機械人形
目の前で聖女の結界で薄れていく。神秘的で荘厳な結界が消えていく。
「さすがはあたくしの蟲ですわぁ」
フーコはお使いから帰ってきた蟲に微笑む。蠱毒に神聖力は通じない。魔術ではないから結界内でも身動きが可能だった。
「あとは任せますわぁ」
「んー」
役目を果たしたフーコは姿を消し、そこには一人の女性だけが残っていた。だらーんと体を丸めて片肩からは白衣がずり落ちている。ポリポリと頭をかく様はとても緩い。
「退屈だよ、バーン」
女は結界が無くなった大陸に向かって歩きだす。
「結界の消失を確認」
アラストル大陸の異変にいち早く気付いたのはバーンだった。大陸から逃げだす人並みに逆らって橋を渡り大陸内に足を踏み入れる。彼らが慌てているのは結界が無くなったからだ。なぜなら街には魔物や他の被害は見られなかったから。
アラストル大陸は教会の所有領ではあるが何も教会関係の建物だけではなかった。もちろん大半は教会関連ではあるが住宅街も存在する。
バーンは索敵しながら街中を走り回る。建物の被害はどこにも見られない。暫く時間が経過した後、教会本部の辺りで爆発が起きた。煙をあげて崩落しているそこに急いで向かう 。
瓦礫と化したそこに足を踏み入れる。警戒しながら辺りを見渡す。生存者は確認できない。みな瓦礫の下敷きになって死んでいた。
「聖女教会教皇の絶命を確認」
下敷きになっている人間の一人が記憶装置にある教会主要人物リストの一人と一致した。すると背後から足音がして振り返る。その人物を視認してバーンは目を見張った。
「マザー」
機械人形である彼女の声が震えた。鮮明な音声ではなく音割れが発生していた。それほど機械人形の心が動揺していた。
機械人形を造ったオルガがいた。彼女は片手を上げて笑いかけていた。嬉しそうにバーンの名前を呼ぶ。死んだはずの、バーンが殺した彼女が笑っていた。
オルガは森の奥深くに籠って魔道具製作に熱中していた。思い浮かんだ魔道具を作っては壊し、壊しては作りを繰り返していた。彼女は創造の天才だった。発想を寸分の狂いもなく形にする能力が非常に優れていた。けれどそれと同時に退屈だった。すべてが思い通りにいく。苦労も失敗もしたことがなかった。彼女にとって世界はとても退屈なものだった。
何もする気にはならなくて、数日間ぼんやり外を眺めていた。動かず死んだように静かに息をしていた。すると視界に一匹の犬が現れた。足に怪我をしている小さな犬だった。外敵に襲われたのは明白だ。しかしオルガはただ眺めているだけだった。何も考えず、何の感情も抱かずただ外を眺めているだけだった。不意に犬と視線があった気がした。次の瞬間、犬は魔物に喰われた。
オルガは目を見開いた。
新しい発想が思い付いたのだ。それは彼女の空虚だった心に火を灯した。光明が差した思いだった。退屈は吹き飛んで胸が高鳴った。心臓が大きく脈打つのを感じる。興奮冷めやらぬうちに彼女は作業机に向かった。
そしてオルガが造ったのは犬の形をした機械人形だった。出来の良さに満足気に頷く。しかし、起動してもそれが動くことはなかった。構想は形にできた。けれどそれは外見だけだった。到底満足などできなかった。思い描いていたものはただの人形じゃない。
オルガは初めて失敗を経験した。けれど彼女は落ち込まなかった。それどころか逆に喜んだ。思い通りにいかなかったことが嬉しかった。新しい発想がどんどん浮かんでくる。今まで一度もやってこなかった設計図というものを紙に書き出した。頭の中だけでは足りなかった。
オルガは機械人形にのめり込んだ。次々と発想が思い浮かんでいく。尽きることのない創意力と探求心。初めて楽しいと感じた。
何度も試行錯誤してようやく機械人形は動くようになった。ぎこちない動きではあるものの最初に比べれば大きな進歩だった。自立型の人形。それは世界初の栄誉となる。本人が宣告すれば、の話ではあるが。
外界と遮断している彼女は誰かに自慢することも見せびらかすこともしなかった。その思考すら彼女の中にはなかった。外との繋がりはない。完全なる引きこもり。心配したり気に掛けてくれるような知り合いは彼女にはいない。ひたすらやりたいことだけをやり続けられる環境にいた。
一先ず完成した犬型機械人形にシュツと名前を付けた。そして彼女が次に着手したのは人型。シュツとは違い、パーツも図案も倍以上になる。それでも彼女の情熱は尽きることがなかった。
また長い時間が経過して、人型の機械人形が完成した。子供くらいの背丈の人形。参考にしたのは自分自身だ。他に人間はいないから当然と言えよう。動作を理解している分シュツより滑らかに動く。人型機械人形にはタタと名前を付けた。
機械人形の心臓部、核には神の遺物を使っていた。オルガがたまたま拾ったそれは大中小と三つに連なっていた。つまり、あと一体は機械人形を作れるということだ。同じものを作るつもりはなかった。熟考の結果、自分と同じ等身大の人型を作ることにした。そして、せっかくなら限界まで人間に近づけようと思った。
造るに当たって今のままでは情報が足りない。オルガは久しぶりに外に出た。シュツとタタ、二体を連れて。オルガはあまり人体の構造についての知識がない。だから調べることにした。彼女が住んでいる森の中には人があまり立ち入らない。なぜならそこは魔物の巣窟だからだ。入ってくるとすれば腕に自信のある冒険者ぐらいだろうか。外に出ない彼女は一度も人を見たことはないが。
森を歩いていると人の声が聞こえた。外に出てそれほど時間は経過していない。何て運が良いと思った。声の主は女の二人組。しかも背丈が似ていた。
「シュツ、タタ、殺れ」
命令を下すと二体は女に向かっていった。突然の襲撃に驚いている隙に殺された。死んだ二人を家に運んで彼女は早速解剖を始めた。タタを作る時は自分の外観や動きを元にして作った。人間に近付けるためには外面だけでは足りない。中身も知らなければ。好奇心に貪欲なオルガに躊躇の二文字はなかった。
そうして造られたのがバーンだった。彼女には神の遺物の他に、魔石がいくつも嵌め込まれている。魔術を使えるようにするためだ。オルガ自身も驚いたことにバーンは喋ることができた。
機械人形を魔道具のように壊すことはなかった。けれどなおも発想は次々浮かんで尽きない。だから壊さない程度に改造することにした。腕を、足を、取り外して分解して、組み立てて取り付け直した。思い付いたものから順番に片っ端から試した。
オルガは満たされていた。毎日が楽しかった。魔道具製作では味わえなかった満足感や充実感が心身を満たす。とても幸せだった。
しかし、大事件は起こった。
バーンの体から煙が発生した 。動作はぎこちなくなり、発声も雑音が混じっている。すぐに発生原因を調べようとしたが触れられなかった。その体は熱せられたようにとても熱かった。バーンは熱に浮かされたようにフラフラしている。
「バーン!」
「マザー、苦し……」
「待ってな、すぐに助けっ!?」
「……キャハ」
振り返ったオルガの背後で大きな爆発音がした。バーンから視線を外した直後、バーンは魔術を使った。振り向くと家が燃えていた。その炎の中でバーンは笑っていた。
タタがオルガを担ぎ外に出る。家が燃えて崩落していく。その中からバーンがこちらを向いて笑っていた。オルガを庇うようにタタとシュツが構える。二体ともバーンに向けて戦闘態勢をとっていた。そして、バーンが笑みを強くしたのを合図に一斉に動き出した。
シュツが先手で光線を放つ。家ごと貫いたそれは森にまで被害が及んだ。高く舞い上がったバーンに向けて何度も光弾を放つも魔術で防がれる。着地点を狙ってタタが切り込む。タタの腕とバーンの腕が打ち合う。刃同士が打ち合うような金属音が森に響く。
「なぜ……」
タタが飛ぶと同時にシュツが光線で薙ぎ払う。幾重の魔術陣が爆発を引き起こす。オルガの視界に燃えている森が映っている。その手前で機械人形が戦い合っている。頭の中が真っ白になった。何も考えることが出来なかった。茫然と見ていることしか出来なかった。
「違う……」
現実だと受け止めたくなかった。脳が、頭が受け入れることを拒んだ。無意識に首を横に振った。それでも視界の中の光景が変わることはなかった。
どうしてバーンが暴走している。どうして彼女らは戦っている。どうしてこんなことになった。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!!!!!
これは思い描いていた世界じゃない。望んでいた景色じゃない。
オルガは走り出す。けれど彼女には戦う力はなかった。ただ好きに魔道具を作っていただけの普通の人間だった。全てを疎ましく感じて、自ら世界と絶縁した引きこもりだった。嫉妬され妨害され妬まれ奪われ恨まれた。ただ作りたいものを作っていただけなのに、周りが勝手にオルガを諍いに引き込む。他人の感情に振り回されるのはもう嫌だと社会という柵から逃げ出した。
「バーン!」
それでも、機械人形から逃げるのは嫌だった。シュツもタタもバーンも、大切な家族なんだ。……そうだ。大切な家族、だったんだ。オルガは初めて自分の感情に気付いた。大切に想っていた。愛していたんだ。
バーンが笑ている。これは彼女の意思じゃない。助けないと、見たいのはそんな笑顔じゃない。
「バーン」
オルガはバーンを抱き締める。熱くて肌が焼けそうだ。それでも構わず彼女を抱き締めた。
「ま、ざ……」
正気に戻った彼女の頬を撫でる。真っ直ぐ彼女の瞳を見つめて笑いかける。バーンは涙を流す。その表情はとても造られた人形には見えなかった。オルガはそっと目を閉じる。彼女は幸せを感じながら、死んだ。
「マザー、マザー。……っ、……あああああああああああ」
機械人形の哀しみを表しているかのように雨が降りだした。バーンの涙は雨とともに流れていく。森は鎮火され、けれどそこには激闘の跡が濃く残る。バーンは空を見げて咆哮をあげる。シュツもタタも近付いてマザーの死を嘆く。
暴走状態だったバーンは近付くオルガの胸を貫いた。それでもオルガはバーンを抱き締めた。正気に戻ったバーンは過ちに気付いた。その時にはもう何もかもが終わっていた。オルガは笑顔でこの世を去った。




