ちょうど100人目
ああ、ああ、ようやく君に会える。
暗闇の中、君だけを頼りに踠いてきた。
今度こそ守り抜く。離れない。絶対に。
「久し振り。たけさん」
君の声。僕をそう呼ぶのは君しかいない。
此方に歩み寄る足音が直前で止まる。
布が擦れる音。腕を伸ばしたのだ。僕に付けられた目隠しを取るために。魔力封じの術が施され、僕自身で取ることは出来ない。
頭の後ろの結び目をほどいてくれる僅かな時間でさえ永遠に感じてしまう。
一気に世界が照らされた。
「…幾巴」
「はい。幾巴です」
幾巴。幾巴。幾巴!!いくは!!!
大好きだ。愛してる。もう離れたりしないから。もう傷付かなくて良いから。明日も明後日も明明後日もずっとずっとずっとずっと一緒にいよう。全ての想いをぶつけて抱き締めたい。でも両腕は椅子の後ろにくくりつけられて自由に動かすことを許さない。
君は僕を優しく抱き締めた。
柔らかく、温かい。暗闇の中、何度も焦がれた君の腕の中。
帰ろう。うちに帰ろう一緒に。君の気配と香りと魔力に包まれた家へ。
「…は?」
君の…魔力…………?
目、耳、肌、全ての感覚を疑った。確かに、君は君だ。僕が間違える訳がない。その魔力は…
「幾巴…その魔力の色はなんだ…」
君の魔力は青。そのはずだ。
それなのに、赤、黄、緑、紫、黒、その他、言葉では言い表せない程の色が、君の中にある。しかも、君本来の魔力量が少なすぎる。
「……へへ。私、結構頑張ったんですよ?」
君はへらっと寂しそうに笑う。
「初めては……めぐるだった。あれ、京之助だっけ…へへ、忘れちゃった」
確かめぐると京之助は幾巴の同期だ。やんちゃな3人組で学院時代は有名だった。めぐるも京之助も立派な獣狩りになったと聞いた。
「何を…言ってるんだ、幾巴…」
理解が追い付かない。
「たけさんならもう分かるでしょ?」
違う。そんなわけない。
「……この方法はめぐるに教えて貰った。あれ、じゃあ初めてはめぐるだ。そう、めぐるに教わった。だから私の魔力は削られ続けて結構ヤバいんだけどね」
へらっとまた笑う。
「たけさんで、ちょうど100人目」
今さら気が付く。君の目の輝きがないことに。
「戻ったか、猛生」
停止した思考に割り込む声。聞いたとたんに生理的な嫌悪感が百足の如く足から這い上がってくる。
「院長…幾巴に何をした」
冷静に、冷酷に問う。
少しはなれた柱の側に立つ老人が、細い目を開ける。
「分かるだろう、猛生。彼奴は器としての役目を果たさんとしているのだ。100人の獣狩りと交わり、100人の神子を産む。これこそ、彼奴の宿命であり、誉れだ」
院長はいかにもな演説混じりで此方に歩み寄ってくる。
「だが…やはり器の出来が悪い。昨今、獣狩りの質が落ちているとは言え、ここまでとはな」
院長の目線と言葉に、幾巴が肩を震わせる。
「よって仕方なく、貴様の封印を解いたのだ。獣狩りの為、幻滅させるなよ、猛生」
……ああ、俺はここまで無力で愚かで滑稽な人間だったのかと、そう思った。
暗闇をさ迷っていたのは君の方だったのだ。
ごめん、なんて、軽すぎる。
僕はいつも、間に合わない。大切な人を守れない。
「まず貴様の魔力を回復させろ。いいな」
そう言って院長はこの監獄から出ていった。
君がもう一度僕を抱き締める。
「幸せになりましょうね、たけさん」
誰が君にこの役目を負わせた。何故君がこの役目を負わなくてはならない。数千年続く獣狩りの歴史の中、君のような宿命を賜った人が何人もいるのかと思うと…いや、宿命なんてもんじゃない。これは呪いだ。