1-2. 絡まれるのは慣れている
街で人気だというカフェ・グランデ。
下級貴族や商家など、それなりに裕福な者たちの溜まり場らしい。お酒からスイーツまで揃う広い店内に客層も多種多様。
「アンナさん! 鶏の香草焼きといつものワインをお願いしますっ」
「俺は日替わりディナーセット」
「はぁい、少しお待ちくださいね」
18歳にして店長を任されているアンナは、にこやかに頷いてカウンターの奥へ引っ込んだ。
容姿も性格も男受けする店長に、金払いの良い客がつくのは自然の摂理。彼女目当ての客は必然的にカウンター席へ集まることになる。
今宵も二人組の若い方が高級ワインを頼み、ついでに口説き文句を繰り出してはアンナに上手くあしらわれている。
そんな様子を、透流は隣の席でリブステーキを食べながら聞き流していた。ちなみに透流がこの世界に現れたのは五時間前で、既にカフェ・グランデのオーナーから寝床を借りることに成功している。ヒモという言葉と方法論はこの世界でも同じく通用するらしい。
「オネストさん、お待たせしました」
アンナがグラスワインをカウンターに置くと、オネストと呼ばれた若い男は彼女に顔を寄せ、ステーキを頬張る透流を横目に見る。
「ところで。高そうな肉を食べてるそこの人はアンナさんの知り合いですか?」
水を向けられた透流はオネストへ顔を向ける。肉を口に入れたばかりで喋れない。
代わりにアンナが会話を繋げた。
「ええと、彼はね、何て言えばいいのかしら……」
「さっきアンナさんの奢りだって話してましたよね」
「ええ。トールくんお金持ってないんですって」
オネストは目を丸くして透流をまじまじと眺める。
「お金を持ってない人には見えないですけど」
透流の所作や格好はお金のある層に見えるらしい。日本でもその傾向があったので、このよくわからない世界でも同じだと確認できただけ。
不躾な視線をものともせず、肉を胃に収めた透流が口を開いた。
「アンナちゃんの荷物が重そうだったから。声かけて店まで運んだら食べ物くれたんだよね」
簡潔に説明してアンナの方を見る。オネストも彼女へ視線を向けた。
「アンナさんも会ったばかりってことですか?」
「そうなの。彼、他国から今日こっちに来たんですって」
「またどうしてこの街に?」
オネストの問いに、透流はカトラリーのナイフを持つ手をひょいと掲げる。
「それがねぇ、女の子に刺されそうになって」
「へ?」
「逃げてきた」
「……なるほど?」
観光とか、自分探しの旅とか、バックパッカーとか、そういう平凡な答えをオネストは予期していたのかもしれない。
十秒くらいかけてからやっと理解したというように「あーはいはい」と頷く。
「それは大変でしたね」
透流の生態を察して労うオネスト。
その隣でディナーセットを待つ赤毛の男が空気を読まずに「おい」と口を挟んだ。
「この街で暮らす気があるなら働き口を紹介してやろうか?」
赤毛が斜めに座り直して透流の方を向く。
「いやぁ……、いいっす」
「あ?」
「俺働きたくないんで」
そのひと言に赤毛が片眉を上げた。
「お前な、『働かざる者食うべからず』って言葉知ってる?」
「知ってる知ってる。こっちにもあるんだ」
その種の説教は聞き慣れているが故の即答。見るからに堅気ではない屈強な男から圧をかけられても、透流はあえて態度を変えずに手応えのない返答を続ける。
「今までどうやって暮らしてたんだよ」
「え? 女の子が色々買ってくれたり」
そこでオネストが二人のレスバを遮って「わぁ生粋のヒモですね」 などと言い放つ。珍しい生き物を見つけた時の声色で、爽やかな笑顔を浮かべながら。
カトラリーを置いた透流が、その笑顔を眺めてへらっと笑い返した。
「まあ、女の子に頼まれたら何でもするけど……ゴハンは優しい人がくれるし、ここのオーナーが空き部屋に住んでいいって言うし、」
良いかなって。
透流はそう続けようとしたが、強い語気に遮られる。
「何でもする? 女がマフィアでも?」
「んー、犯罪じゃなければ」
舐めてると思われても仕方ない軽い口調に、赤毛の男の眼光が鋭くなる。乱雑に立ち上がり透流に足を向けようとした、その時。
「——いいなぁ……」
場違いな可愛らしい声。
ぼそり、と羨ましげなつぶやきが透流の耳に届いた。
一斉に声の主を振り向くと、そこにはひと組の男女が立っていた。