【ミリしら】だったのに、極秘情報と合致したからって監禁!? 違うんです! 女スパイじゃありません! 信じてくださぁぁぁい!
「あの金髪のムキムキ騎士様は、伯爵家の三男で、常日頃から肉体美を見せつけたくて、上着を脱ぐチャンスを虎視眈々と狙っているの」
「えー!?」
「あそこの黒髪ロングの魔法騎士様は、実は男性が好きで……あ、今話してる赤髪の騎士様と深い仲よ!」
「きゃーっ! ミシュったら、もーやだぁー、もーっ!」
私は今、友人と【ミリしら】遊びをしています。
先日社交界デビューして、一人での外出がやっと許されました。
記念すべき初めての外出先は、王国騎士団の公開演習場。
友人がどうしても行きたいと言うので、付き合うことにしたのです。
騎士様のことはほとんど知らないので、それなら!と始まったのが先程の【ミリしら】遊び。
恋と妄想が大好きな乙女たちの間で流行っている『実はあの騎士様……』という裏設定を勝手に作っていく遊びで、それを【一ミリも知らないけれどやってみた】と掛け合わせて遊んでいます。
判断材料は、マントの長さでわかる騎士様か魔法騎士様か、演習場での所作や表情、話している相手のみですが、わりといい線いっているんじゃないでしょうか? そんな感じの反応を友人がしてくれていますので。
特にBでLな話は大好物のようです。
「あ、あの壁に寄り掛かってる騎士様は?」
「前髪で目元が隠れてる狐色の髪の人?」
ウェーブ掛かった狐色のチュルモサッとした髪で、目元がほとんど見えません。判断材料は鼻筋と口元と、体型や立ち姿。
見た目は地味で暗そうなのに、慕われているみたい。何人もの騎士様が笑顔で話しかけていますね。
「あの方は身分を隠して騎士をしている王族よ。攻撃魔法が得意な魔法騎士様のふりをしているけれど、本当は精神干渉の使い手よ。密偵が得意なの」
「なんで身分を隠しているのよ?」
「最近、隣のニシュ国とキィータ国が危ういじゃない? どちらとも友好関係にあるこの国にかなりの数のスパイが入り込んでいるそうよ。それで彼は――――」
「――――そこまでだ。薄紫頭の娘、お前を拘束する」
急に後ろから声がして、腕をガシリと掴まれました。先程、設定を作っていた狐色の髪の騎士様に。
――――へ!?
彼はさっきまで演習場にいたはずで、ここは一階席で、彼とは何十メートルと離れていたはずなのに…………。
「素直に吐け」
「でででですから、たまたまなんです!」
気付いたら、閉鎖された空間にいました。王城の地下牢だ、とか私の腕を掴んでいる騎士様がのたまっています。
軽く目眩がした瞬間には違う場所に居たことから、膨大な魔力をもつ人だけが出来る『転移魔法』が使われたようです。
移動したであろう直後に、狐色の騎士様から「スパイ容疑でお前を捕縛した」と宣言されました。
「ああも全員の情報を言っておいて、たまたま? ベランジェとリュシアンの関係は、誰にもバレていなかったし、スパイの件は極秘情報だ」
――――ベランジェとリュシアンって誰!? 極秘!?
「俺のこともだ。なぜ王族だと気付いた。顔には認識阻害の魔法を掛けていたが?」
まさかの、王族。
適当に思いついたことを言ったら、当たっていたらしいです。って、そんなことある?
「そんなことあるわけないから、ここに連れてきている」
「ちちちちちがっ……ただ【ミリしら】をやってただけで……」
「ミリしら? ……ミリタリーオフィサー調べか?」
――――武官調べ!?
ふわっとは違わないけど、全然違うっ! え、どういうこと!? これ、完全にクロ扱いされてるわよね?
「おい、時間の無駄だ。そろそろ本性を現せ」
本性も何も、表わせも何も、素でありのままの私なのですが。これ以上出せるものはないのですが。
「まぁいい。たまには我慢比べに付き合ってみるか。その間にお前のことでも調べられるしな」
調べられても何も出てこないと思うのですが、狐色の魔法騎士様は聞く耳持たずで、長いマントを翻して去って行きました。
食事は普通に出ました。ちょっとホッとしました。
監禁され一日が経ったころ、また狐色の騎士様が牢屋に来られました。
「うまいこと隠しているな」
「ほへ?」
「ミシュリーヌ・ファーガソン子爵令嬢、それが君の仮の姿だというのはわかったが……」
仮もなにも、まんま本物なのですが。
「ミシュリーヌ嬢になりすましているのだろう? 魔法での擬態はここでは解けるはずだが?」
擬態も何も、まんま本物なのですが。パート2です。
いえ、化粧はしていますので、まぁ、多少の擬態は否めませんが、大きく違うとは言い切れません。
「そうか、女は化粧で変わるからな。水魔法で――――」
「ちょ……ちょい待ち! まじで、ちょっと待って下さいっ!」
「……何だ?」
物凄く嫌そうな顔で返事されました。でも、一応は聞いてくれるようです。
「もし、もしですよ? もし、このまま疑いが消えなければどうなるのですか?」
「監禁、拷……尋問、裁判だな」
「いま、拷問って言いかけましたよね?」
「気のせいだろう」
狐色の騎士様がフンと鼻を鳴らして、前髪をグイッとかきあげました。
ぱっちり二重の垂れ目で、瞳は金色。
思ったよりも可愛らしい顔。そして、ふと気付きました。
「ままままままさか……第二王子殿下!?」
「は? だから、お前が情報を漏らしていただろうが」
いやいやいやいや、知りませんし、たまたまですし、漏らしてもいませんし。
肖像画で見るよりイケメン&大物でビビり散らかしはしましたが。
本当の本当に権力者過ぎて、一瞬でも機嫌を損ねれば、物理的に首を飛ばせる人でした。
そして、バシャッと水魔法を顔面に浴びせられました。酷い。鬼畜。チュルチュル頭にコイン禿げ出来てしまえ。
監禁三日目。
相変わらず、正体を明かせと煩いです。
ご飯は美味しいベッドもふかふかなので、まぁわりと快適ですが。
そろそろ陽の光を浴びたくなってきました。
狭くはないものの、光があたらず薄暗い閉鎖空間は、少しだけ息苦しいです。
監禁四日目。
相変わらず、疑われたまま。
毎日、何時間も第二王子殿下とお話というか、尋問を受けています。
なんとなく、態度が柔らかくなってきたような気もします。
監禁五日目。
ちょっとした変化あり。
両親と話したと言われました。両親のことを考えろ、母親が泣いてるぞ、父親が自分が責任を取ると言っているぞ、と。
まさかの両親を使っての良心に訴えかける方法。
ずるいです。第二王子殿下のことが本気で嫌いになりました。
監禁六日目。
完全に無視します。
第二王子殿下が何かワーワー言っていますが、無視します。
この牢屋は対象者の魔法を全て無効化出来るはずなのに、なぜお前は精神干渉をキャンセリング出来ているんだと言われましたが、知りません。
監禁七日目。
もう嫌、我慢の限界です。
第二王子から今日の新聞を渡されました。私がスパイだったと一面にビッシリと書いてありました。国がそう発表したそうです。
「っ――――」
息をつまらせ俯く私に、第二王子殿下が心配そうな声で話しかけてきました。
「なぁ……もしかして、たまたま誰かから聞いた情報を、そうとは知らずに話していただけなのか?」
もしそうなら、それを思い出すだけでいい、いつどこでどんな人物だったかや性別などがあると助かる、と言われました。
いやだから、【ミリしら】なんだってば。
監禁八日目。
なぜか牢屋から出されました。
結局証拠不十分だと。何なのそれ?
「あんな新聞を出されて、私はこれからどうやって生きていけばいいんですか? 我が家は没落するしかありませんよね? 私、殿下のことが死ぬほど嫌いです」
「…………っ、あの新聞は偽物だ。その、君の両親にも直接の尋問はしていない」
第二王子殿下は精神干渉の使い手で、相手の精神に深く潜り込んで夢現で話を聞き出せるそうです。
私は先日の演習場で行儀見習いに誘われ、お試しで泊まり込んでの殿下の侍女をしていることになっているとか。
「はい?」
「…………その、すまなかった。どうやっても君の精神には潜り込めないし、ご両親からも何も得られずだったものだから」
「だから? だからって……こんなの酷い。大っ嫌い!」
家も私も悪い噂なんてたってなくて、普通に生活できるように配慮もされていました。でも、だからって……ちゃんと私の話を聞いてほしかった。
いっぱい説明したのに。
なんで当たってたのかなんて、私にも分からないのに。
「これで家に帰ったら、今度は両親に落胆されるんでしょ!?」
「……なぜだ?」
なぜ?
そんなことも分からないの?
この人、二十歳超えてたはずよね?
王城で働かないかと誘われて、お試しとはいえ一週間も働いていたことになっている。それなのに辞めて戻ってきた。
つまりは王城で働くという名誉を投げ捨てた娘、もしくは王城で働くには値しないと判断された娘、そういうことになる。
「っ、そうだな。そうなってしまうな。本当にすまない」
第二王子殿下が深々と頭を下げて、まさかの謝罪をされました。私、結構ヤケになっていて、かなり強い口調で言ってしまっていたのに。
「その、流石に他所の部署で雇うわけにもいかない。どうだろうか、本当に私の侍女として働くというのは」
「…………まだ疑ってるのに?」
「ああ。これがいったい何なのか、未だに分からない。だが、君は無実なんだろうなとは思ってもいる。私はやるべきことをやった。だからこれ以上は謝罪しない。ミシュリーヌ嬢、君が好きに選びなさい」
たぶん、驚くほどの厚遇。
好き嫌いの感情はここでは抜きにして考えるべきです。
「承知しました。侍女として働きます」
ただし、絶対に私から働きたいとは言わないことにしました。提示されたから、仕方なしに受け取る、というニュアンスで。
第二王子殿下の元で働くと決めて三ヶ月。
あの監禁劇のあと自宅に帰り辻褄合わせをしようとしましたら、第二王子殿下がしっかりと整えてくださっていました。
ちょっと憎たらしいです。
先日見習い期間が終わり、侍女として本格始動しました。
「ミシュリーヌ、飲みもの――――」
執務机で書き物をしていた殿下にスッと、ティーカップを出しましたら、目を見開いて驚かれました。
「良く分かったな? なぜミルク入りが良いと分かった?」
「さぁ?」
なんとなく、なんですよね。
お疲れのようだったから、少し甘めのミルクティーにしました正解だったようですが、とても怪訝な顔で見つめられています。
ちなみになぜと聞かれても本当にわかりません。
「……ん、うまい」
第二王子殿下の侍女になって一年。
普通は、王城の執務室担当、私室担当、衣装部屋担当などそれぞれの場所ごとに担当がいます。ですが、第二王子殿下はなぜか私を連れ歩き各場所でこき使います。
「仕事量が多すぎるんですが」
「……各場所に補助の侍女を付けているだろう」
確かに、各場所にちゃんと担当の侍女もいます。あれ? じゃあ、私のいる意味ってなくないですか? ついつい、そう聞いてしまいました。
「…………じゃあ、湯殿担当にでもなるか?」
じゃあ、の意味が分かりません。
「嫌です」
「…………ん」
そういえば、湯殿だけは担当を外されていますね。
ラッキーです。
第二王子殿下の侍女になって一年半。
最近家に戻ってないことに気が付きました。
手紙は時々出してはいましたが。中身は殿下に確認されているので碌な事は書けません。
まぁ、碌な事を書く気もありませんが。
「ということで、数日のお休みが欲しいのですが」
「…………戻ってくるよな?」
「はい?」
ボソリと呟かれたのでいまいち聞き取れませんでしたが、たぶん『戻ってくるよな』と聞かれたような気もします。
「っ………………いや、何でもない」
「ちゃんと戻ってきますよ」
「……ん」
殿下、ちょっと可愛いところもあるんですね。
こういう弱さを時々見せられるものだから、お馬鹿な私の心臓は破裂しそうな程に鼓動するのです。
第二王子殿下の侍女になって二年。
最近、殿下の態度が可怪しいです。
じっと見つめてきたかと思えば、サッと視線を外したり。顔に手を伸ばしてくるので、何かと聞くと慌てて手を引っ込めたり。何かを手渡すと、キュッと手を握って来られます。
今も、私室の書き物机で何かの書類を書かれていたのですが、本を取ってくれと言われて手渡しましたら、なぜか手を握られています。
ほんと、こういうのやめて欲しいです。
心臓が破裂しそうに脈打つので。
「殿下」
「ん」
「そういった行動は、好意と勘違いされますよ」
「…………鈍い」
「はいぃぃ?」
私、わりと察しが良い方だと思っていたのですが?
「いや、鈍い」
重ねて言われると、ちょっとモヤッとするのですが?
「好意がなければ、こんなことするか」
握られた手をグイッと引っ張られました。
バランスを崩し、気づけばドサリと殿下の膝の上。まるでイス扱い。
これはまずいと立ち上がろうとしましたが、殿下の腕がお腹の前に伸びてきて、ガッチリと組まれた為、抜け出せなくなりました。
「……鈍い」
右肩にズンとした重み。右頬に当たるふわふわの髪の毛。
「嫌なら、逃げてくれ」
囁くように発された言葉は、とても弱々しく、いつもの強気で態度がでっかい殿下とは似ても似つかない声でした。
首筋にピリッとした痛みが走りました。次いで聞こえる艶かしいリップ音。
「――――好きだ」
「…………」
「逃げないのか?」
残念なことに、逃げられません。
心臓が爆発してしまいそうなので。
だから、つい。嫌なことを言って冷静さを取り戻したいのです。
「スパイだと疑っているのに?」
「……」
お腹に回された腕にギュッと力が入りました。ちょっと苦しいですよ? ベジベジと手を叩きますが無視されました。
「随分前から…………いや、いい」
また首筋に痛みが。これキスマークですよね? 噂でしか知りませんが。
「何してるんですか」
「何を言っても……言い訳になるだろう? 私はミシュリーヌが愛しいと思っている。行動で示そうかと」
「もっと別の行動でお願いしたいのですが?」
「別の行動に気付かない鈍感に言われたくない。わかりやすい方法に変える」
殿下が耳元で「覚悟しておけ」と低い声で囁やき、カプリと耳たぶを噛んで来ました。
「ひぎゃっ!」
全身を雷で打たれたくらいにびっくりしてしまい、変な声が出ました。
殿下が後ろでクスクスと笑っています。
これは不味い。本当に不味い。
心臓はきっともう爆発してしまったんでしょう。
だって、全身が熱くて熱くて仕方がないんだもの。
「もう、逃さないからな」
殿下、今度は溺愛の方での監禁コースにでもするつもりでしょうかね?
――――嫌じゃないですけど。
色々と覚悟するときなのでしょうね。
「はい、逃げませんよ。私も好きです」
「っ――――!」
リンゴーンと鳴るチャペルの鐘の音。
【ミリしら】をしていたあの日から四年。長かったような短かったような年月。
何をどうやったら監禁コースからこうなったのやら。
いえ、ちゃんと想い合ってはいるんですけどね。
「愛してる」
「溺愛監禁コースはなしでお願いしますね」
「鈍感め。しつこいぞ」
「鈍感じゃありません」
ま、こんな感じで仲良く愛し合っています。
なので、皆様、【ミリしら】おすすめですよ。
「勧めるな」
「ちぇ」
◆◆◆◆◆
なぜ情報が漏れているのか、分からぬまま時がすぎた。
他人の能力鑑定が出来る者に頼み込んで、ミシュリーヌの得意魔法や特殊な能力――いわゆるギフトが無いか調べてもらった。
能力鑑定人は誰の能力でも見えてしまうというところから、命を狙われることが多く、みな隠している。探し出し説得するのに一年も掛かった。
「殿下、彼女は……ただ『他人の心に関する勘が異常に良いかわりに、恋愛面において死滅』といった感じの能力のようで、正式な名前は無さそうです」
――――なんだそれは!
アホみたいな能力を持ちやがって! 意味がわからない。
彼女を観察し続けていると、鑑定士に言われたことが理解できた。
ミシュリーヌは本当によく気付く。
何かを欲しいなと思った瞬間には、既に用意されていたりする。
先回りしての気遣いも凄い。
一緒にいると落ち着くのはそのせいだろう。
ただ、死ぬほど鈍感だ。
好きだと言ったら「このオレンジ風味の紅茶、私も好きなんですよー!」、「バラですか? へぇ。花を愛でる心とかあったんですねぇ!」とか物凄い笑顔で言ってくる。
最初はわざとかと思ったが、クソほど本気だった。
どれだけ鈍感なんだよ。
もうちょっと、わかりやすく攻めてみるか。
覚悟、しておけよ――――?
―― fin ――
読んでいただき、ありがとうございます!
ブクマや評価等していただけますと、作者のモチベに繋がりますので、ぜひぜひヽ(=´▽`=)ノ