その1
男、名を吾郎という。昭和の高度経済成長の時代にあって、なお貧しい村の中でも、輪をかけて貧しい男だった。それでも明るく快活で、大言壮語な嫌いはあったものの、それがかえって貧相さを感じさせず、仲間内でも評判のいい男だった。
「俺は、こんな村ではおわらねぇ」
無精ひげをぼりぼりとかき回しながらそんな事をよく言った。
「嫁と娘連れて東京に行って、きっと幸せにしてみせる」
吾郎の家族の不幸を知る村人は、そんな吾郎の夢物語を、冷やかしながらも暖かく聞いてやるのだった。
吾郎の家は不幸だった。重い病にかかった娘の看病に妻はかかりきり、ようやく良くなってきたかと思う頃に妻が倒れた。それからは妻が倒れりゃ娘が看病し、看病疲れで娘が倒れりゃ妻が看る、の繰り返しで、一行に良くなる気配もないのだった。吾郎は家族を愛してよく働いたが、日当は高い薬の代金へ、右から左へ消えるだけだった。
だから、吾郎が仲間を誘って飲みに行こうと言い出したときには、皆たいそう驚いた。
吾郎を良く知る若い衆だったから、皆貧しい村の者であったけれども、宴会だ祝杯だという時に吾郎から銭を受け取ることは無かった。いつか、いつかとその度に吾郎はでかい体を小さくして、一旗あげて恩を返すと言うのだった。酔った仲間が、そんなに恐縮する大物があるもんかね、と冷やかすと、何を、と吾郎は急に胸を張って、またいつものような夢物語を語りだすのだった。かかぁと娘と、天国のような暮らしをするさ、と。
そんな吾郎が酒をおごるという。半信半疑に仲間たちは、ぞろぞろと出向いてきたのだった。
(つづく)
男、名を吾郎という。昭和の高度経済成長の時代にあって、なお貧しい村の中でも、輪をかけて貧しい男だった。それでも明るく快活で、大言壮語な嫌いはあったものの、それがかえって貧相さを感じさせず、仲間内でも評判のいい男だった。
「俺は、こんな村ではおわらねぇ」
無精ひげをぼりぼりとかき回しながらそんな事をよく言った。
「嫁と娘連れて東京に行って、きっと幸せにしてみせる」
吾郎の家族の不幸を知る村人は、そんな吾郎の夢物語を、冷やかしながらも暖かく聞いてやるのだった。
吾郎の家は不幸だった。重い病にかかった娘の看病に妻はかかりきり、ようやく良くなってきたかと思う頃に妻が倒れた。それからは妻が倒れりゃ娘が看病し、看病疲れで娘が倒れりゃ妻が看る、の繰り返しで、一行に良くなる気配もないのだった。吾郎は家族を愛してよく働いたが、日当は高い薬の代金へ、右から左へ消えるだけだった。
だから、吾郎が仲間を誘って飲みに行こうと言い出したときには、皆たいそう驚いた。
吾郎を良く知る若い衆だったから、皆貧しい村の者であったけれども、宴会だ祝杯だという時に吾郎から銭を受け取ることは無かった。いつか、いつかとその度に吾郎はでかい体を小さくして、一旗あげて恩を返すと言うのだった。酔った仲間が、そんなに恐縮する大物があるもんかね、と冷やかすと、何を、と吾郎は急に胸を張って、またいつものような夢物語を語りだすのだった。かかぁと娘と、天国のような暮らしをするさ、と。
そんな吾郎がおごるという。半信半疑に仲間たちは、ぞろぞろと出向いてきたのだった。
(つづく)
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