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その5

「世が乱れ、人は皆私利私欲に走り、善人が悪を為す時代となって、現世の調和同様、天界の均衡も乱れているのです」


 金色に輝く光に包まれたふくよかな肢体を持つ御仁の声は、天空の調べの如く優しく深かったが、今はそこに重い憂いを伴って風呂場に響いた。時折天井から落ちる湯気が湯面を打って、間の抜けた音を響かせた。


「悪を為した者は地獄へ送られるのが常。地獄のいくつもの試練で罪を購い、責め苦の中で心を鍛え清め、来世に向けて浄化すること、それが地獄の役割です。


 試練というのは、汝らの祖が描き残し口伝もしているような血の池、針の山といった伝統的なものから、色彩の効果で浄化を狙う色地獄、心の雑音を豊かな音で追い出す音地獄といった最新設備まで実に多彩なのです。最近では匂いによりリラクゼーション効果を高める芳香地獄がオープンしたばかりです。


 罪を犯して穢れた魂はこのいくつもの地獄を経て、刻まれた悪行をすっかり洗い流して、ようやく次の生を受けるに足る美しさ、無垢さ、まさに赤子のような魂と相なるわけです。


 地獄は今申したように実に多種多様であり、その運営、設備維持、さらには魂の監督官たる鬼たちの人件費、けして無料というわけではありません。多くの時間と資源を費やして、悪行は戒められ、清められているのです。


 ここにきて、近年の地表のものたちのふるまいがいかに目に余るか。鬼たちが過剰な残業で無理をしてまで魂を諌め、地獄施設をフル稼働させて、ようやく更正させた魂どもであるというのに、その苦労、コストを鼻で笑うように、生れ落ちたら十年二十年であっという間に元の木阿弥。地獄に溢れるは出戻り魂ばかりで、針の山には地上の遊園地のように長蛇の列ができ、血の池地獄は燃料配給もままならぬゆえ温泉のような心地よさでなんの責め苦にもならぬという事態。現世で流行った鼻歌まで歌う罪人が出る始末。鬼の目に涙の喩えもあろうが、まさに鬼たちが泣いて懇願して職場改善を頼み込み、それが通らねばストライキも辞さないという。わかりますか、事の重大さが。有史以来ありえなかった、地獄に休息日などというものが生まれてしまうのですよ」



 神様は(もう間違いないだろう、と誰もが思っていた)ここまで一気に語らうと、ぐるりと周りを見回した。湯につかり呆然と見上げている裸の男たちを。そして深くため息をついた。神様、には違いないであろう金色の人の表情は、しかし、疲れた中小企業の経営者を思わせた。吾郎たちは勤め先の零細企業の社長の顔を思い出した。


「思い出して欲しい、皆、生まれ落ちたその時は、罪も罰も悪も、一切の穢れもない、無垢なる姿であった事を」

「つまり」

 しばらく間をおいて神様は続けた。


「あの世の地獄は、満員御礼というわけです」


(つづく)


【反省と誤算】

 罪の味は甘い、おそらくは、叡智の実とされた林檎のように。染まりやすく抜けにくい。罪人として裁かれた人々の、出所後の再犯率を見ると悲しい現実がそこにある。神なる存在があったとして、反省すべきは罪の味を魅力的にしたことかもしれない。

 さて、長らく連載してきた今回のお話であるが、神様同様、こちらにも誤算があった。この作品はこの連載中はじめての書き下ろしであったが、故に草案のみで、完成されていないどころか、連載にあわせてリアルタイムに記述していった作品である。昨今都内で数箇所、温泉や岩盤浴といったリラクゼーションスポットが次々とオープンしているが(都条例で混浴が禁止されているのが腹立たしいことこの上なく、野郎の裸体ばかり見る羽目になるが)、その中の一箇所の湯船に浮かび放心していた際にふと、湯煙の中に神的な存在が降りてくるイメージが沸いた。これぞ神の啓示と取り掛かった。その連載中に思い浮かぶこともあるだろう、と高をくくっていた「オチ」であるが、生憎、妙案が浮かぶにはいたら無かった。次回かその次に大団円的最終回を迎える事となると思うが、さて、神様は、吾郎は、仲間たちは、どんな決着をつける事になるのか。読者諸氏と同様、無責任ではあるが、私も楽しみ、といった体たらくである。



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