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商隊と愛情

 旅の再開は順調である。


 とはいえ荷馬車のタイヤはもちろんゴムタイヤではないし、スプリングもついていない。

 木で出来た車輪に鉄の帯が巻いてあるだけの代物だ。

 道も整備されている訳ではないので、小石を踏んだだけで荷台がガタッと揺れる。


 この辺の設定をもっと近代的にするか迷ったのだが、世界観が壊れそうだということでやめておいた。


「フミアキの言った通り、クッションを買ってきて正解だったわね」

 上機嫌のローラレイが口にしたのはもう何度目か。


 乗り心地の悪い荷馬車を快適にするために、なけなしの金で一番に購入させたのはクッションだ。

 といっても綿を入れたものは買えなかったので、外の布だけ譲って貰い、おが屑を詰めて閉じたものだ。

 それでも無いよりはかなりマシな筈。


 元々このパーティの資金がないのは、ローラレイが杖を買ったからなのだが……満面の笑みでクッションを誉める顔が見れ、俺の株も上がったのなら一石二鳥だ。

 可愛いから許す。


「しかしよぉ、もっと早くなんねぇの?」


 アドルフはこの進行速度が気に入らないらしい。

 確かに馬に牽かれているにも拘らず、歩く速度とほとんど変わらない。


「割れ物乗せてるからね、ずっと歩いているよりは楽だろ?」


 ワインは木箱に詰められていて、それぞれがぶつからないよう、こちらもおが屑を緩衝材にしていた。


「焼き物の瓶なんですね、樽で運ぶものかと思っていました」

「まだ使える樽は次の醸造に使うからね、それに人力で樽を運ぶのは重すぎて大変なんだ」


 プリンの問いに答えたのは御者のクレソンさん。

 これには俺も驚いたが、陶器の入れ物も含めて特産品なのらしい。


「ブランド戦略ってヤツよ! ガハハハハ」

 クレソンは豪快な笑い声を上げる。


 しかし、俺が思っていた以上に”特産品はワイン”の一言が重い。

 単純にワインが美味しいってだけで特産品になると思っていたが、この世界で飲まれている酒は基本的にワインなので、どの街にも独自のワイン工房の一つや二つはあるらしい。


 考えてみれば、特産品だと書く前から宴会でワインを飲んでいたのを思い出す。

 あの味が美味しくてワインを特産品にしたのだが……どの街にでもあるワインとどこが違うかと言われれば確かにそうだ。


 ”特産”にするには、これくらいの企業努力は必然というわけか。


 安易な言葉を使って書くのではなく、そこに必然性や整合性を考えながら書かないといけないのだ。

 この手帳は気付かなかったことを教えてくれるが、そのぶん今までの自分が作者として考えが甘いなと、少し反省したりする。


「ふぅ、そろそろ交代できますか?」


 荷馬車の横を歩いて警戒していたプリンが申し出てきた。

「ああ、無理しないでくれ、まだ先は長いんだから」

「俺が行くぜ、ずっと座ってたら体がなまっちまう」


 アドルフが荷台から飛び降りる代わりに、プリンが休憩に入る。


「よいしょっと」

 プリンが乗る前に、彼女が持っている大剣を載せると、ぎしぃっと荷馬車が悲鳴を上げる。


「そういえばこの剣ってどれくらい重さがあるんだ?」

「考えたこと無いわ、持ってみたら?」

 俺は興味本意でその柄を握った。


「うおぉおおお持ち上がらねぇ!」

 剣先に向かって少しだけ斜めになったが、途中で諦める。

 体感80kgぐらいあるだろうか。


 鉄で出来ていて、横幅が40センチ。

 柄も含めた長さが180センチ。

 設定ではこう書いたが、そうなると重さはこんなになるのか。


「私の村に代々伝わるドラゴンスレイヤーって剣で、英雄が実際にドラゴンを切ったこともあるって伝説では聞いてるわ」


 ああ、そんな設定だった。


「でもなんでプリンちゃんみたいな……えっと、小柄な娘がそれを使ってるの?」


 小柄といわれて喜んでる。

 身長の事を言っただけで太さの事は言ってないんだが。


「私がもっと子供の頃に、ドラゴンが村にやってきて、一息で焼き付くしたのよ」

「え?」


「私が村に戻ったときには全部炭になってて、この剣だけが燃え残ってたの」


 そんな暗い設定を背負わせたつもりはないんだが!?


「あのとき、誰か一人でもこの剣を使える人がいたら、村は焼き滅ぼされなかったかもしれない……だから私決めたの。この剣であの竜を倒すって!」


 その目は決意に満ちていた。

 俺が彼女のそんな顔を見たのは始めてで、体の中からブルッと震えた。


「それからは大変だったわ、近くのマジックショップで筋肉を鍛える薬を買うお金を貯めながら、働いて、筋トレして、また働いて……」


 遠い目をしながら語るその横顔には、楽しかった思い出を語る雰囲気が感じられない。

 きっと辛い日々だったのだろう。


「今にして思えばあの薬効いてたのか分かんないけど毎日飲んだわ。少しでもすがりたかったのね」

「なんて薬なの?」

 思出話に遠慮無く質問を挟むローラレイちゃん、天衣無縫。


「プロティンよ」

「あ、それたぶん効いてるよ」

「ほんとフミアキ? じゃぁ無駄じゃなかったのね」


 効果に疑問を持っていたのだろう。

 大丈夫。筋肉は裏切らない。


「やっと剣が持てるようになったのがそれから5年。振れるようになったのがさらに5年……仲間を探して里に降りてきたところを、フミアキ達が見つけてくれたの!」


 ようやく話が今に追い付いたわけだ。


 俺はなんという努力をこの娘に強いてしまったのだ!

 美少女ちんちくりんが大剣振り回すとか萌えじゃね?

 みたいな軽い気持ちで設定したキャラクターだったが。

 そりゃぁそうだよ! こんなもん振り回すのに筋肉要らない筈無いじゃん!

 それなのに第一印象ゴリラゴリラゴリラって。

 本当にごめん、マジでごめん。


 しかもそのモチベーションを10年保ち続けるためには、安易な理由ではダメだよね!

 そりゃぁ村一つ滅ぶわ!


 もうプリンが不憫で仕方ない。

 すまんほんとすまん。


「ちょっ、ちょっとアンタ何すんのよ!」


 気付いたらプリンを抱き締めていた。


「大変だったな、スマン、本当にスマン!」

「べっ、別にアンタのせいとかじゃないじゃないの」


「いや、俺のせいだ! 愛情を注がなかった俺のせいなんだ!」

 もっとキャラクターに愛情を注いであげるべきだった。

 俺の目からは後悔と懺悔の涙が溢れてきていた。


「ちょっ、愛情とかっ! 良いから離れなさいよね!」


 力強く引き剥がされて俺は荷台に転がった。

 見上げるとローラレイも涙を流している。


「もうっ、こんなになるなんて信じられない。話すべきじゃなかったわっ」


 顔を真っ赤にしてプリンがそっぽを向いたが、その口許は少しだけ嬉しそうに見えた。


「愛情なんてっ……これから注いでくれれば良いじゃない。昨日までの私は準備期間だったのよ。アンタ達に出会って、これからが私の人生の本番なの。このために辛い人生を歩んでこれたんだから!」


 その言葉は力強く。

 作者が意図していない彼女の本当の強さを見せられた気がした。

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