魔物の頂点
マオは急いだ。なりふり構っていられなかった。魔物化して真っ直ぐそこに向かった。強引に壁を突き破って中に入る。
『インデックスさん!』
マオは叫ぶ。部屋の中央にインデックスは立っていた。その近くにはいつも一緒にいる烏が倒れていた。
マオが唸る。大気がピリつき振動する。放つ魔力に耐えられず建物が崩壊する。それすらも気にならず視線はインデックスから離さない。
『インデックスさんをどうするつもりだ壊滅虚!』
マオを見上げたインデックスが口を開く。なんの感情も感じられない顔。その瞳は空虚だった。
「ずっといっしょ」
自分の身体を抱き締める。抑揚のない声はインデックスと同じ声色で、全くの別人だった。
マオが到着する少し前。
倒れたインデックスの元に烏が近付く。ジーッと眺める烏が突然、変異した。目から口から、穴という穴から粘着質のある塊が這い出る。烏より一回りも二回りも大きな塊が烏の体内から這い出てきた。ありとあらゆる色を混ぜたような不気味な色が妖しく蠢く。その塊は丸いように見えるけれど正確な輪郭はつかめない。
ズルズルと這いずり動きインデックスの顔の前に向かう。そして飲み込むように張り付く。ビクビクとインデックスの体が大きく揺れる。塊が小さく、いやインデックスの中に入り込んでいってる。全部入り込んだ後、一度大きく跳ねた後、インデックスの体は起き上がった。
壊滅虚は魔物の世界でも異質な存在だった。誰もそれに敵わない。他を陵駕するほど圧倒的で絶対の強者。それは神にも等しい力だった。触れることすらできない。その力は全てを無にする。近付くことも叶わない。触れる前に消滅する。幸いなことに自我は薄かった。だから閉じ込めることが出来た。その力が及ばないように厳重に隔離した。マオルガナスはそれを表に出さないように見張る番犬だった。
しかし、前触れもなくその時は訪れた。突然ハコが崩れ落ちた。壊滅虚を閉じ込めた出口のないハコ。魔力は魔物にとっては空気に等しい。魔力で頑丈に作ったハコの中には壊滅虚以外の魔力は存在していなかった。普通の魔物なら耐えられない環境。そのハコを壊してさらに空間をも壊した。世界に穴を開けた。壊滅虚はその穴の中に入っていった。魔物の世界とこの世界を繋ぐ狭間が出来てしまった。その穴を通って魔力と魔物がこちらの世界に流れてしまった。
マオルガナスは壊滅虚を止めようとした。けれどその力は全てを超越している。誰も敵わない。対処する手立てはない。結果は惨敗。命惜しさに役目を放棄し逃げた。戻った時にはどこにもいなかった。気配を消して、姿を消した。
次に見つけた時はインデックスと共にいた。烏の中に入り込んで。近くに寄ってようやく気付けたほど巧妙に存在を隠していた。だが烏の姿でいてもその力は健在だった。マオはインデックスを気に入っる様子から彼がいるうちはと目を瞑った。いや、手を出すことは出来なかった。その行為自体、無意味なものだから。誰もそれを害することはできないのだから。
「イーヒッヒッヒ。さあコワセ。もう一度ハザマを開いてミセロ」
ジェスターが嗤う。彼の目的は世界の混乱。一度開いた狭間はすぐには閉じない。その間にどれだけの魔力が流れるだろうか。どれだけの魔物が流れこんでしまうのだろうか。どうしてジェスターは壊滅虚と狭間のことを知っているのだろうか。このことをマオは話したことはない。人間が知る由もない情報だ。知っているのはせいぜい魔物でも力が強いオリジナルだけ。そう思考して一つの姿が思い浮かぶ。妖精男王、炎赤石の王。
ガリィっと歯が軋む。けれどジェスターに構っていられない。壊滅虚に意識を向ける。マオは分かっていた。自分ではどうこうすることは出来ないと。完全体だった過去ですら手も足も出なかった。それでも動かずにはいられなかった。例え何も出来なくとも、無惨に消されようとも抗いたかった。この世界には守りたいものが多くできた。過去も現在も未来も守ると決めた。
『この世界は壊させない』
「いっしょ。ずっといっしょ」
『……壊さない、の?』
「こわさない」
マオは呆気にとられる。想像以上にインデックスを気に入っていたりらしい。そして穴を開いたら間違いなくインデックスの体は耐えられず壊れることを理解している。魔力を持たずに生まれたインデックスの体は魔力に脆い。高濃度の魔力を浴びればその体は容易く崩壊する。
『分かった』
一人の身体で世界が救えるならこれ以上望むことはない。インデックスに心から感謝を送る。もう死んでしまった彼には届かないと分かっても。思惑が外れたと分かったジェスターはもうそこにはいなかった。同じくフーコも残った蟲を連れて姿を消していた。
インデックスは歩き出す。正確には彼の側を被った壊滅虚が動かしている。行先は誰にも分からない。壊滅虚の思考を読み取ることは出来ない。そして妨害することも口利きすることも出来ない。魔力を持たない彼を感知するのは不可能だ。このまま見逃せばもう二度と居場所を突き止めることは出来なくなる。けれど監視をしたとしても意味を成さない。恐らく次に壊滅虚が姿を露わにしたときは世界が消滅するときだろう。
インデックスの姿が見えなくなってようやくマオは一息ついた。けれど安心して休んではいられない。ここに向かう前にシアノスから伝書鳥が届いた。ジェスターの狂劇はまだ始まりに過ぎない。
『みんなと合流しよう』
星が煌めく夜空の下、マオは温泉街に向かって駆け出した。




