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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
93/127

嵐の前の波瀾

 シアノスは伝書鳥を六つ外へ放った。


「わたしも寝ようかしら」

「冷静過ぎやしないか、妖精の娘」

「カイザーエンヴァ……」


 シアノスはカイザーエンヴァに目を向ける。今は人の姿をしている彼の正体は黒い竜。ヘクセがあった離島の魔境のヌシだ。怠け竜で基本眠っている。竜の姿で寝ているので大きな黒い岩にしか見えない。実際に起きているところを目にしたのは今回が初めてだった。ヘクセに行ったときはいつも同じところに魔力反応があったから動けないとも思っていた。


「随分、妖精女王に近付いたようだな。身も、心も」

「そうね。水のが死んでも食のの時のように悲愴感に苛まれることはないでしょうね」

「恐ろしくないのか? 内側から身体を変えられて、元には戻らんだろう」

「怖がっているように見える?」


 カイザーエンヴァがじっとシアノスを見る。心の内まで見透かすような鋭い眼差しだ。


「悦んでおるな」

「ロサとずっと一緒にいれるのよ。これ以上喜ばしいことは他にないわ」

「えっ何それ怖い」


 恍惚と笑むシアノスから視線を逸らす。その表情は以前会った時の氷薔薇ノ王と同じだった。性格が似てきたのか素から似たり寄ったりなのか。何はともあれ、自分はこうはなりたくないなと思ったカイザーエンヴァであった。


「我輩、疲れたからもう寝よう」


 よっこらせと寝転ぶ彼は目を瞑る。しかしすぐには眠れなかった。だんだん顔がしかめっ面に変わっていく。気にしないようにしていたがシアノスと会話している時からずっと視線を感じていた。そぉ~と薄く目を開くとばっちり視線があった。


「……」

 じー

「…………」

 じぃーー

「………………」

 じぃーーーー

「だぁーなんなんださっきから!」


 視線に耐えられなくなったカイザーエンヴァは起き上がって叫ぶ。ずぅっと彼を見ていたのはガルロだ。無言でじっと、じぃーっと見つめていた。その視線にとうとう耐えられなくなったカイザーエンヴァが爆発した。


「妖精の娘、あれを何とかしてくれ」

「ああ、あれは気にしなくていいわよ」

「あんなに見られとったら気になるわ。それに何!? 一言も喋らんの怖い!」

「……」

「なんか言って!? いや本当一言で良いから喋って」


 なおもガルロは喋らない。視線も動かさずカイザーエンヴァに固定されてる。視線だけで体に穴が開きそうだと感じて、体を腕で隠す。そこにキラが入ってきた。


「ガルロご飯ですよ。……ガルロ?」


 食事に一番に飛びつくガルロだが動かなかった。配膳が終わっても動かず男に視線を向けていた。


「おい小僧、あれを何とかしてくれ」

「すみません。ガルロはあなたのことが気に入ったみたいです」

「え、困る……」

「良かったじゃない」

「良くない!」


 カイザーエンヴァが唸り声を上げる。我輩泣いちゃいそうと呟きながら顔を覆う。その一部始終をガルロは黙ってただ見ていた。




 翌日。訪ねて来たのはディルゴだけだった。


「シアノス、他の魔女は」

「伝書鳥は伝わっているわ」


 伝書鳥は魔力で出来ている。直通便で指定の相手以外開くことは不可能。そして開封したのは送り主にも伝わる。六つとも開封されているのは確認している。

 それでも来ないとなると何かに巻き込まれている可能性が高い。緊迫した空気が張り詰める。


「ふぅむ、奴の考えることは予測不可能じゃからの」

「目的が分かればまだ、ね」

「あれに目的などありませんよ。ただ混乱している状況を愉しみたいだけです」


 三人ともジェスターがまだヘクセにいた時から魔女だった。だからある程度人格を把握している。

 中でもラトスィーンは当時からジェスターと仲が悪かった。徹底的に反りが合わず一方的にラトスィーンが毛嫌いしているだけだが、彼がお大事を殺めてからは一層度合が増した。


「大変だ、ラトスィーンこれを見て!」


 リーリンが慌てた様子で部屋に入ってきた。温厚で節度のある彼が魔女の話し合いに乱入するのも平静を欠くのも珍しいことだった。その手に握った紙を机に広げた。


「これは……!」

「まずいことになったのう」


 見出しにでかでかと『アラストル大陸の結界崩壊!教皇死去!!』の文字が書かれた号外誌だった。その下には「ついに魔女の征服が始まる!?」とも書かれていた。


 教会は民草から根強い信頼を得ている。もはや世界に欠かせない存在となっていた。教会本部があるアラストル大陸を覆う結界は平和の象徴だった。魔物蔓延る世界の最後の砦。唯一の安全地帯として。それが壊されたとあっては、さらに教会の頂点である教皇も殺された。

 こんなことをするのは、出来るのは魔女しかいないだろう、と。完璧な誘導だ。各地で暴動が起きるだろう。最も被害が被るのは水の魔女の温泉施設。各地に点在しているし、一番手近にある憤恨の捌け口だ。


 拠点が知られている魔女は三人だ。ラトスィーン、シアノス、アルノー。それ以外は拠点というものがない根無し草だから。


「儂は好きに動かせてもらうからのう」


 そう言ってディルゴは窓から出ていった。


 魔女に協調性がないのは今に始まったことではない。世界の危機だろうと己に降りかかる火の粉を払うだけ。サーカスが相手でも扇動された人間が相手でも同じだ。それに固まっても仕方がないという理由もある。戦場が大陸全土ならむしろ個人行動の方が都合がいい。


 同じく部屋を出ようとしたシアノスだが扉の前で振り向く。思考や感情が纏まらずに取り乱しているラトスィーンに寄り添うリーリン。

 ラトスィーンは動揺して迷っている。彼女にとって温泉街や温泉施設、そこで働く従業員は大切な存在だ。それと同時にジェスターが憎くてしかたない。迷っている。どちらを優先するか。その迷いが焦りを掻き立てる。リーリンの声も届かないぐらいに切羽詰まってしまっている。他の魔女が居なくなる様子にも気づかないぐらいに冷静さを欠いていた。


 大きく溜息を吐く。昨日も酷かったが今日は特に酷い。とてもではないが見てられない。彼女の近くに移動する。リーリンが気付いて少し避ける。それすらも意識の外にある彼女に向かって勢いよく手を合わせる。

 目の前で鳴った大きな音にラトスィーンはハッとする。まだ動揺しているが意識を呼び戻すのには成功したようだ。呆然とシアノスの顔を見ている。笑えるほどに間抜けな顔だった。


「水の、無様ね」

「ッ! 彼女の侮辱はシアノスでも許さない」


 シアノスの言葉にリーリンが怒りを露わにする。遮るように二人の間に入る。言いたいことを言ってスッキリしたシアノスはさっさと部屋を出ていった。姿が見えなくなったのを確認してからリーリンは振り返る。


「大丈夫か、ラトスィーン」


 固まっている彼女を心配する。リーリンは憤慨していた。いくら疎ましく思っても弱っているところに追い討ちをかけるなんてあんまりではないか。バカにしたような笑みを浮かべたシアノスに憤りを感じる。

 その様子を見たラトスィーンが笑い出す。突然笑い出した彼女に気でも触れたのかと焦る。暫く笑って大きく息を吐く。


「まさかシアノスに戒められるとは、情けない」


 慰めでも心配でもなく侮辱を選んだのは素直じゃない彼女らしい。そのおかげで気付かされた。何が一番かを。代わりに怒りを顕にしたお大事(リーリン)の存在を。ラトスィーンにとって優先すべきは何なのかを。


「リーリン、各所に伝達してください。みんなの居場所は壊させません」

「……! ああ」

「それと、語尾を忘れていますよ」

「…………ぴょん」


 調子を取り戻したラトスィーンは前を向く。リーリンの耳は細かく動いていて襲撃を知らせていた。もうすでに敵は迫っていた。

 大切な場所を守るためにラトスィーンは杖を手に取る。

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