その6
神様の話を茫漠と聞いていた男たちの頭に、湯気が天井からぽたりと落ちた。この世とあの世の実情を知って暗澹たる気持ちになりながら、互いを見合った。中には湯だって真っ赤な顔をしたものもいた。そして、神様を見上げていた吾郎が口火を切った。
「俺ぁ神様の話を聞いてたまげちまった。この世の、なんと悪人の多いことよ。俺ぁみんなの事を思った。みんなが地獄に落ちる事を思った。そりゃぁちょっとないんじゃないだろか。みんなはいつも本当に、俺や俺の家族のためにしてくれる。助けてくれる。金がなくて米も買えないとき、平太は米を置いてってくれた。嫁と娘の熱が下がらなかった夜、藤次は隣町までいって薬を買ってきてくれた。清二と源太は隣のよしみだと世話やいてくれる。三太も次郎もノブも、みんなどんなに感謝しても足りないくらいだ。そんなみんなが地獄に落ちるなんていけねぇ。絶対にいけねぇ」
吾郎は皆への感謝で目をすっかり潤ませながら、一人一人に礼を言った。
「だから、今日は呼んだんだ。神様がくるからな」
礼を言われた者たちはそれぞれに照れたり手を振ったりとした。狭くて貧しい村の仲間たち。豊かな暮らしでないからこそ、人の辛さが、苦しさがわかる。助け合うのは当たり前の事だったが、それでも改まって言われると、確かに大変な生活だと思い返され、それぞれの胸中にも並々ならぬ思いが去来するのだった。
「しかしそれは置いておいて」
である。感涙にむせぶ場面ではない、と口々に仲間たち、
「感謝の礼に天国に行け、なんて言われて、吾郎、誰が『はい、そうですか』と受け入れる」
「死んで天国に行けるなら、そりゃぁ願ったりだが、死ぬまでは目一杯生きていたいわい」
「お前は俺らに死ねというのか、それが礼というのか」
責められて吾郎は、粛々と頭を垂れて聞いていた。が、
「大体、俺らが死んで、お前はどうするんだ」
「かかあと娘を幸せにするのが俺の願いだ。俺が幸せにしてやれるように神様に頼んだんだ」
「お、お、お、俺らにお前んとこの一家の幸せのために死ね、っていうのか」
「わしの家族はどうなるんじゃ」
「吾郎、お前は自分んとこだけの幸せを願ってるのか」
「悪事にまみれた現世から、解放される方が幸せだろうって思ったんだ」
「だったらお前の家が逝けばよかろう」
「嫁も娘も苦労の連続で生きてきたってのに、死ねっていうのか!」
「そりゃお互い様じゃ!」
男たちは熱い湯を好む。湯につかって長話を聞かされて、頭に血が上ったところで掴み掛からんばかりに立ち上がると、今度はばたばたと立ちくらみで倒れた。酒に酔った上に湯に中ってでは、激昂しても喧嘩にもならなそうだった。男たちはぐらぐらゆれる頭を押さえて湯船に浮いていた。やがて、一人が声をだした。
「そうだ、いい考えがあるぞ」
(つづく)
【謝礼】
礼には及ばぬ、といえども、義理と人情を欠いては生きてゆけないこの世界。恩に報いるのは全世界共通の寓話であるけれども、見当違いな礼には辟易するもの。鶴の恩返しが機織でなかったら。傘地蔵が石の財宝を持ってきたら。結婚祝儀のお返しが二人の顔写真入り絵皿だったら。お返しには気をつけたいものである。
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