その4
「おい、吾郎、そのう、こない高貴なありがたいお方と、どうしてまた知り合えたのだ」
仲間の一人が、ようやく口を開いたけれども、空から舞い降りた金色に光る神様の前、緊張して声が震えて裏返っていた。それだけではなく体も震えだして、それでようやく湯冷めしてる事に気が付いて、洗い場に出ていた数名はざぶんざぶんと湯船に戻った。男たち十数人が湯につかって、神様を見上げてる。なんとも呑気に珍妙な光景であった。
「俺の必死のお願いが、神様に通じたんだ。朝な夕なに神社に通って祈り続けたんだ」
吾郎は再び神様の方を見上げ、手を合わせて深い感謝を表した。
「願いっていうと……」
「言うまでもねぇ、かかあと娘の事だ」
吾郎は家族の事を思ったのか、天井を見上げて少し鼻をすすった。「あいつらの幸せの事だ」
吾郎の家は娘も病弱、嫁も看病疲れで倒れている。そんな事情を仲間たちは皆知っているので少し黙った。吾郎の家の不幸は、なるほど、神様のお慈悲を受けても然るべきところだろう。仲間は皆、神様を見上げて吾郎と同様感謝の気持ちを表した。吾郎の家族を救ってくださるなら、それは仲間みんなの恩人でもある。小さな村で寄り添って生きている村人たち、皆家族みたいなものなのだ。そんな仲間たちの姿を見て、吾郎はもちろん、神様も深く心を動かされた様子、
「吾郎、皆優しい友たちよな。なるほど、お前が選んだこの者たち、確かに心優しく清き者たちのようだ」
吾郎はずびっと鼻をすすって自分がほめられたかのように照れて見せた。
「俺の自慢の友達でさぁ。きっと、天国にふさわしい連中ですよ」
その一言に、仲間たち、顔を見合わせた。天国?
「おい吾郎、さっきもそんなことを言っていたが、天国ってなぁ何の事だ?」
「いわずと知れた、善人しか行くことができない、神様の楽園さぁ」
「そりゃあお前ぇ、死後の世界の事じゃないか」
「その通りです」
吾郎の代わりに神様が答えた。透き通るような軽やかな声で。「死後の世界、天国です」
皆また顔を見合わせた。それぞれの目に疑念、恐怖、様々な色が浮かぶ。その気配を察して、神様はため息をついた。
「だから先に説明しておくようにといったのですよ、吾郎」
「や、そうなんですが、これが、やっぱりうまく言えませんで、天国へ行ってくれ、てことは、死んじまうってことでしょうから」
「死んじまう? わしらに、死んで天国へ行けと言うのか、吾郎!」
「どういうことじゃ?」
皆がざわつく。湯船に立ち上がって、吾郎につかみかかろうと構える者もある。神様へ投げかける目つきも変わった。この光り輝く御仁、確かに神様のように見えるが、よく物語にも聞く、悪魔は天女の姿で人を誘惑する、と。実は死神か何かの化身ではなかろうか、と。
「わかりました、説明しましょう」
神様(らしき御仁)は皆をなだめようと、柔らかい声を響かせた。
(つづく)
【取引】
人の世は取引の歴史である。世の成り立ちは取引に準じている。誰かの恩には報い、何かを得るには払い、世話に応じて穀物は実り、因果応報前世にまで遡る事もあるらしい。現代のように紙に書かれた絵がまるで万能の神のような力を得る以前は、物々交換、等価値交換が当たり前であった。何かを欲するなら、相応の報いが必用である。幸せの代償が不幸だとするなら、なんとも皮肉なことではないか。
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