1-1. どこにいても同じ
「困ったねぇ」
透流はダルそうに立ち上がり、白いシャツについた砂埃を払いながら全然困ってなさそうな表情でつぶやいた。
周りを見渡しても、ひとり暮らしをしていたマンション近くの居酒屋の面影はない。
まるで外国の街並みを再現したテーマパークだ。日本語と英語の入り混じる看板があちこちあるのに、建物はヨーロッパ風の雰囲気。
道は白灰色の素材で舗装されている。
文字を除けば、どことなくイタリア旅行で見た風景と似ている気がした。
空を仰いで、眩しさに思わず目を細める。
居酒屋に入ったのは夜中なのに、ここは夕方。
太陽がすでに沈みかけている。
色々とおかしい。
おかしいのは世界か自分か……いやもし自分がおかしいのなら、そんなこと考えるだけ無駄だ。
これが夢でも現実でもやることは変わらない。
優先事項を弾き出す。
「……とりあえず野宿は無理」
オレンジ色に照らされた小さな店が並ぶ通りを、透流はゆったりと歩き出した。
外国人観光客の多いエリアへ迷い込んだかのような光景。すれ違う人たちの容姿はバラエティに富んでいるのに、みんな日本語を話している。
「あっ! すみません!」
突然大きな声がして通りの奥に目をやると、若い女の子が男性に謝っていた。ぶつかったのか、紙袋からこぼれた野菜が転がっている。男性が拾うのを手伝い紙袋が彼女の手に収まると、野次馬も興味を失い元の日常へ戻った。
去っていく男性と入れ替わるように、透流はターゲットへ近づく。
「それ持ちましょうか?」
なんの躊躇もなく、いつも通り後ろから声をかければ、両手に袋を抱えた女性が振り返った。
「あら? あなたは?」
「あ、トールっていいます」
低すぎず高くもない声は、重くも軽くもない。落ち着くトーンとクセのない透流の容姿は人の警戒を解きやすくするらしい。
「……持ってくれるの?」
「いいっすよ〜。どうせヒマなんで」
「じゃあお願いしようかしら? 私はアンナ」
アンナは余裕のある笑みを浮かべた。
まだ若くおとなしそうに見えるのに、人を捌くのに慣れている。彼女のようなタイプはヒモからすると好都合だったりもする。
ラッキーかもしれないと心の中でほくそ笑む。
どこにいようが言葉が通じさえすれば、それなりに暮らしていけると透流は思っているし、暮らしていければとくに他のこだわりはなかった。
「そこのカフェ・グランデで店長してるの」
「へー」
透流は適当に相槌を打ちながら野菜だらけの袋をひとつ受け取る。そして親しげに、あるいは他人行儀な笑顔を作った。
「アンナちゃんの店まで運べばいい?」