その2
日頃の礼だ、おごってもらってばかりのお返しだ、といつもの居酒屋へ仲間を集めて、好きなだけ飲めや食えやと大盤振る舞い。財布に詰まった札束を見せて、
「とにかく今まで世話になった。恩を返させて欲しいんだ」
吾郎はすこぶる機嫌がよかった。仲間たちはその札束に驚き疑い、どうした事だと再三問い詰めたが、吾郎はのらりくらりと答えもせずに、さぁ酒だ、さぁ肴だと勧めて回る。酒が入ると皆気分も良くなって、いつものようにどんちゃん騒ぎと相成った。顔見知った居酒屋の店長も、吾郎の羽振りに驚きながらも、久しぶりの気前のいい注文にうれしい多忙さに駆けずり回る。どうせ博打か流行のくじか、当てたあぶく銭だろう、貯金でもして、家族のために使ったらどうなんだ。そんな風に説教くさく絡む男たちもいた。吾郎はうまそうに酒をあおりながら、お前らだって家族みたいなもんだ、なぁそうじゃねぇか、と返すのだった。そうすると、普段は吾郎の大口をからかったりする連中も感に入るようで、あぁそうさ、この村みんな、家族みたいなもんだ、と口をあわせるのだった。
「そうさ、家族みてぇなもんだ、だから、俺は恩返しがしたい。そうさ、みんなが不幸になるより、みんなで極楽に行けた方がいいに決まってる、そうだろう?」
吾郎がそんな風に言うと、酔った仲間たちは歌うように声をあわせて、
「おうさ、俺たちゃ仲間だもんな。地獄の先まで、一緒にゆくさ」
と調子を合わせる。皆貧しい村の者、おごられる酒にすっかりいい加減に酔っていた。
宴もたけなわ、そろそろ皆が腹が膨れてきた宵頃になると、今度は吾郎、風呂に行こうと言い出した。村の大浴場で汗を流して温まろうというのであって、これだってけして無料というわけには行かないところを、吾郎はぽんと懐叩いて、まかしておけ、と大見得切る。お前、今まで貧乏だったから気づかなかったが、そんなに金遣いの荒い男だったんか、とそしりながらも、若い男連中、のってけのってけ、と話にのって、どやどやと連れ立って風呂にまでやってきた。酒臭い男たちは次々と風呂に飛び込むと、これはもう、極楽のような心持ち、と鼻歌歌いながら随分機嫌のよいことだった。十数人ばかりの酔っ払いたちが、湯船にて体を伸ばして、皆湯気の昇る天井を恍惚と眺めていた。
一人、夜が更けるにつれだんだん落ち着かなくなっていた男、吾郎。風呂につかりながらもどうもゆっくりとせずに頭をかいたりケツをかいたりと落ち着かなかった。やがて、丁度深夜を回った頃だったろうか。吾郎が天窓の、丁度月が見えている方を眺めて、「来た」とぼそりとつぶやいた。
(つづく)
【時候の挨拶】
さてさて、いよいよもって年の瀬も近づいてまいりまして、何があるわけでなくとも身辺あわただしく感じるようになるのは、日本人気質というやつでしょうか。故郷を離れて東京暮らしでも、ふと、雑煮だったり年越しそばだったりが懐かしくなったりしますが、まだまだ、今年の締め作業が残っている。それは遣り残した仕事だったり人間関係だったりいろいろでしょうが、来年を気持ちよく迎えるためにも、思い残すことないようにしたい。本編の主人公も、遣り残すことのないようと気を利かせているようですが……さて次回、何が来たのやら。そんなに期待されても困ってしまいますが、そこそこだけ、お楽しみに。
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