表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/49

自作ダイブとヒロイン

 窓から差し込む朝日によって、感覚がまどろみの中から引き上げられる。

 遠くに小鳥の鳴く声まで聞こえてくるじゃないか。

 なんとも清々しい朝だ──。


 という状況が違和感すぎて、俺は眉間にシワを寄せながらベッドで上半身を起こした。


 同時に額から乾いたタオルがずり落ちる。

「何でタオル?」


 会話をする相手は居ないが、ついそう口走りながら辺りを見回してみる。 


 本来、俺の部屋は魔窟と言って差し支えない。

 辺りは物で溢れ返り、カーテンも締め切られていて、朝か昼かさえ解りようもない状態。

 それがデフォルトだったはずだ。


 それがどうしたことか、自然光で照らされた部屋は簡素で、ゴミひとつ落ちていない。

 俺の相棒のPCは影も形もなく、変わりに木製の文机が置いてあるだけだった。


 自分の部屋ではない事は明らかだが、それよりも気になる事があった。


「何処て……っていうか、なんか雑な部屋だな」


 雑然としているということではなく、作りが雑と言った方がわかりやすいだろうか。

 およそ、現代の建築物とは言えない程の安っぽい木の板だけで構成された部屋は、同じ素材で文机もタンスも形成されていた。

 柱にあたる大きな木材すら見当たらなければ、もちろん壁紙も無い、掘っ建て小屋か、木製プレハブか?


「今時どっきり企画でももう少しマシだろ?」


 俺は悪態をつきながらも現状把握に努める。

 誘拐されたにしては、紐で縛られても居ないし自由すぎる。

 額にタオルが乗ってた状況から推測するに。

 記憶にはないが、倒れたところを誰かが看病してくれていたということなのかもしれない。

 それにしてもこの人が住めなさそうな全面板張りの家で寝ている現状に、思い当たる節はなかった。


 そんな部屋にノックの音が飛び込んできた。

 一瞬間をおいて、鈴が鳴るような声が聞こえる。


「旅人さん、目覚めたのですか?」


 それはそれは、耳がくすぐったくなるような美少女ボイスだった!

 建物のチープな作りに不安を感じていたのはどこへやら。

 否応なくペラペラの板の向こう側の人物に期待が高まる。


「あ、えっと、はい」

「入りますね」


 強さもあり、それでいて慈愛も兼ね備えたような素晴らしい声の持ち主は、静かに扉を押し広げた。

 高校生ぐらいの年齢で、金髪を腰まで伸ばした美少女が、少し心配そうな顔でこちらをうかがっている。

 ローブの様なものを身に纏っており、まるでアニメの魔法使いのようだ。


 そして、その顔を見た俺は雷に撃たれたような衝撃を覚えた。

 まるでアニメから抜け出して来たような格好だとか、ここが自分の世界とは違うのではとか、そういう()()な事が頭から吹き飛んでしまう。


 俺はこの少女を知っていたからだ! 


「もう起きられるのですか? 元気そうで良かった」

 衝撃に固まる俺に対して、目を細めて笑うと後光の一つや二つは軽く背負っているようにすら思えた。


 やっぱりそうだ、この笑顔。

 俺が探し求めてきた理想の女性!


 彼女の問いに答える前に、俺は叫ばずにいられなかった。

 俺しか知らない筈の、彼女の名前を。


「ローラレイ・イスタンボルト!」


「あら? お知り合いだったかしら……」

 突然見ず知らずの男性にフルネームで呼ばれた少女は、指を柔らかそうなほっぺたにくっつけて、考える仕草をする。


「あ、いえいえ! 一方的に知ってたって言うか……」

「じゃあアドルフのお知り合いなの? よかったわ知らない人じゃなくって」


 そう言いながら、遠慮無くベッドに腰を掛けて、こちらを観察してくる。


 その距離10センチ!

 いきなりの急接近。

 耳元にかかる吐息。

 鼻腔をくすぐる甘い匂いが、麻薬のように心臓を脈打たせ、脳を溶かしてゆく。


 目に掛かるくらいに伸びた俺の黒髪を持ち上げて、額に当てられた手のひらは少しひんやりと感じる。


「まだ微熱があるみたいですね、無理しちゃいけませんよ?」

 その美しい唇から踊るように出てくる声すら、背筋を逆撫でするほどに心地よい。


 この女性の前では、大丈夫だと強がって見せたいのだけど、頭がぐるぐる回っていて言葉に出来ないでいた。

 その心中を知ってか知らずか、少し困ったような笑みを浮かべる。


「お熱を冷ます道具を取ってくるので、静かに寝ててくださいね」

 彼女は立ち上がり、階下へと降りていった。


 そこで俺は緊張してろくに呼吸も出来ていないことに気付き、大きく息を吸う。

 脳に酸素が行き渡ったことで、あの女性が何者であるかを、完璧に理解した。


────ローラレイ・イスタンボルト。

 俺はこの女性を知っている。

 きっと世界で一番知っている。


 彼女の生い立ちも。

 何を好むのかも。

 何に怒って、何に笑うのかも。


 そりゃぁそうだ。だって。


「俺の書いた小説のヒロインじゃねぇか!!」


 先ほど吸った息を全部吐き出しながら叫んでしまった。


 その発狂を聞いて心配したのか、あの足音が今度は急いで近づいてきた。


「旅人さん何か叫んでました?」

「いえ、隣の家で鶏でもシメたんじゃないですか?」

 こんな状況でも理想の女性を相手に平静を装いたくなるのは男子のサガだろう。若干通常会話から脱線した気もするが。

 

「ああ、そうかもしれませんね」

 にこりとその会話を受け入れるローラレイ。

 人を疑わないというか、順応性が高いというか……もしかして本当にそんな声でした?


 俺の疑問などさておき、ローラレイは笑顔を真面目な表情に切り替える。

「そんなことより、お熱を下げないといけません」

「そういえば、熱冷ましの道具を取ってきてくださると聞いていたのですが?」


 そう、彼女が持ってきたのはその服装に良く似合う、木製の杖。

 ローブ風の服装に合わせると、誰が見ても魔法使いと答えるだろう。


「はい、氷の魔法で熱を下げたいと思いまして」

「それはありがた……ちょまって」


 ──そう。彼女は俺が作り出したパーフェクトヒロイン。


「えっとこれかな? ブリザード?」


 ──もちろん俺の趣味が全部詰まっている!


「その魔法は!」


 そして失念していた。

 俺が()()()()()()だという事を。


 部屋は一瞬にして真冬と化し、俺を起こした朝日がダイヤモンドダストを発生させる。

 ベッドの薄い毛布程度ではまったく歯が立たず。

 ただカタカタと歯を鳴らす俺。


「あれ、熱さましってこんなでしたっけ?」

「ちっがぁう!」


 辛うじて声は出たが、体が動かない。


「まぁ! 旅人さん、ごめんなさい。魔法を使うのは止められてたのに、つい」


 止められてたにしては気軽に使ってたような。

 って突っ込みもままならねぇ。


「まぁ大変、足が凍りそう! ここは炎系の魔法で……」


 俺は必死で首を振った。

 きっと涙目だったと思う。


「えっと、じゃぁ、手で暖めて……わぁ冷たい」


 せっかく俺の理想の女性が俺の体に触れているのに全く感覚がないのが残念過ぎる。

 きっと涙目だったと思う。


「ああ、どうしよう。こういう時どうするんだっけ……そっか、肌と肌で暖めるって聞いたことあるわ!」


「!?」


 そう言うと、俺のヒロインはスカートをたくしあげると、真っ白な太ももを(あらわ)にした。

 そしてベッドに横たわる俺の体の上に乗り、その暖かな肌を近づける。


 俺の下半身はカチカチである。


 おっと、下ネタではない。

 実際に氷漬けにされているという意味だ。


 そんな氷を太ももに当てて、声を我慢できるハズもなく。

「ひゃぅ!」

 って声を聞けただけで、この氷漬け事件など許してしまってもいいと思う。


「ひゃぁ! これはちょっと……でも旅人さんのためにも頑張らなければ」


 もう天国に行きそうです。

 二重の意味で。


 というわけで。

 死ぬ前に俺の話をさせてくれ。




────俺の名前は入間(いるま)文章(ふみあき)


 大学まで行かせて貰ったのに就職できず、独り暮らしの部屋でうだつの上がらない毎日を過ごしていた23歳。

 ちなみにニートではない。大学時代にお世話になったアルバイト先に出戻りして、なんとか家賃くらいは稼いでいた。


 俺の黄金期は大学時代。

 遊んでばっかりで楽しかったし、彼女もいて充実していた。


 だけど、真面目に就職活動をしていた彼女は、将来に対していい加減な俺に堪忍袋の緒が切れたのか、就職と同時に俺を捨てて出ていった。


 そこで初めて気付く。

「あれっ? 俺やることなくね?」


 学生が終われば、あんなに嫌だった課題も授業もない。

 毎週会いに行っていた彼女がいなけりゃ、週末だってもて余すし。

 友達も新卒入社で頑張ってて、遊ぶ時間なんて殆ど取れない。


 アルバイトはしていたが、休日はおろか夜の間も暇で暇で仕方ない。

 ってなわけで仕方なく俺は、ネットの小説投稿サイトを読み漁った。


「へぇ、この程度の作品で書籍化できるのか」


 不遜(ふそん)な言葉なのは百も承知だ。

 後になって後悔するので、この段階の無責任な呟きは大目に見て欲しい。


「うわ、この作品はアニメ化までしてるのか」


 そうして、ご多分にも漏れず。


「俺でも書けるんじゃね?」


 そんなことを呟くほどには俺は無知で、いい加減だった。



────話を今に戻そう。

 一瞬だけ天国に行きかけたようだ。

 今のモノローグ的なものは走馬灯の一種だろう。


 かといって現実に引き戻されても、そこは現実ではない。

 目の前にいるのは、俺が書いている小説『勇者になったから、幼馴染み美人魔法使いと旅に出る』のヒロインその人だ。


 こうして見ると、自分の煩悩がそのまま再現されている。

 スリーサイズは上から、B95、W58、H80のボンキュッボン!

 現実ではほとんどお目にかかれない、腰までの金髪ロングヘアーは、一本の枝毛もほつれすらもない。

 瞳は大きく、薄い黄緑色に吸い込まれそうになる。


「大丈夫ですか? だいぶ顔が赤いようですが」


 そりゃ自分の理想の女性が目の前にいて、至近距離で触れ合っていて、大丈夫なはずがない。

 俺が()()なんじゃない、別次元なんだ。


「あの、俺。その……」


 まだなにかを言葉にする程には頭が回転していない俺の耳に、この甘い空間を邪魔する別の声が割り込む。


「ローラ、来てんのか?」


 声の主はまるで自分の家のような気楽さで、ノックもせずにドアを開け放つ。

 そして鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。


「あら、アドルフお帰りなさい」


 天女のような満面の笑みでそれに返すローラレイも親しげだ。

 ちょっと嫉妬しちゃうじゃん。


「おっ……お前、俺の家の、俺のベッドで、俺のローラとナニかましとんじゃい!!!」


 突然、珍入者がブチギレて腰に掛けていた刀を抜いた。


「なになにどういうこと!?」


 一瞬状況が飲み込めなかったが、たぶん彼が言った通りなのだろう。

 ここは乱入者のお宅のベッドで、ローラレイはスカートたくしあげて太もも丸見えで、俺の足に乗っかってるわけだろ?

 俯瞰で考えると、連れ込んだ浮気相手に遭遇した状態。


 あ、異世界へ来て10分でゲームオーバーかも?

いわゆる異世界転生ものではありますが

良い意味で裏切りまくる作品でもあります。

人間大の主人公達が、悩み、遊び、考え、戦い……成長していく姿を是非ご覧ください☆


また、作者は似たテイストの作品を好みます。

面白かったと感じて貰えるのであれば、作者をお気に入りにしていただけると、長くお付き合いできると思います♪

もちろん評価や、気軽な感想もお待ちしております☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ