った。


「ガハハ。まだ若いからな! しかし覚えておいて損はないぞ」

 この御者さんは沢山のことを知っていて、日中は俺が護衛で馬車を降りている際には、この世界の事を質問攻めにしたが、全て快く教えてくれた。


 俺が甘く作った設定を、この世界は必然を纏って再構築している。

 それが俺にとっては新鮮だったりする。

 というか、本来作者というのはその部分まで頭に入れて創作するものなのだなと初めて理解した。

 全くもって恥ずかしい限りだ。


「弓や魔法が使えなきゃ、罠を作るといい。なぁに簡単だ。どうせ捕まるも捕まらないも運次第だって軽く考えてやっときゃいい」


「魔法でも罠が作れるんですか?」

 ローレライが手を上げる。


「あぁ、魔方陣が書けるならな」

「魔方陣なら得意ですよ」

 笑顔で答えるローラレイ。きっと仲間のために何かできる事が嬉しいのだろう。


「だが、俺は専門外だ。そっちのヒッコリーに教わりな」

 アゴでしゃくった先には、比較的ほっそりとした男がいた。

 二台目の馬車の御者は指名を受けて、軽く手を上げた。


「じゃあ、それ以外の奴はついてこいよ」


 そう言いながら荷馬車に置いていた細いが頑丈な紐をもってきて、その辺の小枝を拾い集めた。


 そしてニカッと笑って茂みの奥へ進んでいく。

 俺は躊躇無くそれを追いかけた。

 プリンもそれに続く。

 だがアドルフは、ローラレイが魔法を使うお目付け役に残るようだ。


 

「この辺は野生のウサギやリスがほとんどだ、罠と言えば落とし穴のイメージを持つ子供もも多いが、あんなものに引っ掛かるのは人間くらいのもんだ」


 そう言いながら辺りを見回しながら何かを探している。


「ほれみろ、ウサギの糞だ」

 黒豆のようなものが落ちている。


「これだけでウサギだってわかるんですか?」

「いや、まぁ大きさとかでだいたいな」

 どうせ当たるも八卦当たらぬも八卦の罠なんて、わりとここはアバウトなのか?


「どっちにしろ生き物が居るってことだ、そしてここをみると雑草が踏まれているのがわかるか?」

 確かに葉っぱが途中で折れ曲がっている草がある。


「じゃぁここを通る生き物に罠を仕掛けよう」


 御者さんは紐を1mくらいに切ると、近くの枝にくくりつけた。

 反対の紐は輪っかにして、それを垂らす。


「ちょっと高くないですか?」

 ウサギと言っていたが、まだかなり高い位置に輪っかがある。


「まぁ見とけ」

 御者は持ってきた枝を地面に刺すと、紐をくくりつけた枝を引っ張ってしならせた。


「先端をこの地面の枝に引っ掻けると……出来上がりだ」

 枝をしならせたことで、ロープの輪っかが地面の近くまで降りてきている。


「この輪っかにウサギが首を突っ込んで前に進むと……」

 実際に軽く紐を引っ張ると、固定していた枝が外れてロープが持ち上がる。


「こんなもんだな」

「おお、凄い!」

 俺は小さく拍手をした。


「あいつらは匂いや変化に敏感だ、出来るだけ手早く荒らさないように用意してくのが肝心だ。あと、作りすぎるな。出発するときには全部壊して回るんだ、わかるな?」


「無駄な犠牲を出さないため?」

 プリンも真面目に聞いているようだ。


「それもあるが、仲間がかかってりゃ学習しちまうからな、あいつら頭が良いんだよ」

 納得だ。


「さっき言ってた罠の魔法ってのもあるが、あれは無差別に発動するから質が悪い。しかも人間でも見抜けねぇでいる」


 こうやって一通り簡単な罠と、心得を学んで戻った頃には日が暮れていた。



「遅いぞクレソン」

 ヒッコリーが声をあげた方を見ると、そこには食事が並んでいる。


「なんだよ今日は、コックでも連れてきたのか?」

 さっきまで先生をしていたクレソンは、子供のようにはしゃいで食卓についたので、俺たちもそれに続いた。

 どうやらアドルフが料理の腕を振るったらしい。

 結構多才なところがあるんだよな。


「塩漬け肉と野菜屑の出汁で作ったスープに、乾麺を湯がいて入れたものと、塩抜きした肉をスライスして入れた野菜炒めだ。料理と呼ぶ程度のもんじゃない」


 アドルフは謙遜して言うが、御者の喜びようからすると、野営でこんなちゃんとした調理をすることはほぼ無いのだろう。


 乾麺入りのスープはいわゆる塩ラーメン。

 小麦で作った麺はどちらかと言うと冷や麦のような食感だろうか?


「これは小麦粉を水で練って伸ばして、折り畳んで伸ばしてを繰り返して作る麺です。折れやすいのが欠点ですけど、乾燥させると長持ちするんですよ」

 俺が感心していたのを、初めて見た田舎者とでも思ったのだろうか、プリンがこっそり補足してくれる。


「それじゃ、今日から5日間よろしく頼むぜボウズ!」

 クレソンは大きな声で笑いながらアドルフの背中を叩いている。

 その右手にはワインの瓶。


「ああっクレソンお前、勝手に開けてんじゃねぇよ!」

 他の御者も慌てたように立ち上がると、一斉に荷台から瓶を抱えてきた。


「良いんですか商品飲んじゃって!」

「ガハハハ、売るほどあるってのはこの事だ! お前らも飲めよ!」


 彼らは豪快に干し肉などを噛み千切り、ワインをラッパ飲みしている。


 それを俺は一歩引いたところで見ていた。


 そっか、これが彼らの暮らしなんだ。

 馬とコミュニケーションを取りながら一日中馬車を走らせて。

 真面目に自然と向き合って獲物を捕らえたり。

 商品をちょろまかして勝手に飲んで、それが役得だって騒いで。

 ちょっといい食事が出ただけで、子供のようにはしゃいで。


 毎日を過ごしている。


 俺の小説では、本当に考えていない部分だった。

 きっと淡白に”王都までは馬車で5日かかって到着した”みたいに20文字足らずのモノローグ処理していただろう。


 当たり前だけどそこにも人がいて、ドラマがあるんだって事が、いままさに目の前で繰り広げられている。

 竈と焚き火に揺らめく炎で照らされる、満面の笑みとブラックジョーク。


 しかし、脇役のこんな話をどれだけの読者が求めているのか?

 そう考えると少し悩んでしまうのだ。


 最近の流行りは「無双」とか「チート」のように、最初から読者も勝ちの分かった展開を、スピーディにそこに到達することを望んでいる気がする。


 でも、こうやって世界に入って行くと、5日かかる道のりは5日かかるのだと改めて思う。

 たった20文字で終わらせていいものなのかと。


「俺は何を書きたいんだろうな」


 異世界にいるのに、異世界を眺めているような感覚で俺はその光景を瞳に映し続ける。


 その様子をチラチラと見ていたのだろうか、輪に入らず

にボーッとしていた俺の横にプリンが腰を下ろした。


「フミアキ、どうかしたの?」

「ん、いや。こういうのいいなぁと思ってさ」

 視線も変えずに俺が答えた事で、確認するようにプリンも視線を巡らす。


「そうね……私ずっと一人だったから、こういうのってすごく憧れてたんだ」

 両手で膝を抱えて座る仕草は、本当に女の子らしい。


「俺はさ、元の……いや、もう少し若い頃はこんな輪っかの中にいてさ。外から眺めることなんて無かったんだ」

「へぇ、いいなぁ楽しそう」

「そうだね、楽しかった。すごく……」


 俺の言葉の機微に気づいたのか、プリンはなにも言わない。

 何かを言いたげであると察するも、それを急かしたりはしない。気配りも出来るいい子なんだなと改めて感じる。


「楽し過ぎて周りが全然見えてなかったんだよな」


 俺をおいて仲間はみんな就職していった。

 バカ騒ぎしながらも、ちゃんと未来を見ていたんだろう。


「そうね、フミアキは今でも周りが見えてるって思えないもの」

「はは、きついなぁ」

「別に……責めてる訳じゃ……」


 こういった会話ひとつとっても、真意みたいなものを汲み取るのが苦手だ。

 少し頬を膨らませたプリンを隣に、頭を掻いてごまかす。


「よし、湿っぽいのはやめだ!」

 俺は両ひざを叩いて立ちあがる。


「今を楽しまなくて、生きてる意味なんて無い!」

「元気でた?」

「プリンも行こう!」

 俺はまだ座っているプリンの手を取って引っ張りあげる。


「お? ようやく予言者様がお出ましだぞ」

 アドルフが囃し立てる。


「その予言ってのを聞かせて貰いたいもんだな」

 かなり顔を赤くした御者のクレソン。


「先払いで、ワイン瓶一本!」

 俺の要求に、すぐさま他の御者が新品を投げて寄越してきた。

 コルク栓を抜くと、そのまま口に運ぶ。


 んぐっんぐっんぐっ……ぷはぁ!!


「やっぱり旨いなこのワインは!」

 その言葉でセカンドの街出身の御者の顔が綻ぶ。


「いいから、予言だよ予言!」

 完全に酒のツマミ扱いだが、それで構わない。

 俺はすこしだけ勿体ぶって天を仰いでから言う。


「目的地までは晴天が続くと出たぞい!」


 一瞬だけ間を置いて会場がどっと笑いに包まれる。


「それじゃ予言じゃなく天気予報だ!」

「そんなもん俺だって知ってら」

「ワイン一本は高すぎるぜぇ」

 口々に俺をくさして楽しんでいる。


「なんだと、このワインを特産品にしたのはわしじゃ!」

「でたよ、じゃが!」

「そんなの予言者の仕事じゃねぇだろぉ」

「何年前からワインを作ってると思ってるんだよ」


 ガヤガヤと笑いの渦に飲まれるように沈んでいく。

 ああ、この人達はまだ出会って一日しか経っていないのに、離れていた俺を気遣ってくれてたんだ。

 今も俺を輪に溶け込ませるために、気を使っている。


 こういう一人一人の事を小説の中で考えることはなかった。

 俺からはなにもしてあげられていない。


「いや……ひとりぼっちになる前もそうだったんだ」

 俺は熱気の渦の中、今度は本当に空を見上げて一人呟く。


「俺が人生をかけるに値するものが、ここにはあるのかもしれないな」


 この物語をハッピーエンドに導き、ここにいる全ての笑顔を笑顔のまま続けさせること。

 それが俺の使命であり、作者である俺にしか出来ない事。


 それは空に浮かぶ星の一粒までが愛おしく感じるような夜だった。

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